1931年2月 ワシントンD.C. アナコスティア海軍航空基地近くのバー
1931年、ワシントンD.C.近郊。アナコスティア海軍航空基地での過酷な着艦模擬試験を終えた夜、米海軍のテストパイロットたちは、行きつけのバー『ザ・アンカー』でAFFタイプ30を肴に酒を煽っていた。
「……おいおい、今夜は俺の膝に乾杯してくれ。あの『鉄のレンガ』を甲板(模擬)に叩きつけるたびに、背骨が1インチずつ縮む思いだったよ」
テストパイロットのジャック大尉が、ジン・トニックのグラスを鳴らしながら顔をしかめた。その周りには、F4Bを駆る現役の艦上機乗りたちが集まっている。
「ジャック、噂の『AFFタイプ30』はどうだった? カタログじゃ、俺たちのF4Bより40キロも速いらしいじゃないか」
「速いさ、直線だけな。だがな、海軍の飛行機は『空を飛ぶ能力』と同じくらい『空母に降りる能力』が大事なんだ。あの機体を見てみろ。自重だけで1.6トンを超え、全備重量は2.3トンだ。俺たちのF4Bより1トンも重い。あんなのを空母の木製甲板に叩きつけてみろ。フックが掛かる前に、脚が折れるか甲板を突き破って下の格納庫まで挨拶に行くのが関の山だ」
大尉はさらに、AFF社自慢の「強制空冷ファン」について嘲笑を浮かべた。
「それにな、あの『扇風機』だ。アカギは地上での冷却に役立つと自慢げだったが、海の上を分かっちゃいない。空母の甲板は常に潮風と波しぶきが舞っている。あの複雑なギア駆動のファンが塩を吸い込んで、一週間で錆び付いて動かなくなる姿が目に浮かぶぜ。整備兵たちが、あんな複雑な機械をメンテナンスするためにモンキーレンチを振り回して絶望する姿をな」
「引き込み脚についてはどうだ?」と別のパイロットが尋ねる。
「ああ、あれも最悪だ。手動でハンドルを回して脚を引っ込めるなんて、着艦のやり直し(ゴーアラウンド)の時にどれだけパイロットの負担になるか。海軍には『シンプル・イズ・ベスト』という格言がある。海に落ちたとき、全金属製のあんな重い塊は、10秒で海底まで沈んでいくだろうよ。布張りのF4Bなら、運が良ければしばらくは浮いていられるがね」
大尉はグラスを空け、バーテンダーに次の注文を出した。
「結論はこうだ。あの機体は『戦闘機』じゃない、『空飛ぶ戦艦の副砲』だ。陸上の頑丈な滑走路から飛び立って、敵を撃ち落とすためだけに作られている。揺れる甲板、限られた整備物資、そして失敗が許されない着水……海軍という過酷な生活には、あんな『甘やかされた重戦車』の居場所はない。アカギ氏には、どっかの広い大陸を持っている軍隊にでも売り込むよう伝えてくれ」
海軍の男たちは笑い合い、軽快で、信頼性が高く、そして何より「軽い」自国のボーイングF4Bの栄光を疑うことはなかった。
彼らが「防御力」と「火力」という名の「重さ」の価値を知るのは、これより10年以上先、南太平洋の空でAFFの思想を継承した機体と出会ったその時。
米海軍技術審査官による評価報告(要約)
1. 構造的適合性の欠如
「本機(タイプ30)の全備重量2.3トンは、現在の空母『ラングレー』や『レキシントン級』の運用限界を著しく圧迫する。特に全金属製モノコック構造と過剰な武装による重量は、着艦時の衝撃荷重において脚部の破断、あるいは飛行甲板の損傷を招く恐れが極めて高い」
2. 艦上運用における信頼性の疑問
「AFFエンジン特有の『強制空冷ファン』および複雑なギア機構は、塩害の激しい洋上運用において致命的な弱点となり得る。また、手動式の引き込み脚は着艦復行時のパイロットの作業負荷を増大させ、事故の要因となる。海軍機には、F4Bのような軽量かつ簡素な信頼性が必要である」
3. 総評
「本機は『陸上基地からの防空』には適しているかもしれないが、『航空母艦での運用』という制約の中では、その大馬力と重武装は『無用の長物』である。我々は、機体を重くして馬力で補うAFFの設計思想よりも、機体を軽くして運動性を確保する既存のドクトリンを支持する」




