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A.F.F.S (アカギ・フライングマシーン・ファクトリー・ストーリー)  作者: あくまでもフィクションです。石を投げないで。
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1936年7月 エジプト カイロ近郊アル・マザ飛行場

 1936年7月15日 水曜日 午後2時15分


 エジプト、カイロのアル・マザ飛行場の管制塔内、ウィリアム大尉は、汗で張り付いたシャツを剥がしながら、卓上の大型懐中時計を確認した。


 管制塔は、石造りの基部に木造の観測室を載せた無骨な塔で、屋根は強い日差しを避けるために平らなコンクリート製。その上には風向計と、軍用の信号灯が設置されている。


 午後2時。アル・マザ飛行場の地表温度は140℉(60℃)を超え、陽炎が滑走路を歪ませていた。


 英国空軍(RAF)の拠点でもある軍民共用のアル・マザ飛行場では、ウィリアム大尉が軍用信号灯アルディス・ランプによる着陸許可を出す必要があった。



定刻オンタイムだ。……IW402便、アレクサンドリアを定刻に離陸。クロイドンを出てから4日目、あの『デトロイトの私生児』が、アレクサンドリアの給油地を1分も違わずに離陸したという報告が入っている」


 そうだなと、ウィリアム大尉は副官に確認をとった。


 観測室の窓は、本来は砂塵を防ぐために閉めるべきだったが、この「113℉(45℃)」の猛熱下では、風を通さなければ人間が先に干上がってしまう。ウィリアム大尉は、わずかに開けられた窓の隙間から吹き込む、火炎放射器のような熱風を顔に受けながら、双眼鏡を構えていた。


「……また砂だ」


 副官が顔をしかめ、手元のティーカップを横に除ける。上質なボーンチャイナの底には、ナイルの細かい砂がうっすらと積もっていた。英国人としての矜持で淹れた紅茶は、今や泥水のような温度になり、喉を潤すどころか砂を蓄えるだけの液体と化していた。


「大尉、水を。このままでは新型機を見る前にミイラになってしまいます」


 副官が差し出したのは、湿った麻布で包まれた陶器の水瓶だった。気化熱でわずかに冷えた水を口に含み、ウィリアム大尉は窓の桟に積まった砂を汗ばんだ指で撫でてすり潰した。


 その時、地平線の陽炎が激しく揺れ、ウィリアム大尉は砂塵の混じったぬるい水を飲み下し、手元の『HP.32 スタンダードA』の資料を忌々しげに睨みつけた。表紙には誇らしげに『Ford-AFF 1930 750HP』の文字が躍っている。


「『Ford-AFF 1930 750HP』……。ロールス・ロイスやブリストルの優雅な名前に比べて、なんとも無骨で、情緒のない名前じゃないか。まるでトラクターの部品番号だ」


 管制塔の片隅で、通信兵がヘッドフォンを片耳に当て、真空管レシーバーのダイヤルを微調整していた。静電気のノイズと砂漠特有の電波干渉スタティックの中から、不敵なほど明瞭な、英国訛りの英語が飛び込んでくる。


『アル・マザ・コントロール、こちらインペリアル・エアウェイズ IW402便『シティ・オブ・バグダッド』。現在アレクサンドリアの南東30マイル、高度4,000フィート。機体コンディション、オール・グリーン。……こちらの『Ford(フォード)-()AFF(エイエフエフ)』この砂熱の中でも熱を出さずに欠伸あくびをしていますよ。着陸の指示を乞う』


 ウィリアム大尉は、通信兵から差し出されたマイクを、ひったくるように受け取った。


「IW402、こちらアル・マザ。……定刻通りだな。現在こちらの気温は113.9°F(45.5℃)だ。貴様の飛ばしている「ひとこぶラクダ」が熱中症でへたばっていないか確認しろ。滑走路12への進入を許可する」


『ラジャー、アル・マザ。ご心配なく。シリンダー温度は完璧な適温を維持しています。……今までなら、今頃キャブレターの中でガソリンが沸騰パーコレーションして、砂漠のど真ん中に不時着しているところでしょうがね。1,800回転の鼓動に狂いはありません。接地3分前、アウト』


 マイクを投げ返した大尉の耳に、通信機のスピーカーから、背後で鳴り響くエンジン重低音が、まるで心臓の鼓動のように漏れ聞こえてきた。


「……パイロットの声がよく聞こえる。空電の音が聞こえません」と副官が呟いた。


 HP.32. スタンダートAは、大型プロペラと強制空冷ファンでの独特な音の三重奏を3つのエンジン(三重)同調(シンクロ)していた。



 管制塔の窓は全開だったが、入ってくるのは風ではなく、熱せられた砂のつぶてだ。ウィリアム大尉は、「信号旗」と「アルディス・ランプ(信号灯)」を備えた棚の横で、砂除けのゴーグルを首にかけ、陶器の水瓶からのぬるい水を一口飲んだ。


 陽炎が滑走路を溶解させる午後2時過ぎ、音が先に届いた。


 通常の「ブリストル・ペガサス」エンジンの乾いた高音ではない。それは、大気を直接質量で叩きつけるような、腹に響く「ドッドッドッ」という1,800回転の重低音だった。大型プロペラと強制空冷ファンとの独特の音がを奏でていた。


「来たな。HP.32『シティ・オブ・バグダッド』号だ」


 双眼鏡の中で、銀色の巨体が接地した。


 ハンドレページ 42型(HP.42)なら、巨大な複葉翼が砂を巻き上げ、機体を茶色の雲の中に隠してしまう。しかし、このHP.32は違った。


 「……おい、見てみろ。砂が『下』へ逃げていくぞ」


 ウィリアム大尉は驚愕の声を上げた。


 主翼の上に配置された2機のFotd-AFFが発生させた強烈な風圧は、主翼の上面を滑り、そのまま「砂を地表にプレスする不可視の壁」となっていた。


 機体周囲には、砂が舞い上がる代わりに、機首のプロペラから翼端へと流れる物理的な砂の渦が形成されていた。他の機体が砂に溺れる中、HP.32だけが自ら作り出した気流の道筋で、砂をコントロールしていたのである。


 砂塵は高く舞い上がることができず、機体の腹の下から、厚さ数フィートの平らな砂の層となって左右へ掃き出されていく。まるで、砂漠の滑走路を巨大な透明のヘラで撫でているかのような異様な光景だった。


「……モーゼが海を割ったというのは、こんな感じだったのかもな」ウィリアム大尉は呟いた。


 HP.32「シティ・オブ・バグダッド」が、1,800回転の地鳴りを響かせながら、管制塔のバルコニーに向かってその巨大な鼻先を向けてきた。


「……おい、近すぎるぞ。あいつ、わざとか?」


 ウィリアム大尉は、双眼鏡を首にかけて身を乗り出した。3.6メートルの巨大プロペラが巻き上げる熱風が、管制塔の開け放たれた窓から「壁」のような圧力となって押し寄せ、室内を砂漠の匂いで満たした。


 眼下に迫った機首エンジンは、砂避けのシャッターを半開きにしたまま、その隙間から強制空冷ファンが113.9°F(45.5℃)の熱気を吸い込む。その空気が通り抜ける際の独特の湿った摩擦音が、喉を鳴らすように「ゴォォォ」と凄まじい吸気音として聞こえてくる。


 機体が管制塔の真下でゆっくりと旋回を始めた瞬間だった。


「大尉、危ない!」


 副官が大尉の肩を掴んで奥へ引き戻す。同時に、HP.32のカウリング横、排気口ギルから「熱い砂の噴流」が勢いよく叩き出された。


 それは機首から吸い込まれた砂塵が、1,800回転という絶妙な速度の強制空冷ファンにより、カウリング内部の遠心力で分離され、シリンダーヘッドの余熱を帯びて吹き出されたものだった。分離された砂はカウリングの内壁を囲むように配置された漏斗じょうご状の隙間コニカル・スロットをぬけて排気口近くの出口目指して突進してゆく。


 そして排気口から噴き出す高速の燃焼ガスと一体化した茶色の煙のような砂のスプレーが、まるで火炎放射器の残火のように管制塔の壁を叩き、窓から飛び込んできた砂の粒が、大尉の飲みかけの紅茶の表面を真っ黒に染め上げた。


「あの野郎。……俺たちの顔に砂を吐きかけやがった」


 ウィリアム大尉は顔についた熱い砂を拭い、窓の下を平然と通り過ぎていくHP.32を睨みつけた。


 他の飛行機なら、この砂をシリンダーに詰まらせて窒息死していただろう。だが、この機体は違った。吸い込んだ砂を「不要な排泄物」として、熱風と共に他人の顔へ叩き出しながら、1,800回転の心臓を平然と脈打たせているのだ。


「見てください、大尉。あのカウリングの下の『膨らみ』ですよ。あのみっともないコブのおかげで、あの『ひとこぶラクダ(Dromedary)』は、この113.9°F(45.5℃)の中でも涼しい顔で呼吸をしている」


 A.F.Fが特許を取った『航空機用強制空冷ファンの為の環境適応型吸排気制御装置』は、パンフレットでは『AFF式・全天候型熱収支管理システム(AFF-WMS)』と記載されている。わざわざ仰々しい名前に変えたのは、J.P.モルガンやフォードなどの資本グループの客を呼び込むための商業主義の現れだった。


 その特許の内容を端的にいえば、シャッターで閉じたカウリング内部で、強制空冷ファンがエンジンブロックの温度コントロールをすることである。特に鋳鉄製である熱しにくく冷めにくいAFFエンジンに、それは効果的だった。


 極寒地仕様は、排気管エキゾーストマニホールドの周囲に「熱交換用」の薄い鉄板カバーを巻き付け、そこから気化器キャブレターの吸気口へ繋ぐダクトを1本追加するだけ。操縦席からワイヤー一本で操作できる単純な「バタフライ弁」を設けるだけのストーブや煙突のドラフト調整と同じ仕組だ。


 それを逆にしたのが、今、ウィリアム大尉の前にある砂漠仕様だ。


 極寒地仕様が「熱を盗む」工作なら、砂漠仕様は「砂を拒み、熱を吐き出す」ための、極めてシンプルかつ合理的な工作だった。


 カウリング下部に増設した「オイル浸漬ヤシ繊維フィルター(ひとこぶラクダ)」の出口から、キャブレターの吸気口へ向けて、耐熱ゴムと鉄板で構成された新しいダクトを繋ぐだけだ。


 「ひとこぶラクダ」の名称は、砂漠仕様のカウリングを見た誰かがつけてそのまま広がったものだ。


「……どうしてこんな簡単なことを、俺たちは誰も思いつかなかったんだろうな?」


 ウィリアム大尉は、カウリング後方の排気口ギルから、熱風と共に斜め後ろへ砂を吐き出して進むHP.32「シティ・オブ・バグダッド」を見て呟いた。



 HP.32 スタンダードA (標準)仕様(1936年時点)


項目. 内容. 備考

全長. 18.2 m. 基準型に準拠

全幅. 24.5 m. 沈頭鋲による滑らかな翼面

自重. 7,450 kg. EAK(砂漠仕様195kg)未装着の状態

最大離陸重量. 11,500 kg. ペイロードと燃料の最大積載時

エンジンFord-AFF 1930 750HP × 3基米国製900kg仕様(鋳鉄ブロック)

常用回転数. 1,800 rpm(厳守). 1,800回転の低振動ドクトリン

最高速度. 315 km/h. 高度3,000m(沈頭鋲の効果を最大発揮)

巡航速度. 285 km/h. 信頼性維持のための安定速度

航続距離. 3,200 km. 帝国の生命線(ロンドン〜エジプト等)を繋ぐ

実用上昇限度. 5,500 m. 吸気抵抗がないため、本来の性能を発揮

乗員/乗客. 乗員3名 / 乗客14〜18名. 砂漠横断を想定したゆとりある配置



 HP.32 スタンダードA 砂漠仕様(1936年時点)


項目. 内容. 備考

全長. 18.2 m. 基準型に準拠

全幅. 24.5 m. 砂漠の薄い空気で揚力を稼ぐための長翼

自重. 7,645 kg. EAK装着による重量増(7,450kg+195kg)

最大離陸重量. 11,500 kg. 燃料と物資を優先した重量配分

エンジンFord-AFF 1930 750HP × 3基米国製900kg仕様(鋳鉄ブロック)

常用回転数. 1,800 rpm(厳守). AFF規格の低回転ドクトリン

最高速度. 308 km/h. 防塵フィルターによる吸気抵抗増を反映

巡航速度. 278 km/h. 安定性維持のための巡航速度

航続距離. 3,050 km. 抵抗増と重量増による燃費微減

実用上昇限度. 5,200 m. 高温と重量増による性能低下

乗員/乗客. 乗員3名 / 乗客14〜18名. 砂漠横断仕様のゆとりある配置(水・食料備蓄増)



 砂漠(酷暑・防塵)仕様セット:約 65 kg(エンジン1基分)

構成:オイル・バス式大型フィルター、砂排出路付き専用カウルパネル、内部バッフル板。

特徴:フィルター内のオイル重量(約10kg)を含む。



 技術的的特徴


 「熱の貯金箱」としてのエンジン(Thermal Inertia):

900kgの巨大なエンジンブロックは、エジプトやイラクの地表温度50度を超える酷暑下での離陸時、急激な温度上昇を食い止める「熱の防壁」となりました。他機種がオーバーヒートで離陸を断念する中、HP.32だけは定時運行を可能にしました。

 Vokes型オイル浸漬フィルター:

カウリング下部のバルジ内に収められたヤシ繊維フィルターは、吸気を毎分洗浄し、シリンダー摩耗を劇的に軽減。これにより、砂漠環境下でもオーバーホール間隔600時間以上という、当時の英国機としては驚異的な数字を叩き出しました。

 慣性による安定性(Mass Stability):

機首に集中した重量(900kgエンジン+防砂装備)がジャイロ効果と強い慣性を生み、砂漠特有の強烈な乱気流サーマルに晒されても、計器飛行が容易なほど進路が乱れませんでした。




 AFFタイプ32系列:三機種比較まとめ(1936年)


項目. 日本版(タイプ32/九二式). 米国版(FD-32 スカイワゴン). 英国版(HP.32 スタンダードA)

主戦場. 満州・中国大陸(酷寒・泥濘). 北米大陸(都市間・高速・快適). 帝国航路(砂漠・熱帯・長距離)

機体寸法. 基準型(100%ミリ規格). 大型化(胴体+15cm ). 基準型(100%インチ規格)

翼面積. 85 m². 90 m² (翼面積+5%). 105 m² (長翼化+ 23.5%)

外板/リベット. 全面丸頭リベット(鉄塊仕様). 全面沈頭鋲(プレス加工). 部分沈頭鋲(見栄えと空力の折衷)

エンジン重量. 800 kg(鋳造精度低め). 900 kg(高剛性鋼材・大型化). 900 kg(米国製完成品輸入)

環境適応工作. 【防寒】余熱吸気バイパス管. 【遮音】二重防音壁・多層ラバー. 【防砂】油浸ヤシ繊維フィルター

外観の特徴. 標準的なカウリング. 巨大で洗練されたカウリング. カウリング下部の「膨らみ(肺)」

自重6,500 kg. 7,800 kg(最重量・高剛性). 7,600 kg(砂漠装備増設)

燃料搭載量. 約 1,800 L. 約 2,200 L. 約 3,300 L (翼内タンク増設:+ 約83.3%)

巡航速度. 295 km/h. 305 km/h(重量級だが空力良). 285 km/h(信頼性重視の鈍足)

航続距離 :60オクタン時. 約 1,200 km. (運用非推奨). (運用非推奨)

航続距離 :80オクタン時. 約 1,450 km. 約 2,200 km. 約 3,200 km

航続距離: 87オクタン時. 約 1,600 km. 約 2,400 km. 約 3,600 km (帝国航路仕様)

静寂性. 90 dB(軍用レベルの騒音). 70 dB(会話可能な静寂). 80 dB(防音材による遮音)



 特記事項(1936年)


 1. 日本版:九二式(一九三二式)


最も「設計原案」に近い。日本国内の工作精度の低さを逆手に取り、「素材の悪さによる重量(800kg)」をそのまま頑強さと防弾性に転換。

工作: 極寒地(満州)仕様のバイパス管は極めて軽量で、飛行性能を損なわず、酷寒地での「唯一の稼働機」という地位を確立。


 2. 米国版:FD-32


フォードの資本力により「航空機を高級車へ」変貌させた。高品質なバナジウム鋼を用いながら、あえて軽量化せず「900kgの巨大エンジン」として完成。この圧倒的な質量を「制振バラスト」として利用するダイナミック・ダンパー理論を確立。

工作: 1,800回転の低周波振動を重いエンジン自体に吸収させ、二重防音壁と組み合わせることで「70デシベルの静寂」を実現。


 3. 英国版:HP.32


米国から輸入した「900kgエンジン」をそのまま搭載した魔改造モデル。砂漠の酷暑下において、この900kgの鉄塊が「巨大なヒートシンク(熱の貯金箱)」として機能。

工作: カウリング下部の「砂漠の肺」による空気抵抗と、900kgのエンジン重量により速度は低下したが、砂嵐の中でも「岩のように揺れない」圧倒的な安定性と、オーバーヒート知らずの信頼性を手に入れた。

厚みの数値: 基準型(約50cm)に対し、約40%増の「約70cm」まで翼根を厚くしました。

容積の副産物: この70cmに及ぶ翼根の厚みが、さらなる燃料タンク容積と、砂漠用フィルターシステム、「オイル・バス式フィルター」のオイル交換・洗浄、エンジン・コントロール配管へのアクセススペースを生み出しています。



 『Ford-AFF 1930 750HP』


素材の優位性: 米国製の高品質バナジウム鋼や24STジュラルミンを採用。

重量: 日本版(800kg)より100kg重たい900kg。

運用ドクトリン: 1,800回転(1,800rpm)を厳守するAFF規格。

信頼性: フォードのオイルフィルター技術を流用し、米国でのオーバーホール間隔750時間を達成。

特許技術: 「油浸フィルター」や「環境適応型シャッター」のライセンス料の源泉。




極寒地仕様(防寒)と砂漠仕様(防砂・遮熱)における「ハ号一型」と「Ford-AFF 1930 750HP」エンジンの工作の違い、および機体への物理的影響を詳細に解説します。

アカギの設計思想の真骨頂は、「同じカウリング内のデッドスペースを、配管の組み換えだけで真逆の機能に変える」というモジュール性にあります。


 1. 工作と構造の比較:防寒 vs 防砂


項目. 極寒地仕様(防寒・保温). 砂漠仕様(防砂・遮熱)

主要工作. 「余熱吸気バイパス」の増設. 「油浸迷路状フィルター」の設置

配管ルート. 排気管エキゾーストの熱をキャブレターへ戻す閉回路. カウリング下部からクリーンな空気を吸い、シリンダーへ送る直回路

追加パーツ. 薄肉の鉄製ダクト、切替バタフライ弁. 大型フィルターボックス(重量約12kg)、防塵メッシュ。

フィルター特性. 粗いメッシュ(雪・氷片の侵入防止). ヤシ繊維+エンジンオイル浸漬の多層フィルター


 2. 砂漠仕様(防砂)の物理的特徴とカウリングへの影響


砂漠仕様の「フィルターユニット」は、満州仕様のバイパス管よりも遥かに巨大で重厚です。

 フィルターの正体: 1930年代の農機技術を応用した「オイル・バス(油浴)式」に近い構造です。ヤシの繊維に粘度の高いオイルを染み込ませたフィルターを、カウリング下部の膨らみ(チーク)の中に配置します。

 重量とバランス: 1基あたり約65kgの重量増となります。しかし、元々900kgある「にとって、この程度の重量増は重心に影響を与えません。逆に、機首に重みが加わることで、FD-32等と同様に「制振バラスト」として機能し、地上走行中の機体の跳ね上がりを抑制します。

 カウリングへの影響: 極寒地仕様は外見上の変化がほぼありませんが、砂漠仕様はカウリング下部に「コブ(バルジ)」が突き出します。これが「エリマキトカゲ(Frilled-neck Lizard)」の喉元のような独特のシルエットを生み、英国の上流階級には「走る3匹のエリマキトカゲ」といった、視覚的に他機種との違いを際立たせます。


 3. 工作時間の比較:現場での「換装」


アカギのライセンス契約には「環境適応キット(EAK)」の図面が含まれており、熟練の整備兵であれば以下の時間で「仕様変更」が可能です。

 極寒地(満州)仕様への工作(約4時間): 整備兵3名

既存の排気管にカバーをボルト止めし、キャブレターへアルミ製フレキシブル管を繋ぐだけです。非常に軽量な工作です。1日(実働8時間)で3発全てのエンジンへの工作が完了します。

 砂漠仕様への工作(約14時間): 整備兵4名

カウリング下部のパネルを「フィルター付き専用パネル」に交換し、強制空冷ファンの吸気経路を正面シャッターからフィルター側へ切り替える仕切りバッフルを設置します。

「Ford-AFF 1930 750HP」の1.5メートルに及ぶ巨大なカウリング径が、整備士が内部に上半身を突っ込んで作業できるほどの「整備空間サービススペース」を提供しているため、4名体制で「1日半(14時間)」あれば、不慣れな野戦飛行場でも3発分の換装が可能です。


 14時間のタイムスケール(4名体制)

0~4時間: 標準パネルの取り外しと、エンジン前面への「強制空冷ファン用バッフル板」の設置。

4~10時間: 「砂の排泄路」が内蔵された砂漠仕様パネル(3基分)の装着と、排気口エジェクターへの連結。

10~14時間: カウリング下部への「オイル・バス式フィルター(コブ)」の装着と最終点検。


プレハブ化された防砂ユニット

砂漠仕様の「環境適応キット(EAK)」は、バラの配管ではなく、カウリングの裏側に遠心分離用シュート(排泄路)が最初からリベット止めされた「専用パネル」として供給されます。

 メリット: 整備兵は「配管を組む」必要がなく、「重いパネルをボルトで留める」だけで、カウリング内部に複雑な砂のバイパスを完成させることができます。

「翼根70cm」が生む作業効率

英国版HP.32特有の厚い翼根が、この「重い専用パネル」を支えるための天然の作業台となります。

 作業風景: 整備兵たちは翼の中からアクセス・ハッチを開け、パネルを内側から引き寄せて固定します。外で梯子はしごを立てて不安定な作業をするより遥かに早く、砂嵐の中でも確実に密閉作業が完了します。



「物理的な遠心力」と「空気の流れ」だけを利用したこの「砂の排泄システム」は、当時のエンジニアにとって極めて現実的な「機械的解決策」でした。


 1. 蒸気機関車の「火の粉止め」技術


1930年代、蒸気機関車の煙突内部には、排気スチームの勢いを利用して重い火の粉を遠心力で分離し、専用の配管で線路脇に捨てる「スパーク・アレスター」という技術が確立されていました。鉄道技術に精通していたアカギには、煙突の中で火の粉を分けるのと、カウリングの中で砂を分けるのは、流体力学的に同じ原理です。


 2. 鉱山・工場の「サイクロン式集塵機」


19世紀末から炭鉱や製粉工場では、円錐形の筒の中で空気を回転させ、遠心力で粉塵ふんじんを分離する「サイクロン(遠心分離)集塵機」が普及していました。AFFエンジンの1.5メートルという巨大なカウリングは、それ自体が「横向きのサイクロン集塵機」として機能するのに十分な容積を持っていました。


 3. フォードソン・トラクターの「空気清浄機」


1920年代のフォードソン・トラクターには、既に「遠心力で粗いゴミを弾き飛ばし、残りをオイルで吸着する」二段構えのエアクリーナーが搭載されていました。


 当時の「限界」と「解決策」


1930年代の技術者が懸念するのは「砂によるダクトの摩耗エロージョン」ですが、ここでも「肉厚の鋳鉄思想」が解決策となります。

 1930年代の知見: 「薄いアルミの配管では砂ですぐに穴が開く」

 アカギの解決策: 「砂が通るシュート(通路)を、丈夫な薄肉鋳鉄や厚手の鋼板で作れば良い。エンジンが900kg(あるいは日本版800kg)もあるのだから、配管が数キロ重くなったところで誤差の範囲だ」



 オーバーホール(OH)間隔の差異:運用環境による影響


 A. 砂漠のみで運用した場合(カイロ〜バグダッド〜カラチ等)


 OH間隔:約450〜500時間

 理由: 翼上配置とオイル・バス式フィルターをもってしても、砂漠特有の「微細なシリカ粒子」によるピストンリングへの物理的攻撃は避けられません。オイルの汚れがFD-32(米国)の1.5倍の速さで進むため、エンジンの磨耗限界から、安全を期して500時間弱で設定されます。1930年代の標準的な英国機が砂漠で「100〜200時間」でエンジンが焼き付いていた事実と比較すれば、500時間という数字は依然として「砂漠の奇跡」と呼ばれるに相応しい信頼性です。


 B. 帝国航路(ロンドン〜インド間)を通過運用した場合


 OH間隔:約600〜650時間

 理由: 全飛行時間の約半分(欧州区間)が「クリーンな空気」の下で行われるため、エンジンの総負荷が軽減されます。砂漠区間でのダメージを欧州区間の低負荷運用で「平均化」する計算です。

 ロジスティクスの強み: ロンドンを出発した機体が、インドで折り返し、再びロンドンに戻ってくるまで「一度もエンジンを開けなくて良い(OH不要)」という運用が可能になります。これにより、史実のインペリアル・エアウェイズを悩ませた「中継地での予備機確保」のコストが激減しました。




 当時の標準的な航空機と比較して、なぜFord-AFFの音が無線越しに聞こえるのか、その技術的整合性を解説します。


 1. 周波数の違い:高音の「ノイズ」か、低音の「振動」か


 当時の航空エンジン(ブリストル、ロールス・ロイス等)は、1,000馬力を出すために2,400〜3,000rpmという高回転で回っていました。

 他機種: 「キーン」「バリバリ」という高周波の破裂音が無線のマイクを飽和させ、単なる「ザー」という背景ノイズに変換されます。

 Ford-AFF: 1,800rpmという圧倒的な低回転。さらに40,000ccという巨大な排気量が生む爆発音は、音というよりは「物理的な圧力(低周波)」です。この毎秒30回(1,800回/60秒)という重い脈動は、無線の音声回路を通り抜け、スピーカーを物理的に震わせる「鼓動」として聞こえてしまいます。


 2. 「80デシベルの静寂」がもたらす副作用


米国版FD-32や英国版HP.32は、徹底した防音対策が施されています。

 整合性: 機体構造が「高周波の騒音」を遮断してしまっているため、マイクが拾うのは背景の雑音ではなく、機体骨組を伝わってくる「エンジンの心拍数(低周波振動)」だけになります。

 違い: 他の飛行機では「騒音で声が聞こえない」のに対し、AFF機では「声の後ろで、心臓の鼓動のような『ドッ、ドッ、ドッ』という一定のリズムが常に聞こえる」という不気味なほどの安定感が生まれます。




同じ「900kgの鉄塊(Ford-AFF)」を積みながら、米国機(FD-32)と英国機(HP.32)がどのように異なるアプローチで防音を実現したか、

両者の違いは、「振動を物理的に遮断する米国(ハイテク資本)」と、「重い布で音を吸い込む英国(伝統的意地)」の対比にあります。


 1. 米国版 FD-32:動的制振ダイナミック・アクティブアプローチ


フォードの自動車技術を転用した「科学的な静寂」です。

 多層ラバー・マウント(フローティング構造):

900kgのエンジンと機体フレームの間に、フォードが開発した特殊配合の合成ゴムブロックを配置。エンジンの低周波振動(1,800rpm)を機体に伝える前に、ゴムの変形によって熱エネルギーに変えて吸収します。

 二重防音壁(サンドイッチ構造):

ジュラルミンの外板と内装材の間に、さらに「遮音プレート」を挟み込んだ二重構造を採用。この隙間に生じる「空気層」が、ハ一型特有の重低音を物理的に遮断します。

 結果: 無線越しには「鼓動」が聞こえても、客室内では「70dB(高級車並み)」の静寂を実現。エグゼクティブが機内で商談できる環境を作り上げました。


 2. 英国版 HP.32:重量級吸音マッシブ・パッシブアプローチ


ハンドレページ社の伝統的な「重厚長大」の延長線上にある防音です。

 多層ヘビー・フェルトと皮革(馬車の伝統):

英国版には米国のような高度なラバー・マウント技術が間に合わなかったため、物理的な「重さ」で音をねじ伏せました。壁面に厚さ数センチに及ぶ「油浸フェルト」と最高級の牛革を内張りし、エンジンの爆音をスポンジが水を吸うように吸い込ませます。

 エンジン配置の工夫オフセット・マウント:

中央エンジンをあえて機首から数センチ前方に突き出させ、胴体との共振周波数をずらすという職人芸的な調整を施しています。

 結果: 米国版ほどの静寂(70dB)には届きませんが、「80dB(高級列車並み)」まで抑え込みました。米国版が「無音の空間」なら、英国版は「重厚な布に包まれた落ち着き」という乗り味の違いを生んでいます。


 3. 技術的整合性のまとめ:なぜ重量が重要か


両者に共通しているのは、「エンジンが900kg(鋳鉄製)であること」を最大限に利用している点です。

項目. 米国版(FD-32). 英国版(HP.32)

防音の主役. 科学的な「ゴム」と「空間」. 伝統的な「フェルト」と「皮革」

重量の恩恵. 900kgの慣性を「防振の支点」にする. 900kgの鉄塊が発する熱を「厚い壁」で保温に変える


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