盗み聞き
どうする?
また逃げるか?
いや、今回は助けてもらった恩がある。
それを無視するのはありえないだろう。
俺が倒れたことで俺への対応が変わっているかもしれないし。
俺はそのまま前進して、門寺さんに近づいていく。
・・・。
・・・・・・。
やっぱ無理!
高速でUターンして、さっき出てきた建物の影に隠れる。
いざ、会うと思った途端に緊張してきてしまった。
なんて話しかけたらいいのかわからない。
すでに彼女との間に後ろめたい出来事がいくつか起こっているし、それがトラウマになってしまっている。
少なくとも、俺から話しかけることはできない。
俺は気配を消してゆっくりと表の方を覗きこむ。
門寺さんはやはりこちらに向かってきていたようで、建物の中に入って行った。
もしかして俺に会いに来ていた?
もしそうなら、タイミングが悪かったな。
少し気になるが、帰るなら今のうちだろう。
一応、門寺さんが出てこないかどうかを入念にチェックし、その場から移動する。
だが、数歩進んだときタブレット端末が震え始めた。
画面を見ると『着信』とある。
この端末は電話もできるのか。
相手は分からない。
受け取った時点で登録されているのが『本部』だけだったから、仕方ないが。
ちなみに前回の呼び出しメールは本部からだった。
この端末はこの施設にいる人間にしか配布されていないはずだ。
つまり、相手はここの人間だろう。
そうなると、無視するわけにはいかないな。
俺は迷いながらも応答のボタンを押す。
「もしもし」
相手が分からないので、とりあえずこちらも名乗らない。
「あ、もしもし。ワタシ、ワタシ」
一時期流行していた詐欺みたいな文句が返ってきた。
「これが通常の電話だったら、迷わず無言で切りますよ、先輩」
とても楽しそうに笑う先輩の声が端末の向こうから聞こえる。
「よく声だけで私だとわかったね」
「もともと、オレオレ詐欺は相手を想像させるものじゃないですか? まぁ、この島の中でそれだけ俺にフランクな態度をとるのはルナ先輩だけですよ」
実は応答する前から大体予想はできていたが。
俺に電話をかけてきた理由についても。
「そうか、君はここに来たばかりだったね。実は君に用事が出来たんだけど、もう帰っちゃった?」
「いえ・・・・・・いや、もうだいぶ歩きましたね」
正直に答えようかとも思ったが、妙案を考え付いたので嘘をつく。
「う~ん。今から戻ってこられる?」
「少しだけ時間がかかってもいいなら」
「じゃあ、頼むよ。急がなくてもいいからね」
結局、要件については言わなかったな。
「了解です。では失礼します」
俺は通話を切り、早速玄関へ向かう。
少し時間がかかると言ったから、二人はしばらく来ないと思っているだろう。
そこを脅かしてやろうというのが、さっき思いついた案だ。
我ながらしょうもないいたずらだな。
呼んだ理由を言わなかったルナ先輩だが、おそらく俺と門寺さんを対面させるつもりなのだろう。
もともと、俺の目覚めるタイミングが悪かったから会えなかっただけだし。
そこでルナ先輩がその場を設けようとしているのだ。
俺から彼女に話しかけるというのはできなかったが、向こうがきっかけを作ってくれたのならば行くしかないだろう。
俺は建物の中に入り、さっき通ったばかりの廊下を進む。
少しだけ損をした気分になるな。
相変わらず人影はない。
奇襲のために気配と足音も消しておく。
通路を曲がるときはそっと覗き込んでから進み、直進する時も常時身を隠すことができるようにしておく。
俺がいた部屋までもう少しのところに来た。
周りに人がいないだけあって、かなり静かである。
耳をすましてみると、少しだけ女性の声が聞こえてくる。
やはりここだったか。
俺は部屋の前にたどりつくと、中の様子をうかがうため、壁に―――扉は音を立ててしまう恐れがある―――耳を当てた。
「―――信じがたい結果だね」
「でも本当なんです。手も足も出ませんでした」
よし、会話内容はよく聞こえるな。
しばらく出ていくタイミングを見計らうために聞いておくか。
一体何の話をしているんだ?
門寺さんでさえ敵わないようなとんでもないものの話をしているようだが。
「じゃあ、隔離をしなきゃいけないかもしれないね」
「私もそう思います。今すぐにでも。どうして逃がしたんですか!?」
まさかとは思うけど……これって俺のことじゃない?
俺もしかして捕まる?
「彼自身はそんなに危険じゃないからね。誰も彼に危害を加えなきゃいいわけでしょ?」
どうやら門寺さんは俺を目の敵にしているようだ。
まぁ、それは仕方ない。
ルナ先輩はどちらにも転がる感じか。
今すぐにでも飛び出してルナ先輩の説得がしたいが、今は敵1人、中立が1人の状態。
つまり分が悪い。
ここで無理やりにでも門寺さんが俺を拘束すれば、そのまま隔離棟に放り込まれる可能性は十分にある。
出ていくのは今ではない。
「でもアイツは、動けない私の……胸を触ろうとしてたんですよ!?」
!!?
それは誤解だ、とは言い切れないのが正直なところだ。
胸ポケットに手を入れる=胸を触るとなるのは自然なことだろう。
「そうなの? とてもそんなことをするような人には見えなかったけど」
ルナ先輩……
俺はルナ先輩の人を見る目に感動する。
しかし、門寺さんは俺がそうせざるおえなかった背景を、ちゃんと説明してくれないだろうか。
そうでないと俺が節操のない、ただの変質者になってしまうじゃないか。
「見た目だけで人を判断しちゃダメです。ここは特にその傾向があるんですから」
「確かにそうだよね……」
門寺さんが言うと説得力があるな……
ていうか、ルナ先輩納得しちゃったよ!
「じゃあ、隔離棟に送るように申請しておくね」
「はい、お願いします」
マズい!!
もう状況の有利不利なんて考えている場合じゃない。
とりあえず突撃して俺の主張だけでも聞いてもらわないと!
俺は部屋に飛び込むため、扉へと加速しながら手をかける。
「まぁ、冗談だけどね」
ズコーッ。
俺はまた効果音を脳内再生しながら、実際は全く音を立てずにこける。
「何でですか!」
扉の向こうで門寺さんが声を張り上げる。
「だって、彼の主張も聞かずに隔離するのはねぇ」
「犯罪者の言うことなんて聞かなくていいです!」
「ここは元々不法地帯だし」
「それは……そうですけど」
よかった。
ルナ先輩は中立に徹してくれるらしい。
「来たばかりの時に問題を起こすのは珍しいことじゃないから。みんなそのあとに痛い目を見てちょっと丸くなるのよ」
果たして『ちょっと』という表現で済むことなのだろうか。
一般の基準からすると。
「彼のデータもまだ足りないわ。留美ちゃんが言うことが本当なら、彼はとても優秀な戦闘員になりうるからね。そこでひとつ留美ちゃんにお願いがあるんだけど―――」
素質は評価されているみたいだな。
嬉しくないけど。
、
「彼の監視役、お願いできないかな?」
!?
この時、門寺さんと俺は同じ顔をしていたことだろう。
「嫌ですよ! 何で私が!」
俺を毛嫌いしているのは明らかなのに。
「だって、彼の力を抑えるためには警護が必要になるでしょう? それに暴走してもデータを採れるような人選が必要じゃない? だから、なるべく上位ランカーの方がいいのよ」
なんだか扱いが問題児みたいだな。
「何も1位を選ぶ必要はないじゃないですか。適任はほかにもいますよ」
嫌だなぁ、この擦り合い。
邪魔者を押し付け合っているみたいで。
「留美ちゃん1人に任せようと思っているわけじゃないよ。チームでやってもらおうと思っているんだ。彼なら、喜んで受けてくれそうだし」
チームなんてあるのか。
ルナ先輩の言い方だと、男が1人か。
「ぐっ……ずるいですよ。アイツは必ず受けますから」
「彼は口がうまいからね。留美ちゃんも説得させれらちゃうでしょ?」
「わかりましたよ! 受けます! その代わり、何か報酬をいただきますからね」
「大丈夫。お金でも休暇でもあげるよ」
なんだか半ヤケクソ気味に結論がでたな。
俺は門寺さんに身柄が引き渡されるらしい。
断っても駄目なことは目に見えているから、嫌とか嫌じゃないとかの感想はない。
「さて、この件は解決したことだし次の話に移ろうか。ね、空色くん」
その声と同時に俺の目の前の扉が自動で開く。
2人と目が合い、俺は固まって笑顔になるしかなかった。




