第14話 祝典曲
王子の来訪は、監査記録に「参考事実」として追記されることになった。追記を任された私は、当日の状況を整理するため、あの夜会の関連書類一式を保管庫から借り出した。
出席者名簿。会場の設営記録。給仕の配置図。楽団への依頼書。
順に検めていて、楽団の依頼書で手が止まった。
依頼主は王宮儀典局。演目の指定欄に、曲名が並んでいる。前半は卒業夜会の定番曲。だが後半の三曲が、異質だった。祝婚曲が二つ。それから、婚約披露の際に両家の入場で奏でられる、古い祝典曲がひとつ。
卒業の夜会に、祝典曲。
設営記録も見直す。ホール正面の壇上に、当日朝、花台が二基追加されている。花の指定は白と桃。慶事の色だ。断罪の壇の足元に、誰かが慶事の花を用意していた。
――あの夜は、何かの披露が予定されていた。
そして王子は、その壇の上で、披露の代わりに断罪を始めた。
用意された祝典曲は、一度も演奏されないまま、楽団は弓を下ろした。私はあの瞬間を壁際で見ていた。楽団はいつも一番早く気づく、と思ったのを憶えている。違ったのかもしれない。彼らは気づいたのではなく――予定と違うことが始まったので、手を止めたのだ。
誰が披露を段取り、王子はなぜそれを断罪に変えたのか。
考えは、そこで止めた。私に調べる権限があるのは書面の瑕疵までで、人の心の瑕疵は管轄外だ。ただ、儀典局の依頼書の写しは、監査記録の参考資料に加えておいた。管轄外のものは、管轄を持つ誰かの目に届く場所に置いておく。三年間の、欄外と同じやり方で。
午後、王宮から監査長が戻った。
「照合票は受理された。第七十一条の審査が正式に始まる」
「……早いですね」
「早い。異例の速さだ。――受理の通知に、理由は書かれていなかった」
監査長は外套を脱ぎながら、事務的に続けた。
「審査が始まれば、後戻りはできない。罪状の虚偽が認定された場合、違約はすべて申請者側――王子側に反転する。違約金、公式の謝罪、そして王族としての適格性の審査。廃嫡までありうる」
廃嫡。
その語の重さを、私は手の中で量った。あの応接室での、三度往復した目。読めなかった第七項。ミレイユは本当に泣いていたのだ、という去り際の一言。
「監査長。ひとつ、うかがいます」
「何だ」
「審査の開始前に、王子側へ通知は行きますか。……このまま進めば違約が反転する、という警告は」
「制度上の義務はない」
「では、義務のない警告を、私個人が発することに、規程上の障害はありますか」
監査長は外套の釦を留める手を止め、私を見た。例の、三秒の沈黙。
「――ない。被告には和解を提案する権利がある。様式は第百二号」
「ありがとうございます」
その日の夕方、私は第百二号様式を清書した。和解提案の体裁を取った、一枚の警告だった。要旨はこうだ。罪状の虚偽は立証済みである。審査が開始されれば違約は貴側に反転する。開始前に申請を取り下げるなら、当方は違約の追及を求めない。
最後の一文を書くとき、少しだけ迷って、結局そのまま書いた。
『お引きください。これは、貴殿を裁くための手続きではありません』
慈悲のつもりで書いた。読みようによっては、恫喝である。両方に読めるものしか、私には書けなかった。たぶん、両方とも本心だからだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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