第十六章 覚悟
森のナイフが光る。
小さな折りたたみナイフ。
だが。
夜の静けさの中では。
十分に怖かった。
杉本が叫ぶ。
「やめろ!」
森は笑う。
「なんでだよ」
ナイフを軽く振る。
「五人までなんだろ?」
「なら一人減ればいい」
真田の背中に冷たい汗が流れる。
佐伯が言った。
「やめろ」
森は振り向く。
「お前らはできたんだろ?」
「なら俺もできる」
大谷が首を振る。
「違う」
森は苛立つ。
「何が違う」
久保田が言った。
「それじゃない」
森は眉をひそめる。
「は?」
久保田は言う。
「俺たちは」
少し間。
「誰も傷つけてない」
森は笑う。
「綺麗事だろ」
ミカが一歩前に出る。
その目は。
冷たかった。
森はナイフを向ける。
「近づくな」
ミカは止まらない。
ゆっくり歩く。
そして言った。
「あなたは違う」
森は苛立つ。
「何が」
ミカは答えた。
「逃げたいだけ」
森の顔が歪む。
「同じだろ!」
ミカは首を振る。
「違う」
静かな声。
でも。
強い。
ミカは言った。
「この人たちは」
佐伯。
大谷。
久保田を見る。
「全部捨てた」
「仕事」
「家」
「お金」
「人間関係」
そして。
「自分で責任を取った」
森は叫ぶ。
「俺だって!」
ミカは言う。
「違う」
森は震える。
ミカは続けた。
「あなたは」
ナイフを見る。
「人を使おうとしてる」
森の呼吸が荒くなる。
ミカは言った。
「席を奪う」
「誰かを消す」
「誰かの人生を壊す」
静かな声。
「それは覚悟じゃない」
森が怒鳴る。
「じゃあ何だよ!」
ミカは答えた。
「犯罪」
沈黙。
川の水音だけが聞こえる。
森の手が震える。
ナイフの刃が揺れる。
ミカはさらに近づく。
杉本が叫ぶ。
「やめろ!」
ミカは止まらない。
森の目の前まで来る。
そして。
静かに言った。
「質問する」
森が息を飲む。
ミカは聞いた。
「今の人生」
「続けたい?」
森は震える。
その言葉。
三年前。
三人が聞かれた言葉。
森の手から。
ナイフが落ちた。
カラン。
小さな音。
森はうずくまった。
そして。
泣き始めた。
「わからない」
「もう」
「何も」
ミカは何も言わない。
ただ。
ベンチの500円玉を手に取る。
そして。
森の前に置いた。
カラン。
森はそれを見る。
ミカは言った。
「使わなくていい」
森は顔を上げる。
ミカは続ける。
「帰っていい」
森は震える声で言う。
「……帰る場所なんてない」
ミカは少し考える。
そして。
初めて。
少しだけ笑った。
「作ればいい」
森は泣き続けた。
杉本は静かに息を吐いた。
真田は気づく。
この女は。
人生を壊しているんじゃない。
止めている。
そのとき。
ミカが言った。
「あと一人」
杉本が聞く。
「何が」
ミカは答える。
「五人目」
杉本は言う。
「真田だろ」
ミカは首を振った。
「違う」
真田の背筋が凍る。
ミカは言った。
「まだ来てない」
杉本が聞く。
「誰だ」
ミカは空を見る。
橋の上を。
一台のパトカーが通り過ぎた。
赤い光が川に反射する。
ミカは静かに言った。
「最後の人」
真田は聞く。
「いつ来る」
ミカは答える。
「もうすぐ」
そのとき。
杉本のスマートフォンが鳴った。
警察からの連絡。
杉本は出る。
「杉本だ」
数秒。
沈黙。
杉本の顔色が変わる。
「……今なんて?」
真田が聞く。
「どうしたんです」
杉本はゆっくり電話を切った。
そして。
ミカを見る。
震える声で言った。
「見つかった」
真田が聞く。
「誰が」
杉本は答えた。
「最初の男」
真田の背中に寒気が走る。
「え……?」
杉本は続けた。
「死体で」
ミカの表情が。
初めて。
凍りついた。




