第17話 謁見
王宮の謁見の間は、思っていたより小さかった。
正式な玉座の間ではなく、執務棟の一室。陛下は机の向こうにいて、机の上には書類が積まれていた。積まれ方に、見覚えのある背表紙がある。夜会の監査記録。差し戻し理由書。照合票の写し。
全部、読まれている。綴りの角の擦れ方で分かる。
「ヴィオラ・レンディッシュ」
「はい」
「面を上げよ。……そなたを呼んだのは他でもない。書面はすべて読んだ。その上で、そなたの口から聞きたい。あの夜、何があったか」
「書面の通りでございます」
「書面の通りを、そなたの言葉で申せ」
妙な命令だと思った。書面の通りなら、書面が一番正確だ。だが命令は命令なので、私は述べた。二十一時十四分、殿下が私の名を呼ばれたこと。罪状が三件であったこと。証人の氏名が挙がらなかったこと。私が記録を停止し、書式の不備を指摘したこと。順に、時刻を添えて、評価を挟まずに。
陛下は途中で一度も口を挟まなかった。
述べ終えると、長い沈黙があった。
「……そなたは」
陛下の声は、静かだった。
「息子を、恨んでおるか」
想定していない問いだった。想定していない問いへの答えを、私は様式に持っていない。だから、生のまま答えるしかなかった。
「恨みは、記録に残せませんので。……持たないことにしております」
「記録に残らぬものは、持たぬか」
「持っても、置き場所がございません」
陛下は私を見た。長く。それから、机の上の綴りに目を落とした。
「愚息は、書類が読めぬ」
庇いの言葉を、私は待った。父親なら、ここで何か言う。若さゆえ、とか、悪気は、とか。百を超える断罪の後で、親たちが必ず言う言葉を、私は全部書き取ってきた。
陛下は、言わなかった。
「読めぬ者に、玉璽は預けられぬ。審査は、規程の通りに進めよ。手心は無用。――以上が、そなたを呼んだ用向きの、半分だ」
「……半分、でございますか」
「うむ」
陛下は机の抽斗から、何も取り出さなかった。ただ、抽斗の把手に手をかけたまま、少しの間、止まっていた。開けるかどうか迷う手つきだった。結局、開けなかった。
「そなた、母の名は」
「……エリーゼ・レンディッシュと申します。旧姓は、存じません。私が三つの年に亡くなりましたので」
陛下の手が、把手から離れた。
「――下がってよい」
それだけだった。母の名を訊いて、答えを聞いて、何も言わずに終わった。廊下に出てから、私は謁見の全部を頭の中で読み返した。息子の話をするのに、書類の言葉で話す王だった。そして母の名を訊くのに、抽斗を開けなかった王だった。
開けなかった抽斗の中身は、記録に残らない。
残らないものが、また一つ増えた。
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