第十九章 最初の男
橋の上。
街灯の下に。
一人の男が立っていた。
その手には。
五百円玉。
男はゆっくり階段を降りてくる。
足音が。
静かな夜に響く。
真田は息を飲む。
杉本は目を細める。
ミカは動かなかった。
男が橋の下に入る。
その顔が。
街灯の光に照らされる。
四十代後半。
少しやつれている。
でも。
目は穏やかだった。
男は笑う。
「久しぶり」
ミカの声が震える。
「長谷川……」
佐伯が呟く。
「本当にいたのか」
大谷も信じられない顔をする。
久保田は苦笑した。
「幽霊じゃないよな」
長谷川は笑う。
「残念ながら」
そして。
ミカの前に立った。
ポケットから。
もう一枚の500円玉を取り出す。
カラン。
ベンチの上に置いた。
「約束」
ミカはそれを見つめていた。
三年前。
交わした約束。
人生をやり直せたら返す。
長谷川は言った。
「遅くなった」
杉本が前に出る。
「警察だ」
長谷川は軽く手を挙げる。
「知ってる」
杉本は聞く。
「三年前」
「お前は失踪した」
長谷川は頷く。
「そう」
杉本は続ける。
「そして死体が見つかった」
長谷川は言う。
「ニュース見た」
杉本は鋭く聞く。
「誰だ」
長谷川は首を振る。
「知らない」
杉本は眉をひそめる。
「本当か」
長谷川は言った。
「俺も驚いた」
真田が聞く。
「じゃあ」
「あなたは何をしてたんですか」
長谷川は少し空を見た。
そして答える。
「生きてた」
佐伯が笑う。
「ざっくりだな」
長谷川は肩をすくめた。
「日本一周」
大谷が目を丸くする。
「は?」
長谷川は続ける。
「車売って」
「借金整理して」
「バイク買って」
「走った」
久保田が言う。
「楽しそうだな」
長谷川は笑う。
「楽しかった」
杉本が言う。
「三年か」
長谷川は頷く。
「三年」
そして。
ミカを見る。
「おかげでな」
ミカは言った。
「違う」
長谷川は笑う。
「謙虚だな」
ミカは首を振る。
「私は何もしてない」
長谷川は言う。
「質問した」
沈黙。
長谷川は続ける。
「今の人生」
「続けたい?」
真田の胸がざわつく。
長谷川は笑った。
「その質問で」
「全部壊れた」
そして。
少し間を置く。
「全部始まった」
杉本が言う。
「危険な女だな」
長谷川は笑う。
「そうかも」
ミカは小さく言った。
「最初の人」
長谷川は頷く。
「実験台だ」
ミカは顔をしかめる。
長谷川は続ける。
「でも」
「成功した」
ベンチの上。
二枚の500円玉が並んでいる。
カラン。
風で少し揺れた。
杉本が聞く。
「で?」
「なんで戻った」
長谷川は答える。
「終わらせるため」
真田が聞く。
「何を」
長谷川はミカを見た。
そして言った。
「この遊び」
空気が変わる。
ミカの表情が固まる。
長谷川は続ける。
「五人」
「十分だろ」
ミカは言う。
「まだ一人」
長谷川は笑う。
「もういる」
全員が黙る。
長谷川は真田を見る。
そして言った。
「こいつだ」
真田の心臓が跳ねる。
「俺……?」
長谷川は頷く。
「顔見ればわかる」
真田は言う。
「何が」
長谷川は答えた。
「もう戻れない顔」
沈黙。
川の水音。
夜の風。
長谷川はベンチの500円玉を指で弾いた。
カラン。
小さな音。
そして言った。
「最後の一人だ」




