表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『その婚約破棄、書式不備につき無効です』  作者: 更田遅筋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/23

第14話 祝典曲

 王子の来訪は、監査記録に「参考事実」として追記されることになった。追記を任された私は、当日の状況を整理するため、あの夜会の関連書類一式を保管庫から借り出した。


 出席者名簿。会場の設営記録。給仕の配置図。楽団への依頼書。


 順に検めていて、楽団の依頼書で手が止まった。


 依頼主は王宮儀典局。演目の指定欄に、曲名が並んでいる。前半は卒業夜会の定番曲。だが後半の三曲が、異質だった。祝婚曲が二つ。それから、婚約披露の際に両家の入場で奏でられる、古い祝典曲がひとつ。


 卒業の夜会に、祝典曲。


 設営記録も見直す。ホール正面の壇上に、当日朝、花台が二基追加されている。花の指定は白と桃。慶事の色だ。断罪の壇の足元に、誰かが慶事の花を用意していた。


 ――あの夜は、何かの披露が予定されていた。


 そして王子は、その壇の上で、披露の代わりに断罪を始めた。


 用意された祝典曲は、一度も演奏されないまま、楽団は弓を下ろした。私はあの瞬間を壁際で見ていた。楽団はいつも一番早く気づく、と思ったのを憶えている。違ったのかもしれない。彼らは気づいたのではなく――予定と違うことが始まったので、手を止めたのだ。


 誰が披露を段取り、王子はなぜそれを断罪に変えたのか。


 考えは、そこで止めた。私に調べる権限があるのは書面の瑕疵までで、人の心の瑕疵は管轄外だ。ただ、儀典局の依頼書の写しは、監査記録の参考資料に加えておいた。管轄外のものは、管轄を持つ誰かの目に届く場所に置いておく。三年間の、欄外と同じやり方で。


 午後、王宮から監査長が戻った。


「照合票は受理された。第七十一条の審査が正式に始まる」


「……早いですね」


「早い。異例の速さだ。――受理の通知に、理由は書かれていなかった」


 監査長は外套を脱ぎながら、事務的に続けた。


「審査が始まれば、後戻りはできない。罪状の虚偽が認定された場合、違約はすべて申請者側――王子側に反転する。違約金、公式の謝罪、そして王族としての適格性の審査。廃嫡までありうる」


 廃嫡。


 その語の重さを、私は手の中で量った。あの応接室での、三度往復した目。読めなかった第七項。ミレイユは本当に泣いていたのだ、という去り際の一言。


「監査長。ひとつ、うかがいます」


「何だ」


「審査の開始前に、王子側へ通知は行きますか。……このまま進めば違約が反転する、という警告は」


「制度上の義務はない」


「では、義務のない警告を、私個人が発することに、規程上の障害はありますか」


 監査長は外套の釦を留める手を止め、私を見た。例の、三秒の沈黙。


「――ない。被告には和解を提案する権利がある。様式は第百二号」


「ありがとうございます」


 その日の夕方、私は第百二号様式を清書した。和解提案の体裁を取った、一枚の警告だった。要旨はこうだ。罪状の虚偽は立証済みである。審査が開始されれば違約は貴側に反転する。開始前に申請を取り下げるなら、当方は違約の追及を求めない。


 最後の一文を書くとき、少しだけ迷って、結局そのまま書いた。


『お引きください。これは、貴殿を裁くための手続きではありません』


 慈悲のつもりで書いた。読みようによっては、恫喝である。両方に読めるものしか、私には書けなかった。たぶん、両方とも本心だからだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ