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AFFS(アカギ・フライングマシーン・ファクトリー・ストーリー)  作者: あくまでもフィクションです。石を投げないで。
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1931年12月 群馬県 中島飛行機太田製作所「試作場」

 1931年11月。中島飛行機太田製作所の一角は、高い板塀で囲われ、憲兵の立ち会いのもと「秘密試作工場」と化していた。


 そこは日本の工場でありながら、漂う空気は異質でした。床に並ぶ木箱には『MADE IN USA / AFF NEW JERSEY』の刻印がある。詰められた緩衝材からはアメリカの油の匂いが立ち昇ってくるようだった。


 工場の壁には、九一式戦闘機の木製二葉固定プロペラと、九一式迎撃戦闘機と命名されたAFF 1930 Type 30の「ジュラルミン製二葉固定プロペラ」が並べられていた。直径3.6メートルの巨大なジュラルミン羽根だった。


「……おい、この『スパ(芯材)』の寸法を測ってみろ。どの箱を開けても、100分の1ミリ(10ミクロン)の狂いもねえ。この長さで、だぞ!」


 ベテラン組長の源蔵は、巨大なノギスを鋼鉄の芯材に当て、目盛りを凝視しながら呻きました。


 通常、「現物合わせ」が当たり前のはずだ。部品が合わなければ職人がヤスリで削り、馴染ませる。それが「腕」だ。しかし、AFFから送られてきた部品群に、ヤスリが入り込む余地はない。


「100分の1ミリ……? 源蔵さん、冗談でしょう。3メートルを超える鉄の棒ですよ。日本の町工場じゃ、10分の1ミリ(100ミクロン)合わせるのだって、現物を削って馴染ませなきゃ無理だ。それを、箱から出したままで……。まるで、一本の巨大なゲージ(測定基準)が何十本も届いたようなもんです」


 若手技術者が、震える手で芯材を支えます。


「100分の1ってのは、髪の毛を10本に裂いたうちの1本分だ。それを、ニュージャージーから船で運んできて、日本の湿気た工場でそのまま組み立てられる……。アカギの野郎、どんな化け物みたいな工作機械マザーマシンをアメリカに持っていやがるんだ」


 源蔵は、ヤスリを腰の袋に戻しました。ヤスリの出番などどこにもありません。


「……工作精度だけじゃねえ。この芯材、おそらく熱処理も完璧に終わってやがる。リベット穴の位置も、コンマの狂いなく全数一致だ。俺たちが1日かけて1本調整している間に、奴らはこの『規格』を使って1時間で10本組み上げるつもりだ。……これが、アメリカの言う『量産』の正体か」


 「源蔵さん、見てください。この『特殊リベット』もです。一袋に千個入っていますが、どれも鏡のように同じ輝きだ。……我々がやるべきことは、AFFが指定した番号の穴に、指定された順序でこの部品を差し込み、指定された圧力でリベットを打つ。それだけなんです」


 若手技術者が、英語と日本語が併記された分厚い「工程管理書」を広げます。そこには、職人の勘に頼る記述は一切なく、すべてが数値と図記号で管理されていた。


「……つまり、こういうことか。アカギの野郎、日本に『技術』を教えに来たんじゃねえ。『部品と手順』を送りつけ、日本の職人を『ただの組み立て機械』に変えに来たんだ」


 源蔵は、鋼鉄の芯材を指で弾きました。


「日本に巨大プレス機がない? 鋼材の質が悪い? 結構。なら『中身』は全部アメリカで作って送ってやる。お前たちはそれをリベットで繋ぐだけでいい。そうすれば明日からでも世界一のプロペラが手に入る……。奴はそう言って、俺達を馬鹿にしてやがる」


 若手技術者が、震える手でAFFの工程マニュアルをめくります。


「……仕方ありません。一体成型のプレス機を日本に運ぶにはあと数年かかります。ですが、この『分割構造』なら、今ある設備で『外殻アルミパネル』だけは日本で作れる。アカギさんは、日本が自力でプロペラを叩き出すのを待たず、『部品を輸出し、現地で組み立てさせる』ことで、無理やり導入時期を数年前倒しにしたんです」


 源蔵は、まだ日本の湿った空気に馴染んでいない、冷たく光る特殊リベットを一つ摘み上げました。


「ああ、分かっている。今の日本じゃ、このリベット一つ、この鋼鉄の芯一本まともに焼けねえ。だが、こうして組み立てるだけで、……職人が何十年もかけて磨く『削りの技』を、奴はニュージャージーから送ってきた『部品と規格』で、たった一ヶ月で追い抜きやがった」


 現場の職人たちは、ヤスリを握る手を止め、ただハンマーとリベット打ち機を構えて待機していました。それは、日本の航空工業が「工芸」から「アッセンブリー(組立て)」へと変貌する、痛みを伴う第一歩。


「……源蔵さん、始めましょう。AFFの技術者が時計を見ています。彼らの『規格』に、我々の手が追いつくかどうか、試されているんです」


 源蔵は、屈辱を飲み込むように奥歯を噛み締め、AFF製の特殊リベットを手に取りました。


「……ああ、分かっている。今は『アメリカのパズル』を組んでやるさ。だがな、いつか必ず、この鋼鉄の芯からリベット一本に至るまで、日本の火で焼いて、日本のハンマーで叩き出してやる。それまでは……この『パズル』の不気味な正確さを、嫌というほど体に叩き込んでおくんだ」


 コン、という乾いた金属音が、板塀の中に響きました。それは、1931年の日本が、AFFという「巨大な規格の歯車」に初めて噛み合った瞬間でした。


 1931年の各務原。技術検討会の会場には、試験飛行を終えたばかりの二機のプロペラが並べて置かれていました。その対照的な姿は、日米の技術格差と、AFFの「狂気じみた合理性」を何よりも雄弁に物語っていました。


 中島飛行機の技術者が、二つのプロペラを計測し比較報告を行います。




1931年 各務原:プロペラ比較検討


項目九一式戦闘機(ジュピターエンジン用):AFF タイプ30(AFF 1930 750HP用)

素材木製(固定ピッチ):金属製(ジュラルミン・2段可変ピッチ)

直径約 2.9 m:約 3.6 m(巨大)

ブレード形状繊細で薄い「剣型」:分厚く幅広な「パドル型」

回転特性高回転・小トルク型:低回転・大トルク型

ピッチ制御固定(地上調整のみ):ハミルトン・スタンダード式(手動2段)




「……信じられん。これが、同じ『戦闘機』のプロペラなのか?」


 中島の技術者は、タイプ30のプロペラを見上げて呻きました。九一式の木製プロペラが、まるで工芸品のように華奢に見えるほど、AFFのそれは「土木機械の部品」のような威圧感を放っていました。


「アカギさん。この直径3.6メートルという巨大さは何だ。これでは離着陸時に地面を叩いてしまう。だからあなたはは、あえて複雑な『引き込み脚』を採用して、機首を高く持ち上げたのか……すべてはこの巨大なプロペラを回すためだったのか!」


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