第一章 秘密 7
「あなたがクロマね。宜しく。私はティクスよ」
聞き覚えのある名だった。確か、年齢は俺より三歳ほど年下のはずで、あの絵卑家の一人娘だ。絵卑の家系は、女系で、男子は生まれたことがないそうだ。
「ああ…。なぜここに」
会うのは十五年ぶりくらいになるが、記憶にはない。母の話に時々出てくる程度だった。
「母に頼まれたのよ。安全な場所にお連れするようにってね」
絵卑に伝えられる秘密の力、千里眼。そう母からは聞いていた。近未来も見えるとか見えないとか。迷信めいた話に興味はなかったが、今この場に現れた彼女の存在を無視することはできない。ただの偶然ではないことは確かなのだ。
「さあ、こっち」
呆然と立ち尽くす俺の手を無理やり引っ張り、路地の奥へ奥へと連れて行く。細くしなやかな手ではあるが、力強い。その強さに救われ、身を任せることにした。
「三時間後位に、連れが迎えに来るのだが」
アデポネの安否も気になる。まさか彼女までが狙われたりはしていないだろうが。危険には違いない。
「大丈夫。そちらも連絡済みよ」
ティクスは白い歯を見せ、車に乗り込んだ。車は絵卑御用達の高級車である。防弾ガラスであろうが、一応身を屈める素振りを見せる。
「母が狙われた分けもしっているのか」
ティクスは首を横に振る。ただ迎えに来ただけなのだと。そして、これからも命を狙われる可能性があるのだと。