第十五章 六人目
橋の下の道から。
二つの影が近づいてくる。
一人は。
三人目の失踪者。
久保田。
もう一人は。
誰も知らない男だった。
久保田は三人を見ると軽く手を挙げた。
「久しぶり」
杉本は頭を抱えた。
「……お前まで」
三年前。
消えた男たち。
その三人が。
今ここに揃っている。
久保田は笑う。
「呼ばれたから来た」
ミカは少し困った顔をしていた。
それは。
今まで一度も見せたことのない表情だった。
そして。
もう一人の男が言った。
「五百円」
静かな声だった。
ミカの目がわずかに見開かれる。
男はポケットから500円玉を取り出す。
それを指で弾く。
カラン。
ベンチの上に落ちた。
男は言う。
「一回だけ」
真田の背筋が凍る。
杉本も気づく。
この男は。
知っている。
ミカのルールを。
ミカはゆっくり聞いた。
「誰から聞いたの?」
男は答える。
「三人」
男は指をさした。
佐伯。
大谷。
久保田。
三人の元失踪者。
三人は少し気まずそうに笑った。
佐伯が言う。
「酒飲んでたら」
大谷が続ける。
「話になって」
久保田が笑う。
「試してみたいって」
男は真っ直ぐミカを見る。
そして言った。
「俺も人生やめたい」
夜の空気が少し重くなる。
杉本が低く言う。
「名前は」
男は答える。
「森」
三十代半ばくらい。
普通の会社員のように見える。
森は言った。
「借金」
「離婚」
「会社クビ」
少し笑う。
「フルセット」
佐伯が小さく呟く。
「俺と同じだな」
森はミカを見る。
「だから来た」
ミカは静かに言った。
「もう終わった」
森は眉をひそめる。
「終わった?」
ミカは頷く。
「五人まで」
森はベンチのコインを見る。
そして笑った。
「でも今六人目だろ」
ミカは首を振る。
「違う」
杉本が言う。
「四人だ」
ミカは頷いた。
「そう」
森は少し考える。
そして言った。
「じゃあ」
「俺が五人目でいい」
その言葉。
杉本がすぐ言う。
「ダメだ」
森は振り向く。
「なんで」
杉本は答える。
「お前は逃げたいだけだ」
森は笑う。
「違いがあるのか?」
杉本は言葉を詰まらせた。
森はミカを見る。
「質問してくれ」
ミカは静かに首を振った。
「しない」
森の表情が変わる。
「なんで」
ミカは答えた。
「もう五人いるから」
真田の背中に寒気が走る。
「え……?」
杉本も眉をひそめる。
「四人じゃないのか」
ミカは静かに言った。
「五人目はもういる」
全員が黙る。
杉本が聞く。
「誰だ」
ミカはゆっくり視線を動かした。
佐伯。
大谷。
久保田。
杉本。
そして。
最後に。
真田を見た。
真田の心臓が止まりそうになる。
「……俺?」
ミカは小さく頷いた。
「そう」
森が言う。
「まだ何もしてないだろ」
ミカは答える。
「もう選んでる」
真田は混乱する。
「いつ」
ミカはベンチの500円玉を見る。
指で弾く。
カラン。
そして言った。
「あの夜」
ホテルの部屋。
質問。
今の人生、続けたい?
真田の背中に冷たいものが走る。
ミカは言った。
「あなたはもう決めてる」
真田は震える声で言う。
「俺は……」
ミカは静かに言った。
「まだ気づいてないだけ」
夜の空気が重くなる。
そのとき。
森が言った。
「じゃあ」
ポケットからナイフを取り出す。
小さな折りたたみナイフ。
「席を空けてもらう」
杉本が叫ぶ。
「やめろ!」
森は笑う。
「五人までなんだろ?」
ナイフの刃が街灯に光る。
森は言った。
「じゃあ一人減らせばいい」
その瞬間。
ミカが初めて怒った顔をした。




