第九章 答え
スマートフォンを握る手が汗ばんでいた。
真田は電話を耳に当てたまま、何も言えなかった。
電話の向こうでミカは黙っている。
急かす様子はない。
ただ待っている。
真田は聞いた。
「……もし」
声が少しかすれた。
「やめるって言ったら」
ミカはすぐ答えた。
「やめればいい」
「どうやって」
「簡単だよ」
真田は思わず苦笑した。
「仕事も生活もあるんですよ」
「簡単じゃない」
ミカは少し黙った。
それから言った。
「でも」
「本当はやめたいんでしょ」
その言葉。
胸の奥に重く落ちた。
真田は何も言えない。
ミカは静かに続ける。
「みんなそう」
「だから聞いてる」
真田は窓の外を見る。
夜の街。
ネオン。
車の光。
毎日見ている景色。
だが。
ふと思う。
十年後も同じ景色を見ているのか。
ミカの声が聞こえる。
「どうする?」
真田は答えなかった。
ただ言った。
「まだ決めてません」
ミカは少し笑った。
「そっか」
それだけ言って。
電話は切れた。
部屋が静かになる。
杉本が真田を見る。
「何て言った」
真田は答える。
「選べって」
杉本は鼻で笑った。
「ふざけた話だ」
真田は聞く。
「刑事さん」
「なんだ」
「あなたは会ったことあるんですか」
杉本の動きが止まった。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが真田は見逃さなかった。
「……あるんですね」
杉本は煙草を取り出す。
火をつける。
深く吸い込む。
そして言った。
「三年前だ」
真田の背中に緊張が走る。
「三年前?」
杉本は窓の外を見たまま言う。
「最初の失踪」
「佐伯」
真田は頷く。
「はい」
杉本は続けた。
「そいつを探してるとき」
「俺も会った」
真田は驚く。
「ミカに?」
杉本は頷いた。
「同じだった」
「五百円」
「一回だけ」
「そのあと質問」
真田は息を呑む。
「答えたんですか」
杉本は煙を吐く。
しばらく黙る。
そして言った。
「続けるって言った」
真田は聞く。
「人生を?」
杉本は頷く。
「刑事を」
「この生活を」
「全部」
真田は聞いた。
「後悔してます?」
杉本は少し笑った。
苦い笑いだった。
「さあな」
煙草を灰皿に押し付ける。
そして言った。
「ただ」
「三人目が消えたとき」
少し間を置く。
「考えた」
真田は聞く。
「何を」
杉本はテーブルの500円玉を見る。
そこに刻まれた数字。
4
杉本は言った。
「俺は」
「逃げたんじゃないかってな」
真田は意味が分からなかった。
「逃げた?」
杉本は言う。
「選ばなかった」
「だから残った」
その言葉。
真田の胸に引っかかる。
杉本は続ける。
「でもな」
真田を見る。
真剣な目だった。
「消えた三人」
「全員同じだ」
真田は聞く。
「何が」
杉本は答えた。
「消える前に」
少し間を置く。
「全部捨ててる」
真田は眉をひそめる。
「全部?」
杉本は指を折る。
「仕事」
「家」
「金」
「人間関係」
真田は思い出す。
佐伯の部屋。
空っぽのアパート。
杉本は言った。
「まるで準備してたみたいにな」
真田の背中に寒気が走る。
そのとき。
スマートフォンが震えた。
今度はメッセージだった。
知らない番号。
真田は画面を見る。
短い文章。
そこにはこう書かれていた。
「明日」
「最後の人」
「会う」
真田は息を呑む。
杉本が聞く。
「どうした」
真田は画面を見せた。
杉本は眉をひそめる。
「最後?」
真田は言う。
「誰だと思います」
杉本はしばらく考えた。
そして。
ゆっくり言った。
「五人目だ」
真田は凍りつく。
「五人目……?」
杉本はコインを見る。
そこに刻まれた数字。
4
そして言った。
「お前の次だ」




