非戦闘員
「そういえば、ここって医療費はどうなるんですか?」
自分につながっている点滴を見ていると、そんな質問が頭に浮かんできた。
「そんなの個人が負担したら、ここではすぐに破産しちゃうよ」
まるで冗談を聞いたかのように笑い飛ばされた。
結構本気だったんだけどな。
それにしても、そのレベルで怪我人がでるのね。
さっきから何回も衝撃を受けるけど、慣れん。
怪我より先に精神の病で世話になりそうだな。
「やっぱり、施設負担ですか」
「まぁ、この施設は世界各国の軍事費で維持されているからね」
規模が大きいな。
「どれだけここに投資するかで、人材確保の優先順位が決まるんだよ。だから結構お金が入ってくるみたいだよ」
「やっぱりどの国も優秀な人材が欲しいですよね」
俺はうんうん、とうなずく。
「まぁ、ここにいるのは優秀とか天才とかいう言葉ですまされない人たちばかりだけど」
その言葉を聞いて一番最初に思い浮かんだのは門寺さん。
納得。
あの人は人間の形をしているだけだからな。
次に思い浮かんだのは――――――
「俺はそこまでの人間じゃないと思うんですけどね」
「自分が異能であることがそんなに嫌?」
俺がまだ異能であることを認めたくないことは見透かされているらしい。
「ええ、まぁ。この能力が役に立ったことがないですから」
人に迷惑をかけるか、俺自身が迷惑被るかのどちらかだ。
「じゃあ、これから役に立てればいいじゃない? ほら、よく言うでしょ? 誰かを守るためのチカラって?」
「俺もできればそうしたいんですけど、このチカラは俺の意思で操作できないんですよ」
「大丈夫。コントロールできるようになるのを目標に育成していくから」
「育成って……あなたがやってくれるんですか?」
「ルナでいいよ。私は見たり、触れたりするだけでその人の状態がだいたいわかるんだよ」
さっき触っただけで俺の体温を測れたのはそのせいか。
「それが……ルナ先輩の能力ですか?」
敬称は先輩でいいと思う。
「ルナ先輩……まぁそれでいいよ」
ギリギリお気に召したようだ。
「それでまぁ、そういうことになるかな。怪我や病気の有無までわかるよ。この能力で私が育成方針とそのメニューを作っているというわけ」
「じゃあ、ルナ先輩は戦闘員よりも強い権限を持っているということですか?」
「権限なんてないよ。非戦闘員はこういう風に特殊な役割を持っていることが多いの。だって戦えないんだから」
つまりは戦闘員も非戦闘員もそれぞれの能力を生かすことができるシステムなのか。
俺はこの施設が戦闘員だけだと思っていたが違っていた。
言い方からして、少なくともルナ先輩以外にも何人か存在するのだろう。
俺は戦闘員ばかり気にしていたわけだが、本当に警戒するべきだったのは非戦闘員なのかもしれない。
戦闘員の強さは大体わかった。
素手では門寺さんがトップらしいからな。
あまり認めたくないことだが、ラストはそれよりも強い。
つまりは徒手格闘では誰にも負けないということである。
武器を使う相手だが、そこはラストの力を信じるしかない。
嫌悪している力に頼るというのは皮肉な話ではあるが。
まぁ、物理的な攻撃は何とかなるということにしておこう。
問題は非戦闘員だ。
そりゃ、非戦闘員というくらいだから戦いには使わない能力が大半だろう。
ルナ先輩のようにな。
ただ、まったく使えないというわけではないと思う。
たとえばルナ先輩だって、怪我や病気で疾患のあるところばかりを狙うことが可能なはずだ。
ほかにも何か物理的でない能力を持っている人間がいるだろう。
俺は、ラストはそれを防ぐことができるのだろうか?
「なるほど、適材適所ってやつですか」
俺は小さくうなずく。
「ところでルナ先輩以外にはどんな能力を持った人がいるんですか?」
この機会に把握しておくべきだろう。
ルナ先輩は少し困ったような顔をした後、満面の笑みで――――――
「それは私にもわからないね」
と言い放った。
俺は身を乗りだし、叫ぶ。
「だって、育成方針はルナ先輩が決めているんでしょ!?」
「安静にしなさい。まぁ、そんなんだけどさ……」
ルナ先輩は俺の肩をつかんで寝かしつけ、続ける。
「私がかかわっているのは、戦闘員だけなんだよね。非戦闘員は怪我で運ばれてくることもないし。そもそも能力は極秘なんだ」
言っていることに納得しつつも、ひとつの疑問が浮かぶ。
「でも、ルナ先輩は俺に能力をあっさり教えてくれましたよね?」
「でも君はそれを誰にも言わないでしょう?」
「ええ、まぁそうですけど……」
誰にも言う必要ないからな。
だがその信頼は一体どこから?
「一目見たその時から、君は信用できると思っていたから」
彼女は小首を傾げ、微笑みながら言った。
「……」
か、かわええ~~~~!!!!!
それはもう全力で叫んでやろうかと思ったが、さすがに迷惑なのでやめる。
俺は後ろを向いて、声を出さず表情だけで叫んでおいた。
「まぁ、冗談はこの辺にして」
先輩は顔を戻して点滴の方へ向かう。
これがギャグマンガだったら『ズコーッ』という効果音をたてながら地面を滑っていくところだね。
ベットに座って点滴が刺さっていたから、実際は身動き一つ取れなかったが。
「点滴が終わったみたいだから、帰ってもいいよ」
先輩は俺に刺さっていた針を抜く。
「どうもお世話になりました」
俺は立ちあがって頭を下げる。
「いいんだよ。これが仕事だし。じゃあ、また来てね」
先輩は手を振る。
「来ないほうがいいんじゃないですか?」
俺は病室の扉を開けながら聞く。
だって、怪我や病気をするってことだろ?
ここに来るということは。
「ここに来れるということは、生きてるってことじゃない?」
「ああ、なるほど」
……。
ああ、うん。
慣れてきたかもしれない。
この土地での常識に。
俺は妙に納得しつつ、もう一度頭を下げて扉を閉めた。
広いな。
この医療施設を歩いていて思ったことだ。
おそらく世間一般で言う『大きな病院』並みの大きさだと思う。
まぁ、この土地でのあらゆる怪我や病気を治さなければならないのだから、理にかなっているとは思うが。
人がいないな。
島の人口はたいしたことはないんだ。
実際、確か生徒数は俺を入れて79人。
職員を入れても100人に足りるかどうかだろう。
そこにこんな大きな病院作ったら人口密度はとんでもなく低い。
というわけでさっきから誰ともすれ違わない。
そういうことを見越して設計したのか、施設内には座るところがほとんどなかった。
これって本当に機能しているのか?
さっきから患者どころか、医者や看護師すら見当たらない。
もしも喧嘩や暴動が起きて大量の重傷者が運ばれてきたら、ちゃんと対処できるのか?
なぞが多いところだなここは。
そんなことは来る前からわかっていたことだが。
俺が建物から出るまでの間、結局誰も見かけなかった。
いたのはルナ先輩だけか。
もしかしたらずっと一人なのかもしれないな。
時々会いに行くか。
怪我も病気もなく、な。
久々に浴びた気がする太陽光に目を細める。
さて、どうしようか。
一体何をするためにこの辺りまで来たんだっけ?
あ、そうそう。
飯を食いに来たんだった。
でもさっき点滴してもらったしな。
売店かどこかで、食料を確保して帰るか。
今自分がいるところは島のどのあたりなのか分からなかったので、タブレット端末を取り出す。
地図を見ると、あまり移動していなかったようだ。
売店は近いようだな。
帰りは遠いけど。
俺はタブレット端末をしまい、歩き始めようと前を向いたとき、人影に気付いた。
目を凝らしてその姿をよく見ると……
「え~~~~~~」
思わず声に出てしまった。
何というエンカウント率。
幸か不幸か運命の赤い糸にでもつながれているんじゃないだろうかと疑ってしまうな。
門寺留美との再遭遇であった。




