第七章 質問
部屋は静かだった。
ベッドのシーツが少し乱れている。
エアコンの音だけが聞こえていた。
真田は天井を見つめていた。
時間はどれくらい経ったのだろう。
五分かもしれないし、一時間かもしれない。
妙に現実感が薄い。
隣でミカが体を起こす。
ベッドのスプリングが小さく鳴った。
ミカは何も言わず、服を着る。
動作はゆっくりだった。
慌てる様子はない。
まるで予定通りの作業のようだった。
真田は起き上がる。
「……これで終わりですか」
ミカは頷いた。
「うん」
そしてベッドの端に座る。
膝に手を置いて、少しだけ前かがみになった。
それから振り向く。
黒い瞳が真田を見る。
その目は静かだった。
感情が読めない。
そして。
ミカは言った。
「じゃあ質問」
真田の背中に小さな緊張が走る。
やはり来た。
佐伯のときと同じだ。
真田は頷く。
「はい」
ミカはしばらく黙っていた。
何かを観察しているようだった。
まるで。
答えが分かっているのに確認しているような視線。
そして聞いた。
「今の人生、続けたい?」
真田は一瞬、言葉を失った。
予想していた質問と違う。
「続けたい……?」
ミカは頷く。
「うん」
「このまま」
「同じ仕事」
「同じ生活」
「同じ未来」
淡々と並べる。
そして。
「続けたい?」
真田は考える。
新聞社。
安い給料。
上司の圧力。
スクープのための嘘。
徹夜。
そして。
最近感じていた。
限界。
ミカは黙って待っている。
急かさない。
ただ見ている。
真田は聞いた。
「続けたくないと言ったら?」
ミカは少し笑った。
「いいよ」
「やめれば」
「そんな簡単に?」
「うん」
真田は苦笑した。
「無理ですよ」
「仕事もあるし」
「生活もある」
ミカは首を傾げる。
「でも」
少しだけ間を置く。
「後悔してるでしょ」
その言葉。
真田の胸の奥に刺さる。
ミカは続ける。
「みんな同じ」
「だからここに来る」
真田は聞く。
「ここに来たらどうなるんです」
ミカは答えない。
代わりにテーブルを見る。
そこにある。
500円玉。
ミカはそれを指で転がす。
カラン、と音がする。
そして言った。
「選ぶだけ」
真田は眉をひそめる。
「何を」
ミカはコインを指で弾いた。
コインは空中で回転する。
光を反射してきらめく。
そして。
テーブルに落ちた。
カラン。
ミカはそれを見て言った。
「ほら」
真田はコインを見る。
表。
それだけだ。
「それが?」
ミカは微笑んだ。
「もう決まったよ」
真田の背中に寒気が走る。
「何が」
ミカは答えない。
ただ立ち上がる。
そして言う。
「質問終わり」
真田は慌てて聞く。
「待ってください」
「何ですか」
「失踪してる男たち」
ミカの動きが少し止まった。
真田は続ける。
「三人」
「あなたと会ったあとに消えてる」
部屋が静かになる。
ミカはゆっくり振り向いた。
そして。
少しだけ困ったように笑った。
「消えたんじゃないよ」
真田は息を止める。
「じゃあ」
ミカは言った。
「いなくなっただけ」
意味がわからない。
真田は聞く。
「同じじゃないですか」
ミカは首を振る。
「違う」
少し間を置く。
そして。
「自分でいなくなったの」
その言葉。
真田の頭に杉本の言葉がよぎる。
人生が終わりそうな奴。
ミカはドアに手をかける。
「じゃあね」
真田は最後に聞いた。
「あなたは何者なんです」
ミカは振り返った。
そして少し考える。
それから言った。
「ただの五百円の女」
ドアが開く。
廊下の光が差し込む。
ミカは外に出た。
ドアが閉まる。
部屋に残ったのは。
真田と。
テーブルの上の。
500円玉。
真田はそれを見た。
そして気づく。
コインの裏側に。
細い傷で。
何かが刻まれている。
小さな文字。
そこには。
「4」
と書かれていた。




