誕生日のパラドクス詐欺
休み時間だった。
隣の席の吉田は読書が趣味の男で、休み時間は大体読書をしている。だから、話し相手にはなってくれない。
「本なんか読んでも役に立たないだろう。このネット時代に」
なんて言ってみたのだが、一瞥されただけで何も返してはくれなかった。どうやら読書をやめるつもりはないらしい。やっぱり本を読み続けている。やる事もないので、僕は腕を組んで枕にして突っ伏すような姿勢で顔を横に向けて窓の外を眺めていた。
僕がそんな風に退屈そうにしていたからだろうか? 不意に藪沢という同じクラスの男が話しかけて来た。
「綿貫さんが今月誕生日らしいぞ」
“綿貫”というのは、同じクラスの女子生徒の名だ。気は強いがそれなりに整った顔立ちをしている。
「それがどうしたんだよ?」
と、僕は投げやりに返す。
僕は藪沢が苦手なタイプなのだ。直ぐに人をからかって来る。
「誕生日を祝うって言ってデートに誘えるかもしれないじゃないか」
軽いノリで藪沢はそんな事を言う。
いやいや、と僕は思った。
「そーいうのは、親しい関係になった後だろう? 挨拶くらいしかした事がない俺らが誘っても断られるだけだって」
特に彼女は気が強いからそうなる可能性は高そうだった。すると彼は、少し考えてからこんな提案をして来た。
「なら、誰か同じ日が誕生日の奴いないかな? ついでに祝うってすれば彼女も断らないのじゃないか?」
「そんな都合の良い奴いないって」と、僕は返す。
「そうか? 分からないじゃないか」
「同じ月ならいるかもだけどな。同じ日は無理じゃないか?」
それを聞くと彼はすかさずこう続けた。
「なら、賭けをしないか? 同じ日が誕生日の奴がいるかどうか。でも、流石に綿貫と同じ誕生日じゃ分が悪いから、同じクラスの誰でも良いって事にしてよ」
僕は少し考えるとこう尋ねる。
「何円賭ける?」
「1000円でどうだ?」
妥当な金額。やっても良かったが、僕は何か怪しいものを感じた。
「いや、待て。もしかしてお前、同じ誕生日の奴がこのクラスにいるって知っているのじゃないか?」
こいつはそーいう事をやる奴なのだ。
「疑うのか? なら、いいぜ。お前が自由にクラス名を言えよ。そのクラスで同じ誕生日の奴がいるかどうかで賭けようぜ」
「わかった。じゃ、2-3にしよう。友達もいるし調べ易い」
「オッケェ。じゃ、2-3で決まりだ。早速訊いてみようぜ」
僕は藪沢は信用できないので、自分で調べてみようと友達に電話をかけてみた。すると、偶然にもそいつは知っていたらしく直ぐに教えてくれた。
「同じ誕生日の奴…… いるってさ」
僕は落胆しながらそうこぼすように言った。須臾の間、嘘を言おうかとちょっと迷ったけれどどうせ直ぐにバレる。
それに藪沢は大喜びをした。
「ラッキー! じゃ、1000円くれよ」
手を差し出して来る。僕は渋々財布を取り出した。が、そのタイミングだった。読書をしていたはずの吉田がいきなりこう言ったのだ。
「詐欺は良くないな、藪沢君」
「は?」と異口同音に僕と藪沢は声を上げる。
「詐欺って何だよ? 少しも怪しい点なんかなかっただろうが」
その藪沢の問いかけに吉田は淡々と返した。
「“誕生日のパラドクス”って知っているかい? 同じ誕生日の人がいる確率を求めると23人でなんと50%を超える。この学校の生徒は1クラス40人くらいだけど、それくらいいれば確率は90%くらいになるだろうね。
つまり、どんなクラスでも大体は同じ誕生日の人がいるんだよ。それを君は知っていたのじゃないか?」
「そんな話、知らねえよ。テキトーな事を言ってるんじゃねぇ」
そう藪沢は脅すような口調で文句を言った。が、後ろめたい事があるようにしか思えない顔をしている。
吉田はまったく動揺しなかった。
「君ははじめ、“綿貫さんと同じ誕生日の人”の話題を振ったよね? それは彼が“誕生日のパラドクス”を知っているかどうか確かめる為じゃないのかい? そこまで親しくもない綿貫さんの誕生日をいきなり祝おうなんて不自然だ。彼が綿貫さんを狙っているとかそんな話もないのに」
そう言われて、藪沢は渋い表情を見せた。
「そして、彼が誕生日のパラドクスを知らないと分かると、言葉巧みに賭けの話に繋げた。クラスを彼に選ばせる事で信用させてね。賭けをその場で偶然思い付いたようにしていたけど、綿貫さんの誕生日と同じ日の人が“いるいない”って話をしていたのだから、賭けの対象を彼女と同じ誕生日にしないのはおかしいよ」
藪沢の顔は明らかに赤くなっていた。自分でも自覚があるのだろう。僕の視線にも気が付いたようだった。
この状態で、まだ僕が負けた1000円を回収しようとしたら、流石に自分の立場が悪くなると悟ったようだった。
「もう、いい」
とだけ言って自分の席に戻っていってしまった。
僕は吉田を見る。お礼を言おうかと悩んだのだけど、再び読書をし始めてしまったので言わなかった。ただ、少しの間の後で、読書しながら彼は呟くようにこう言ったのだった。
「本を読むのも、案外、役に立つものだろう?」
……どうやら意外に気にしていたらしい。




