第一章 秘密 10
「大きくなったわね、黒馬双夢。私のことは覚えてないかしら」
俺の名はクロマソウム。母が『韻』の名から引き離すためにあえてこのような名をつけたのだ。
「ええ。しかし、あなたの話はよく母から。母が誰に狙われていたのかご存知なんですね」
近未来を見通せる力の持ち主。それがエピ=ジェネなのである。
「ごめんなさい。クロマ。私も随分と歳を重ねてしまったようで、それほど見えていないのよ」
見た目にはまだ三十代だが、十七歳の娘がいるのだから、もう少し年上だろう。だが、年老いているようには見えない。
「でも、俺を助けてくれた。何でもいい、教えてもらえないですか」
執拗に迫る俺を、ティクスは遮った。
「お母様には、世の平穏を導く尊い仕事があるの。あなたの一事になんて構ってられなのよ」
ティクスが二十歳になれば、その運命は彼女に引き継がれるのである。
「いいのよ、ティクス。私の知っていること全てを話す時が来たということなのかも知れないわ」
諭す母は、大きく、そして優しく見えた。
「朱里は何か言ってなかった?」
「死の間際に、オンコジーンを探して頼れと言っていました」
母の遺言。その中に真実がきっとある。
「え。今なんと」
突然表情が変わるジェネ。体温が上昇するのが分かるほどだった。
「本当に、朱里がそういったのね。オンコジーンを頼れと」
少し落ち着いて、ジェネは話し始めた。
俺の父と母との出会い、卑屈な運命。そしてオンコジーン。数奇な運命に呪われし二人の生きた軌跡を。
「オンコジーンの開花がなければ、あなたの父親は死んでいたわ。でも、その力で、今度は自分自身を封印しなければならないという不運な道を辿ったのよ」
父は英雄であると、母からは聞かされていた。だが、死刑囚だったことまでは知らされてはいなかった。
「封印されたはずのオンコジーンを、今一度呼び起こせとでもいうのかしら。いや、もしかしたら、他にオンコジーンがあるとでも…」