1934年2月 東京神田 「神田川」奥座敷
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1934年。2月の突き刺さるような寒風が、神田川の川面を黒く波立たせていた。万世橋を渡る市電の走行音と、遠く上野駅へ向かう蒸気機関車のドラフト音が、厚い障子戸を透かして微かに響く。
座敷には、永田鉄山少将、小畑敏四郎少将、そして岡村寧次少将ら、陸軍の枢軸を担う面々が顔を揃えていた。
本来なら「皇道派」と「統制派」の対立、あるいは対ソ、対支戦略が語られるはずのこの場で、卓上に置かれていたのは血生臭い機密文書ではなく、真新しい『シアーズ・ローバック』のカタログと、アカギが作成した『日米工業部品原価対照表』であった。
「……新築の檜の香りは、どうも鼻に突きすぎるな」
参謀本部第四部長(動員・兵站担当)である小畑少将が、猪口の酒を流し込みながら、まだ白木の瑞々しさが残る鴨居を見上げる。ここは神田須田町、鰻と割烹で名を馳せる老舗「神田川」。前年に再建されたばかりの数寄屋造りの名店だった。
卓上には、江戸以来の伝統である「濃口醤油の香ばしい蒲焼」と、冬の滋味である「肝吸い」が並んでいた。しかし、この夜、陸軍省軍務局長永田少将の視線は、膳の上の料理ではなく、その横に広げられた米国のカタログ雑誌『シアーズ・ローバック』に釘付けになっていた。
「小畑君。この蒲焼一串の値段と、アメリカの自動車用プラグ(インチ規格)一ダースの値段。どちらが高いと思う」
永田の問いに、小畑は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……あの男の持ち込んだ表によれば、プラグの方が安いということになる。一ダース買っても、ここで新橋の芸者を一人呼ぶ花代にもならん」
「左様。我々が『純国産、航空専用部品』として中島や三菱に支払ってきた予算は、このお重の中に詰まっている鰻の身よりも、よほど『脂ぎった』代物だったということだ」
永田は、初めて開かれるようなカタログのページを捲り、米国で製造されたインチ規格の「AFF 1930 750HP」エンジンに使用されているSAE規格ボルトの単価を指し示した。
「神田の問屋街を歩けば、インチ規格の自転車の部品や建築用のボルトが溢れている。アカギはそれを拾い上げ、空に飛ばしてみせた。それも、我々が工廠に特注で作らせていた『聖域』の部品よりも、遥かに安く、頑丈にだ」
参謀本部第二部長(情報担当)の岡村少将が、冷えた菊正宗の徳利を手に取り、静かに言葉を添える。
「大蔵省の主計局や会計検査院の連中が、目の色を変えてアカギの元へ通っているそうです。彼らは今、国家予算という数字の裏側にある『物の正体』に怯えています。航空機の価格を『妥当性』で切り刻めば、自ずと野砲も、軍艦も、兵隊の給養費も、……兵隊の命さえも、すべてがカタログ価格という冷徹な物差しで測り直されることになるでしょう。
彼らは今、自分たちが積み上げてきた『国家予算』という名の積木細工が、アメリカの一〇セントのハンバーガーの値段で押し流されようとしていることに気づいたのです。
永田さん。問題は単価の安さだけでありません。このカタログに載っている部品は、シカゴの農場でも、テキサスの油田でも、同じ値段、同じ品質で即座に手に入るということです。アカギはそれを『デファクト・スタンダード』と呼んでいました。……一方で我々の工廠はどうでしょう? ネジ一本、規格を一つ変えるだけで、熟練工が何日も旋盤に張り付き、特注の値段を大蔵省に請求しています」
岡村は、カタログの隣に置かれたアカギの『原価対照表』を指で叩いた。そこには、日本での「ミリ規格への翻訳」に伴うコストの跳ね上がりが、残酷なまでに克明に記録されていた。
「大蔵省の主計局が息巻いているのは、軍事費の膨張にブレーキをかける口実を得たからだけではありません。彼らは、日本の国家予算そのものが、この『インチ規格の世界標準』という巨大な歯車に飲み込まれて蕩尽することを恐れているのです」
「……つまり、岡村君。君は、我々の持っている円や、我々の作っているミリ規格の兵器が、世界市場から見れば『高価なガラクタ』に過ぎないと言うのか」
小畑の声が、怒りと戸惑いで低く震える。永田はそれに静かに答えた。
「小畑君。認めざるを得ん。あの男が提示したのは、『前線での戦い』ではなく『算盤の戦い』だ。我々が満州や支那で『自給自足圏』を広げようとしているその瞬間にも、アメリカは、この一〇セントのプラグを全地球にばら撒くことで、音も立てずに世界を支配している。彼らの兵站は、軍隊ではなく市場そのものの経済力なのだ。
我々に必要なのは、名刀を打つことではない。名刀を贖う金で長槍を揃えることだ。それだって、アメリカと同じ価格で揃えても数では勝てない。そうなると、帝国が夢見る『高度国防国家』など、所詮は紙の上の幻想に過ぎん」
「……そうなれば、陸海軍の青天井の軍事費は死に体だ」
小畑が呟く。
「大蔵省はブレーキをかける口実を得た。そして我々も、認めざるを得ん。大和魂や精神論では、一〇セントのプラグ一つ作れんのだ。国家総力戦とは、いかに安く、いかに多くの『戦力』を並べるかという、極めて下卑た『商売』の延長線上にある」
外では、神田川を走る艀の船頭が上げる呼び声が聞こえた。物流の要衝としての神田の喧騒は、そのまま世界経済の鼓動と繋がっている。
岡村が、冷めた酒を煽りながら苦笑した。
「関東軍の連中も、九二式司偵(九二式司令部偵察機)を『将校の足』として要求しすぎました。あれが『泥濘でも動く魔法の機体』だからではありません。アカギが示した『トラックと同じ維持費で飛べる』という、身も蓋もない経済合理性が彼らを魅了したのです。陸軍省が予算を渋れば、彼らはこう言うでしょう。『米国の農機具の値段で買えるものを、なぜ出し惜しむのか』と」
九一式防空戦闘機が正式決定されてから、政財官界や陸海軍で燻り続けていた『軍需品の価格問題』という火種が、今回の関東軍による九二式司令部偵察機の多数配備の要求で一気に燃え広がった。それが陸軍だけでなく、海軍にまで飛び火していた。
「俺は『敵を知り己を知れば百戦危うからず』だと聞かされたよ」と失笑した小畑がこう続けた。
「永田君。君は、この『市場価格の合理性』を全軍に強いるつもりか。工廠や軍需産業の反発は、命取りになるぞ」
永田は、最後の一口の鰻を口に運び、静かに、しかし断固として答えた。
「反発を恐れて、アメリカのカタログ価格の十倍でガラクタを買い続ける余裕は、この帝国にはない。我々は、アカギが言っていたように、ガソリンスタンドの親父が直せる飛行機を万単位で揃えねばならんのだ。……たとえそれが、武士の魂を汚す『安物』と呼ばれようともな。
……諸君。我々が夢想していた『国家総力戦』は、あまりに情緒的すぎたのかもしれん。大和魂や国威発揚で資源は増えん。資源とは、カタログに載っている『価格』と『物流』の総和だ。南樺太や台湾、満州。もちろん朝鮮や内南洋(トラック、パラオ、サイパン、マーシャル諸島などの日本の委任統治領)もだ、
これらを維持する『費用』が、そこから得られる資源の『市場価値』を上回っているなら、その領土は帝国を豊かにするどころか、貧しくさせる病巣となる」
座敷に戦慄が走った。当時の軍人にとって、領土拡張は絶対的な正義であった。しかし、アカギの「カタログ」は、その正義に「赤字か、黒字か」という残酷な物差しを当ててしまったのだ。
そして、それは一年前に実施された熱河作戦で得た北支。「北平軍事停戦協定」で支那派遣軍が得た、
北平・天津(平津)を含む河北省の北半分から察哈爾省にも及ぶ、広大な緩衝地帯を指していることが誰にでもわかった。
この夜、神田川のせせらぎと共に語られたのは、「費用対効果」という名の新たな大日本帝国の『基準』の誕生であった。
AFFタイプ31(九二式)満州配備バリエーション(1932年-1935年)
エンジン仕様: ハ号一型(ハ1)。60オクタン/750HP保証設計。最大1,800回転厳守。
九二式(AFFタイプ31)シリーズ配備状況(1935年末時点)
機種. 総生産数. 満州配備(関東軍). 支那配備(北支・臨時). 国内・その他
九二式軽爆撃機. 480機. 320機. 60機. 100機
九二式司令部偵察機. 85機. 55機. 15機. 15機
九二式輸送機. 120機. 80機. 20機. 20機
合計685機. 455機. 95機. 135機
特記事項
満州(関東軍)への集中配備:
全体の約65%が満州に集中しています。マイナス40度の極寒下、他機種がエンジン始動すら困難な中で「ハ1」搭載機のみが即応できたため、関東軍が「動く機体」として予算を独占的に回し、中島・三菱の旧来機を押し退けて主力機となりました。表向きは「戦略偵察の強化」という名目で陸軍中央から予算を引き出し、実際には「将校の足」として中島・三菱のラインを九二式司令部偵察機で埋め尽くすという関東軍の独走が見られました。
支那配備(北支)の意図:
1935年の「華北分離工作」に伴い、未整備の野戦飛行場が多い北支地域へ試験的に配備されました。トラック用タイヤと頑強な脚を持つ九二式は、現地の泥濘路でも事故を起こさず、現地の部隊から絶大な支持を得ています。
生産体制の転換:
1935年末には、中島・三菱に加えて「川崎」が本格的な量産ラインをミリ規格で稼働させています。この時期の生産分はまだ「丸頭リベット」仕様ですが、1936年からの「沈頭鋲化(改二型)」への大規模改修を控えた、最も「鉄塊」としての重厚感があった時期と位置付けられます。
項目. 九二式双発軽爆撃機. 九二式司令部偵察機. 九二式輸送機
満州配備開始. 1932年末. 1933年中頃. 1933年後期
燃料品質. 85オクタン前後. 85〜87オクタン. 80〜85オクタン
ハ号一型(ハ1)出力. 約800 HP. 約820 HP. 約770〜800 HP
最高速度. 318 km/h. 352 km/h. 295 km/h
航続距離. 950 km. 2,400 km. 1,300 km
武装. 7.7mm × 4. 7.7mm × 1. なし
双発軽爆撃機(85オクタン前後 / 800 HP):
標準的な軍用揮発油(85オクタン)を使用。低圧縮設計ゆえの「粘り」により、爆弾を満載した状態でも、1,800回転がもたらす巨大トルクで泥濘の滑走路から力強く離陸しました。出力向上分は、主に離陸性能と生存性の向上に寄与しています。
司令部偵察機(85〜87オクタン / 820 HP):
戦略的価値から最高品質の燃料が優先配分されました。60オクタン設計のハ一に対し、87オクタンは過剰なほどの耐爆性を持つため、点火時期を限界まで進めることで1,800回転のまま820馬力を達成。軽量な機体と相まって、1933年当時としては驚異的な352 km/hを記録しました。
輸送機(80〜85オクタン / 770〜800 HP):
後方に位置する輸送機には、時に品質が劣る燃料(80オクタン)が回されました。しかし、ハ一型はもともと60オクタンで750馬力を出す設計のため、「質の悪い燃料でもスペックダウンしない」という驚異的な信頼性を発揮。これが兵站維持における絶対的な安心感へと繋がりました。
九二式(タイプ31)シリーズ:極寒地仕様 性能諸元(1935年末)
極寒地仕様では、吸気加熱による「燃料気化効率の向上」と「シャッターによる適温維持」が、氷点下40度環境でのスペック維持を支えます。
項目. 九二式双発軽爆撃機. 九二式司令部偵察機. 九二式輸送機
満州配備開始. 1932年末. 1933年中頃. 1933年後期
燃料品質. 85オクタン前後. 85〜87オクタン. 80〜85オクタン
ハ1出力約 800 HP約 820 HP約 770〜800 HP
最高速度. 312 km/h. 345 km/h. 288 km/h
航続距離. 920 km. 2,350 km. 1,250 km
武装7.7mm × 4. 7.7mm × 1. なし
極寒地(満州北部)仕様セット:約 45 kg(エンジン1基分)
構成:鋳鉄製扇子状シャッター、排気熱交換用カバー、アルミ製吸気フレキシブル管、切替弁。
特徴:800kgのエンジン本体に対する「保温着」の役割。
極寒地仕様における補足:
速度・航続距離の微減: 前面のシャッター開閉による空気抵抗と、に「環境適応キット(EAK)」よる約135kg〜150kg(機体全体)の重量増により、標準仕様から数%の性能低下が見られます。
運用能力の逆転: 数%の性能低下と引き換えに、マイナス40度環境での「稼働率100%」を達成。他社機が地上で凍りついている中、このスペックで確実に空中に存在できることが、関東軍において「無敵の信頼」を勝ち得た理由です。
偵察機の高高度性能: 高オクタン燃料と吸気加熱の組み合わせにより、極寒の高高度でも「ハ1」はノッキングを起こさず、安定した戦略偵察を可能にしました。
1932年末、満州に投入された「ハ号一型(ハ1)」に装備された強制空冷ファン用シャッターは、蒸気機関車と農業用トラクターの「オーバークール防止技術」を航空機に応用したものです。ハ一への「余熱吸気ルート」という「配管の継ぎ足し」の追加とセットで行われました。
1. 技術的オリジン:鉄道と農機の知恵
アカギは、1920年代の米国で「冬場のトラクター(フォードソン等)」や「酷寒地を走る機関車」が、ラジエーターやボイラー前面に可動式の鎧戸を設けていることに着目しました。
鉄道の知恵: 蒸気機関車は、厳冬期にシリンダーや配管が冷えすぎないよう、排気スチームを利用した保温と同時に、前面からの冷気を遮断するシャッターを用いていました。
農機の知恵: 低精製燃料(ケロシン等)を使うトラクターは、エンジン温度が一定以上に上がらないと燃料が気化せずノッキングを起こします。そのため、手動のシャッターで適温を保つのが常識でした。
2. 導入の経緯:1932年「ハイラルの教訓」
1932年末、満州国建国直後の冬、先行試作機がハイラル等の極寒地に送られた際、空冷エンジン特有の「過冷却」問題に直面しました。
事象: 滑走中に冷気を吸い込みすぎ、シリンダーヘッドが冷え切って燃料が結露。離陸直後にエンジンが停止する事故が多発しました。
アカギの即断: アカギは、1,800回転で回る「強制空冷ファン」の前面に、扇子のように開閉する鋳鉄製の円形シャッターを極寒地(満州北部)仕様として緊急追加しました。
3. シャッターの仕組み:強制攪拌と熱の「封じ込め」
ハ1型の極寒地用のシャッターは、単なる遮蔽板ではなく、以下の三段階で機能しました。
始動時(全閉): 強制空冷ファンが回っても冷気が入らないようにし、肉厚なシリンダーブロック(800kgの熱容量)を急速に暖機。
離陸・上昇時(半開): 1,800回転のファンが攪拌する空気を適度に逃がしつつ、燃焼に必要な温度を維持。
巡航時(自動・手動調整): 操縦席からのレバー操作(鉄道の加減弁に近い操作感)により、マイナス40度の外気下でもエンジン内部を常に「初夏の平温」に保つ。
4. なぜ関東軍が絶賛したか
他社(中島・三菱)のエンジンにはこの「泥臭いインフラ技術」が欠落しており、薄肉軽量なシリンダーは冷気に晒されると一瞬で収縮し、ピストンが焼き付くか、燃料が気化せず失火しました。
九二式が「マイナス40度で唯一動く機体」となったのは、アカギが航空工学ではなく、鉄道・農機の「防寒・保温」という産業ドクトリンをハ一型に組み込んでいたからに他なりません。
ハ号一型(ハ1)への「余熱吸気ルート」追加のシンプルさ。
1. 工作の内容と難易度
通常のハ1にこの機能を付与するための工作は、野戦飛行場の整備班でも対応可能なレベルです。
バイパス管の設置: 排気管の周囲に「熱交換用」の薄い鉄板カバーを巻き付け、そこから気化器の吸気口へ繋ぐダクトを1本追加するだけです。
切り替え弁: 操縦席からワイヤー一本で操作できる単純な「バタフライ弁」を設けます。これは当時のストーブや煙突のドラフト調整と同じ仕組みです。
迅速性: 砂漠仕様が「パネル交換」を伴うのに対し、極寒地仕様は「既存部品への後付け」がメインのため、さらに短時間で済みます。
所要時間: 極寒地仕様の工作は、砂漠仕様よりも単純で軽量なため、3名体制で4時間あれば完了します。
極寒地仕様への換装タイムスケジュール(整備兵3名)
0~1時間:排気管へのカバー巻き付けと吸気ダクトの仮設置3名が各エンジンに張り付き同時並行作業
1~2時間:操縦席へのワイヤー配線とダンパー(切り替え弁)設置ストーブのドラフト調整と同じ単純な仕組み
2~3時間:エンジン前面への鋳鉄製シャッターの設置と調整ボルト止めのみ
3~4時間:最終点検と試運転4時間(半労働日)で3発全ての換装を完了
2. 双発軽爆撃機のカウリングの余裕
九二式双発軽爆撃機(タイプ31)のカウリングには、この工作を受け入れる十分すぎる「容積的余裕」があります。
「ハ1」の形状特性: ハ1は40,000ccという巨大な排気量を持ち、さらに前面に「強制空冷ファン」を備えているため、カウリングを絞り込んでいないタイプ九一式シリーズのカウリング径は1.5メートル近くあります。このため、シリンダーとカウリング外壁の間には広大なデッドスペースが存在します。
翼上配置の恩恵: エンジンが主翼の上にあるため、カウリング下部に余裕があり、複雑な熱交換配管を引き回しても機体構造と干渉しません。
3. なぜ「ハ1」だけが容易だったか
肉厚鋳造の「熱源」: 800kgの鉄塊であるハ1は、一度熱を持つと冷めにくいため、排気管周辺に安定した熱源を確保できました。
工作のルーツ: この「排気熱を利用した吸気加熱」は、1920年代のフォードソン・トラクター(Fordson Tractor)の「気化器(Vaporizer)」と全く同じ設計思想です。フォードの手法を熟知していたアカギにとって、これは「最先端の航空技術」ではなく「枯れた農業機械の常識」の応用でした。
この工作により、マイナス40度の空気が排気管の熱を奪いながら気化器へ送り込まれるため、アイシング(吸気凍結)を物理的に根絶し、燃料の気化効率を最大化できました。零下40℃を下回る環境下で、極寒地(満州北部)仕様の九二式軽爆撃機(AFFタイプ31シリーズ)の稼働率に驚いたソ連は、すぐにAFFタイプ32のライセンス権を取得。「スターリンのダイヤグラム」と呼ばれた航空網をシベリアに構築しました。軍用機というよりも「共産党の足」として活躍しました。




