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ワンコインの女  作者: 臥亜


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### プロローグ 五百円の夜

その夜、長谷川は死ぬつもりだった。


理由は特別なものではない。


会社は倒産した。

借金は三百万円。

妻は三年前に出ていった。


ただそれだけのことだ。


橋の下のベンチに座り、缶ビールを飲む。

ぬるくてまずい。


川の水は黒かった。


飛び込めば死ねるだろう。

ニュースにもならない。

ただの中年男の転落死だ。


それでいいと思った。


ポケットから財布を出す。


中身は千円札が一枚と、五百円玉が一枚。


「中途半端だな」


長谷川は笑った。


そのとき。


「すみません」


女の声がした。


振り向く。


若い女だった。


特別きれいでもない。

でも、どこか変な雰囲気がある。


女は言った。


「五百円でいいです」


長谷川は眉をひそめる。


「何が?」


女は少し考えるようにして言った。


「エッチです」


長谷川はしばらく黙っていた。


そして笑った。


「安いな」


「はい」


「なんで五百円なんだ」


女は答えない。


代わりに言った。


「どうしますか」


長谷川は川を見る。


黒い水。


そして女を見る。


どうせ死ぬ。


最後に一回くらい。


そう思った。


「いいよ」


長谷川はポケットから五百円玉を出した。


カラン。


女の手のひらに落ちる。


女はそれをポケットに入れた。


「こっちです」


ホテルは橋から少し歩いたところにあった。


古いビジネスホテル。


部屋は狭かった。


行為はすぐ終わった。


長谷川はベッドに座り、煙草を吸う。


女は服を着ながら言った。


「質問していいですか」


「なんだ」


女は長谷川を見る。


その目は、妙に真剣だった。


そして言った。


**「今の人生、続けたいですか?」**


長谷川は煙草の煙を吐いた。


「なんだそれ」


女は黙っている。


長谷川は少し考えた。


それから言った。


「いや」


あっさり言った。


女は頷いた。


「そうですか」


長谷川は笑う。


「だから死ぬんだよ」


女は首を振った。


「死ななくてもいいです」


「は?」


女は言った。


「やめればいい」


長谷川は眉をひそめる。


「何を」


女は答えた。


**「今の人生」**


沈黙。


エアコンの音だけがする。


長谷川はしばらく黙っていた。


そして笑った。


「簡単に言うな」


女は言う。


「簡単です」


「どうやって」


女は答えた。


「全部やめればいい」


長谷川は煙草を灰皿に押しつけた。


そして。


なぜか少しだけ笑った。


「……それもありか」


女は頷いた。


「はい」


長谷川はベッドから立つ。


財布をポケットに入れる。


「じゃあ」


「何をやめますか」


長谷川は少し考えた。


そして言った。


「会社員」


女は言う。


「いいですね」


長谷川はドアを開けた。


外はまだ夜だった。


橋の方を見る。


さっきまで死ぬつもりだった場所。


でも。


もう飛び込む気はなかった。


長谷川はポケットを触る。


五百円玉はもうない。


代わりに。


少しだけ軽い気分があった。


長谷川は思う。


**あの女は何者なんだろう。**


そのとき彼はまだ知らなかった。


あの夜が。


**人生で一番安い、そして一番高い五百円だったことを。**


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