第二十三章 五百円
橋の下。
夜はもう深くなっていた。
ベンチの上。
三枚の五百円玉。
カラン。
風で少しだけ触れ合う。
ミカの声が静かに落ちる。
「今の人生」
「続けたい?」
杉本はコインを見ていた。
長い沈黙。
真田も。
長谷川も。
誰も何も言わない。
杉本はやがて小さく笑った。
「ずるい質問だな」
ミカは答えない。
杉本は言う。
「続けたいか」
少し考える。
そして。
首を横に振った。
「続けたくはない」
真田の胸が少しざわつく。
杉本は続ける。
「でも」
少し間。
「やめられない」
ミカが聞く。
「どうして」
杉本は答える。
「責任がある」
「警察」
「部下」
「事件」
「全部」
杉本はコインを指で弾いた。
カラン。
小さな音。
「逃げられない」
ミカは静かに言った。
「逃げなくていい」
杉本は笑う。
「簡単に言うな」
ミカは言った。
「変えればいい」
杉本は黙った。
長谷川が笑う。
「それができたら苦労しない」
ミカは答えた。
「でもできる」
沈黙。
杉本はコインを持ち上げた。
500円。
小さな金属。
でも。
少し重い。
杉本は言う。
「質問」
ミカを見る。
「このコイン」
「なんなんだ」
ミカは少し考えた。
そして言った。
「責任」
真田が聞く。
「責任?」
ミカは頷く。
「お金をもらうと」
「ただの言葉じゃなくなる」
「お客さんになる」
「約束になる」
長谷川が笑う。
「商売か」
ミカは首を振る。
「契約」
真田はコインを見る。
ミカは続けた。
「人生を変える覚悟」
「それを五百円で買う」
川の音が流れる。
杉本は少し考えた。
そして。
コインをミカに返した。
カラン。
小さな音。
杉本は言う。
「まだだ」
ミカが聞く。
「何が」
杉本は答えた。
「成功してない」
長谷川が笑う。
「真面目だな」
杉本は肩をすくめた。
「刑事だからな」
真田が少し笑う。
ミカはコインを見た。
三枚。
静かに光っている。
ミカはそれを手に取った。
そして。
ポケットにしまった。
長谷川が聞く。
「終わりか」
ミカは答えた。
「終わり」
佐伯が言う。
「五人成功」
大谷が笑う。
「統計完成」
久保田が伸びをする。
「帰るか」
橋の上。
車の音が流れる。
真田はミカを見る。
「これからどうするんですか」
ミカは少し考えた。
そして笑った。
「普通に生きる」
長谷川が笑う。
「難しいぞ」
ミカは言った。
「知ってる」
風が吹く。
川の水が揺れる。
ミカは橋の出口に向かって歩き出した。
途中で止まる。
振り返る。
そして言った。
「今の人生」
「続けたい?」
誰も答えなかった。
でも。
誰も死ななかった。
それで。
十分だった。
ミカは歩いていく。
夜の街に消えていく。
橋の下に残ったのは。
川の音と。
少し軽くなった人生だった。




