第十八章 最初の嘘
杉本の言葉。
「DNAが違う」
その一言が。
橋の下の空気を凍らせた。
真田は聞き返す。
「違うって……」
杉本は言う。
「死体は長谷川じゃない」
佐伯が呟く。
「じゃあ誰なんだ」
杉本は首を振る。
「まだわからん」
大谷が言う。
「じゃあ長谷川は……」
杉本は答えた。
「生きてる可能性がある」
沈黙。
そのとき。
真田は気づいた。
ミカの顔。
さっきまで冷静だった。
でも今は違う。
明らかに動揺している。
真田が言う。
「ミカさん」
ミカは何も言わない。
杉本が聞く。
「知ってるのか」
ミカはゆっくり首を振った。
「……知らない」
杉本は鋭く言う。
「嘘だ」
ミカは黙る。
杉本は続ける。
「お前」
「長谷川と何回会った」
ミカは小さく言った。
「一回」
杉本は言う。
「嘘だな」
ミカは目を閉じる。
数秒。
そして。
小さく言った。
「二回」
真田の心臓が強く打つ。
杉本は聞く。
「二回目は?」
ミカは答える。
「半年後」
佐伯が言う。
「生きてたのか」
ミカは頷いた。
「うん」
杉本は聞く。
「何をしてた」
ミカは少し迷った。
そして言った。
「笑ってた」
真田は理解できない。
「笑ってた?」
ミカは続ける。
「仕事辞めて」
「借金整理して」
「引っ越して」
「新しい生活してた」
杉本は言う。
「成功してたのか」
ミカは頷く。
「うん」
久保田が呟く。
「じゃあなんで」
杉本が続ける。
「死体になった」
ミカは静かに言った。
「わからない」
杉本は腕を組む。
「最後に会ったのは?」
ミカは答える。
「三年前」
杉本は言う。
「その後連絡は」
ミカは首を振る。
「ない」
沈黙。
真田の頭の中で。
何かが引っかかる。
そして。
言った。
「待ってください」
全員が真田を見る。
真田は言う。
「ミカさん」
「さっき言いましたよね」
ミカは静かに聞く。
「何を」
真田は言った。
「五人まで」
ミカは頷く。
「うん」
真田は続ける。
「理由は」
「一人失敗したから」
ミカは黙る。
真田は言う。
「でも」
「長谷川は成功してた」
ミカの目が揺れる。
真田は続ける。
「なのに死んだことになってる」
杉本も気づいた。
「つまり」
「失敗じゃない」
ミカは黙っている。
杉本が低く言う。
「誰かが殺した可能性がある」
橋の下に。
重い沈黙が落ちる。
佐伯が言う。
「誰が」
杉本はゆっくり言った。
「この中の誰か」
真田の背中に冷たいものが走る。
大谷が笑う。
「冗談だろ」
杉本は首を振る。
「失踪者」
「元失踪者」
「関係者」
指を折る。
「ここに全員いる」
久保田が言う。
「警察の推理かよ」
杉本は言う。
「違う」
そして。
ミカを見る。
「この女の実験だ」
ミカの表情が凍る。
真田は言う。
「実験……?」
杉本は言った。
「人生をやり直す人間が」
「何人成功するか」
真田は言う。
「そんなこと……」
杉本は続ける。
「そして失敗した一人が死んだ」
ミカが叫ぶ。
「違う!」
初めての大きな声だった。
全員がミカを見る。
ミカは震えていた。
そして言った。
「長谷川は死んでない」
杉本が聞く。
「根拠は」
ミカは答えた。
「五百円」
真田は眉をひそめる。
「五百円?」
ミカは言う。
「持ってる」
杉本が言う。
「何を」
ミカはポケットから取り出した。
古い500円玉。
少し傷がある。
ミカは言った。
「長谷川の」
真田が聞く。
「どういう意味です」
ミカは答える。
「あの人は返さなかった」
沈黙。
杉本が言う。
「それが何だ」
ミカは言った。
「約束だから」
真田の背中に寒気が走る。
ミカは続ける。
「人生やり直せたら」
「五百円返すって」
川の音が大きく聞こえる。
そして。
そのとき。
橋の上から声がした。
「まだ持ってるのか」
全員が振り向く。
橋の上。
街灯の光の中に。
一人の男が立っていた。
ミカの顔が凍る。
男は笑った。
そして言った。
「返しに来たよ」
その男の手には。
五百円玉があった。




