第二十一章 選ばなかった人
橋の下。
夜の風が少し強くなっていた。
真田の手の中。
500円玉。
小さなコイン。
でも。
不思議と重かった。
杉本が言う。
「どうする」
真田は答えない。
ただ。
コインを指で回す。
カラン。
小さな音。
長谷川が笑う。
「悩むよな」
真田は言った。
「あなたはどうしたんですか」
長谷川は少し空を見た。
「捨てた」
真田が聞く。
「何を」
長谷川は答える。
「全部」
佐伯が笑う。
「俺もだ」
大谷も言う。
「同じ」
久保田が肩をすくめる。
「南の島はいいぞ」
真田は小さく笑った。
でも。
すぐ真顔になる。
そして。
ミカを見る。
「質問いいですか」
ミカは頷く。
「うん」
真田は聞いた。
「なんでやってるんですか」
沈黙。
川の音だけが聞こえる。
杉本も。
長谷川も。
黙っていた。
ミカは少し考えた。
そして言った。
「一人いた」
真田が聞く。
「誰が」
ミカは答えた。
「兄」
初めて出た言葉だった。
長谷川が少し驚いた顔をする。
「初めて聞いた」
ミカは続ける。
「会社員」
「普通の人」
「優しい人」
「でも」
少し間。
「壊れた」
真田の胸がざわつく。
ミカは続ける。
「仕事」
「借金」
「上司」
「家庭」
「全部重なって」
そして。
静かに言った。
「死んだ」
誰も言葉を出さない。
ミカは言った。
「最後の日」
「兄が言った」
真田は聞く。
「何を」
ミカは答えた。
「やめればよかった」
その言葉。
夜の空気に溶ける。
ミカは続けた。
「でも」
「やめ方を知らなかった」
杉本が小さく息を吐く。
ミカは言った。
「だから聞く」
真田が言う。
「質問」
ミカは頷く。
「そう」
長谷川が笑う。
「シンプルだろ」
ミカは言った。
「答えは自由」
「続けてもいい」
「やめてもいい」
「変えてもいい」
そして。
「誰も止めない」
真田はコインを見る。
500円。
ただのコイン。
でも。
重い。
杉本が言う。
「警察やめるのか」
真田は笑う。
「極端ですね」
杉本は言う。
「だいたいそうなる」
真田は少し考えた。
そして言った。
「やめません」
全員が少し驚く。
長谷川が笑う。
「意外だな」
真田は続ける。
「でも」
少し間。
「このままはやめます」
杉本が聞く。
「どういう意味だ」
真田は言う。
「警察は続ける」
「でも」
「自分の人生を後回しにするのはやめる」
沈黙。
風が吹く。
ミカは静かに言った。
「それでいい」
真田は500円玉を持ち上げる。
そして。
ミカに差し出した。
「返します」
ミカは聞く。
「どうして」
真田は笑った。
「成功したら返す約束なんでしょう」
ミカは少し驚く。
真田は続ける。
「まだ途中です」
ミカは少しだけ笑った。
「そう」
そのとき。
長谷川が言った。
「じゃあ終わりだな」
真田が聞く。
「何が」
長谷川はベンチのコインを見る。
二枚の500円。
そして言った。
「五人成功」
真田は首を振る。
「まだです」
長谷川は笑う。
「もう成功してる」
真田が言う。
「どうして」
長谷川は答えた。
「死ななかった」
沈黙。
川の水が流れる。
ミカは空を見た。
そして。
静かに言った。
「あと一回だけ」
真田が聞く。
「何を」
ミカは答えた。
「最後の五百円」
真田の背中に寒気が走る。
杉本が聞く。
「誰にだ」
ミカは少し笑った。
そして言った。
「もう決まってる」
その瞬間。
ミカの視線が。
杉本に向いた。
杉本の顔が固まる。




