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拾った猫(魔王)を聖女がモフり倒して無効化する話

掲載日:2026/01/29

「あらあら、まあ……なんて可哀想なこと」


 降りしきる雨の中、王都の片隅にある裏路地。 私、聖女エルリーゼは、ずぶ濡れで丸まっている「黒い塊」を見つけました。


 それは、夜の闇を切り取ったような美しい毛並みの――一匹の子猫に見えました。


「シャーッ!!(貴様……人間か! 穢らわしい、この私に触れるな! 死にたいのか!)」


 子猫が鋭い牙を剥き、その小さな体からどす黒い魔力が溢れ出します。 普通の人間なら、その威圧感だけで心臓が止まっているでしょう。


 でも、あいにく私は、歴代最高の聖力を持って生まれてしまった聖女なのです。


「まあ、元気なお返事ね。お腹が空いているの? それとも、怪我が痛むのかしら?」


 私は、子猫が放つ「絶望のオーラ」を、春のそよ風を払うかのように指先一つで浄化しました。 そして、そのままひょいっと抱き上げます。


「ぎ、にゃぁぁぁ!?(なっ、私の障壁を素手で!? 貴様、何者だ! 離せ……あ、温かい……?)」


 私の体から溢れる聖力は、常時「高級な床暖房」くらいの温度を保っています。 冷たい雨に打たれていた子猫は、私の腕の中で一瞬ビクンと跳ねましたが、すぐにトロンとした目になりました。


「いい子ね。今日からあなたは、私の『ルナちゃん』よ」


 こうして、世界を滅ぼすと言われた魔王陛下は、私の家へと強制連行されたのでした。


 


 それからの毎日は、私にとって癒やしの連続でした。 ルナちゃんにとっては、プライドを粉々に粉砕される日々だったようですが。


「ルナちゃん、お風呂の時間ですよ。今日はバラの香りの聖水シャンプーです」


「な……にゃ、にゃーん!(ふざけるな! 聖水だと!? 浄化されて消滅しろというのか!?)」


 ルナちゃんは必死に逃げ出そうとしますが、私は聖力による『絶対逃がさないホールド』を発動。優しく、しかし確実に彼を洗い上げます。


 魔王の呪いすら浄化する私のシャンプー。 本来なら魔族にとって猛毒のはずですが、私の聖力が「ルナちゃんにとって最高に気持ちいいやつにして」と願うだけで、なぜか「究極のスパ・トリートメント」へと変貌を遂げていました。


「ふかふかになりましたね。はい、ご褒美の黄金マグロ(聖地直送)です」


「にゃ、にゃ……(ぐっ、毒だ……これは私を骨抜きにする毒だ……美味すぎる……。だが、私は魔王だぞ。いつかこの女が寝静まったら、その喉笛を……)」


 そう言いながら、ルナちゃんは私の膝の上で「ゴロゴロ」と、雷のような音を立てて喉を鳴らしています。 尻尾は正直なもので、私の腕にパタンパタンと甘えるように巻き付いていました。


 私はその柔らかいお腹に顔を埋め、全力でモフり倒しました。 聖女の愛は重いのです。物理的にも、魔力的にも。


 


 一方その頃。 主君である魔王を失った魔王軍は、大パニックに陥っていました。


「報告します! 我らが陛下は、現在、聖女の私邸にて『ピンクのリボン』を首に巻かれ、猫じゃらしを追いかけていらっしゃいます!」


「馬鹿な……あの冷酷無比な陛下が、人間の玩具に屈したというのか!?」


「さらに、聖女が振る舞うおやつに魅了され、近衛隊長ですら『あんな幸せそうな陛下は見たことがない。これ以上の侵略は不敬ではないか』と涙を流し、侵略計画は完全に凍結されました!」


 そんな裏事情を、私は露ほども知りません。 ただ、最近ルナちゃんの体が、妙に熱を帯びてきたような気がしていました。


「ルナちゃん、最近よく食べるわね。もしかして、猫じゃなくてライオンの子供だったのかしら?」


「……にゃ(……そろそろ、魔力が溢れる。限界だ)」


 ある月の綺麗な夜。 私がルナちゃんを抱きしめたまま、ベッドでうたた寝をしていた時のことです。 腕の中にあったはずの「毛玉」が、急激な熱を持ち始めました。


「……おい。いつまで寝ている」


 低く、心地よく響くバリトンボイス。 ハッとして目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていました。


 私の腕の中にいたはずの黒猫はいません。 代わりに、私の体を押しつぶすようにして、一人の男性が覆いかぶさっていました。


 漆黒の髪。夜空を溶かし込んだような金色の瞳。 その上半身は、私の過保護な食事管理のおかげか、見事なまでに引き締まった筋肉に覆われています。


「え、えええっ!? ルナちゃん!? 泥棒!? それとも……不審者!?」


「不審者ではない。貴様が拾って、毎日『ルナちゃん』と呼んでこねくり回していた……魔王、ルシフェルだ」


 彼は不機嫌そうに目を細めましたが、その耳は真っ赤に染まっています。 よく見ると、彼の首には、私が昨日つけたばかりの「フリル付きの赤い首輪」がそのまま残っていました。


「あ、あの……ごめんなさい? でも、ルナちゃんが可愛かったのが悪いんですよ?」


「……。貴様、私が魔王だと知って、恐ろしくはないのか?」


「だって、ルナちゃんですよ? 毎晩私のお腹の上で寝て、肉球の匂いまで嗅がせてくれた、あのルナちゃん」


 私が真顔で答えると、魔王様――ルナちゃんは、がっくりと肩を落としました。


「……負けだ。もういい。貴様のその、底なしの善意と無自覚には勝てん。……おい」


 彼は少しだけ、私の手首を掴む力を緩めました。 そして、戸惑うように視線を泳がせた後、小さな声で呟いたのです。


「……あれを、しろ」


「え?」


「頭を撫でろと言っているのだ。……あの、ブラッシングもだ。あれがないと、私はもう、眠れぬ体になってしまった。貴様が私を猫にしたのだから、責任を取れ」


 


 翌朝、聖女の屋敷からは、いつものような賑やかな声が聞こえてきました。


「ルナちゃん、人間の姿でもブラッシングは必要かしら?」


「……馬鹿を言うな。だが、背中を流すのは許可してやってもいい。あと、膝枕だ。あれは私の優先権がある」


「まあ、おませさんね。魔王様なのに、甘えん坊なんだから」


「貴様、魔王を何だと思っている! ……あと、あのおやつを出せ。黄金マグロだ。あれだけは譲れん」


 魔王軍はその後、正式に「聖女様への貢ぎ物」を運ぶ「最強の物流ギルド」へと再編されました。 世界を滅ぼそうとしていた最強の魔王は、聖女の過剰な愛によって、世界で一番甘やかされる「旦那様」へとジョブチェンジしたのです。


 拾った猫が魔王だった? いいえ、私にとっては、どちらも愛すべき「家族」に変わりありません。


「さあ、ルナちゃん。今日もお出かけしましょうか」


「……ふん。勝手にしろ。ただし、手は繋いだままだ。離したら、魔王の力で貴様の家ごと包囲してやる」


 それは脅しという名の、最大級の愛の告白。 二人の前には、これ以上ないほど甘くて平和な日々が、永遠に続いていくのでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

最強の魔王様でも、聖女様の「無自覚な甘やかし」には勝てなかったようです。

少しでも「ニヤニヤした」「癒やされた」という方は、ぜひブックマークや評価【★★★★★】で応援していただけると、新人作家の励みになります!

皆様のブックマークや評価が、新人作家である私にとって一番の支えです。

また次の短編でお会いしましょう!

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