第十三章 戻ってきた男
橋の下の道を。
一人の男が歩いてくる。
街灯の光に照らされ、影が伸びる。
ゆっくり。
迷いのない足取り。
真田は目を細めた。
そして。
心臓が強く打つ。
「……まさか」
杉本も気づいた。
目を見開く。
男が近づく。
顔が見える距離になる。
少し痩せている。
髪も短い。
だが。
間違いない。
杉本が低く呟いた。
「佐伯……」
三年前。
失踪した男。
その本人が。
今、目の前に立っていた。
佐伯は二人を見て少し驚いた顔をした。
そして笑う。
「久しぶりだな」
杉本は一歩前に出た。
「お前……」
言葉が続かない。
三年間。
探していた男だ。
死体も見つからない。
行方不明。
その男が。
普通に立っている。
佐伯は頭をかいた。
「そんな顔するなよ」
杉本の声が荒くなる。
「消えたんだぞ」
「三年」
「家族も」
「会社も」
「全部」
佐伯は静かに頷いた。
「うん」
「やめた」
杉本は言葉を失う。
「やめた……?」
佐伯は言う。
「仕事」
「借金」
「生活」
「全部」
真田が思わず聞く。
「どうやって」
佐伯は肩をすくめた。
「簡単だよ」
「売れるもの売って」
「借金整理して」
「辞めるって言って」
少し笑う。
「それだけ」
真田は混乱した。
「でも……失踪扱いに」
佐伯は言う。
「連絡先全部捨てた」
「だからだろ」
杉本が言う。
「逃げたのか」
佐伯は首を振る。
「違う」
そして。
ミカを見る。
ミカは静かに立っていた。
佐伯は言った。
「選んだ」
その言葉。
静かな夜に落ちる。
杉本は聞く。
「何を」
佐伯は答えた。
「自分の人生」
杉本は苛立つ。
「意味がわからん」
佐伯は笑う。
「三年前」
ミカを見る。
「この人に聞かれた」
真田は呟く。
「続けるか」
佐伯は頷く。
「そう」
「今の人生」
「続けたい?」
佐伯は川を見る。
暗い水。
遠くの光。
そして言った。
「続けたくなかった」
真田は聞く。
「それで?」
佐伯は言った。
「やめた」
杉本が聞く。
「それだけで人生変わるか」
佐伯は笑う。
「変わるよ」
少し間を置く。
「覚悟すれば」
杉本は黙った。
佐伯は続ける。
「今はな」
「山の方で働いてる」
「農家」
真田は驚く。
「農家?」
佐伯は頷く。
「給料は安いけど」
「借金もない」
「朝起きて」
「畑行って」
「飯食って」
「寝る」
笑う。
「楽だぞ」
杉本は聞く。
「後悔してないのか」
佐伯は即答した。
「してない」
その言葉。
真田の頭に浮かぶ。
久保田の部屋。
残された紙。
後悔してない。
ミカは静かに言った。
「だから呼んだ」
杉本が聞く。
「何のために」
ミカは答える。
「見せるため」
真田の胸がざわつく。
「何を」
ミカは杉本を見る。
そして言った。
「嘘じゃないってこと」
風が吹く。
川の匂い。
夜の音。
杉本は長く息を吐いた。
「三人とも」
「生きてるのか」
ミカは頷いた。
「うん」
真田は聞く。
「じゃあ」
「五人って何ですか」
ミカは少し考えた。
そして言った。
「上限」
杉本が眉をひそめる。
「上限?」
ミカはベンチの500円玉を見た。
指で弾く。
カラン。
小さな音。
そして言った。
「五人まで」
真田は聞く。
「何が」
ミカは答える。
「本気で人生捨てられる人」
そのとき。
ミカのスマートフォンが鳴った。
ミカは画面を見る。
そして言った。
「二人目も来た」
真田の背筋が凍る。
遠くの道。
もう一人の男が歩いてくる。
街灯の下。
その顔を見た瞬間。
杉本が呟いた。
「大谷……」
二人目の失踪者だった。




