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A.F.F.S (アカギ・フライングマシーン・ファクトリー・ストーリー)  作者: あくまでもフィクションです。石を投げないで。
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1929年10月23日 ニュージャージー州ニューアーク アーセナル通りに面した倉庫


 1929年10月23日 水曜日 午後12時00分


  ニュージャージー州ニューアークの空には、午前中の平穏をかき消すような湿った海風がパセーイク川から吹き込み、厚い鉛色の雲を連れてきていた。機関車が吐き出す石炭の煙で、秋の陽光がどんよりと濁っていた。


 各工場のボイラーから一斉に放たれたスチームホイッスル(蒸気音)や鐘の音が重なり合う。12時の昼休みだ。


 朝7時の始業から5時間、煤と油にまみれて働いた男たちが、PRR(ペンシルバニア鉄道)の巨大な修理工場からは、周辺のダイナーよりも安く、ボリュームのある社内食堂へ向かう数千人の工員の列ができる一方、その門外にあるダイナー『ジョーズ・プレイス』には、アカギの倉庫周辺にひしめき合う中小の鋳造所やボイラー工場の男たちが雪崩れ込んでいた。


「おい、ジョー! 今日は自慢のシチューより、アカギのところに見学に行くやつが多そうだな!」


 アーセナル通りにあるダイナーの主人ジョーは、店の入り口のテイクアウト用窓口で、アカギの倉庫に向かう見物客向けに5セントのドーナツを売りさばいていた。彼にとっても、アカギのエンジン試験は「客寄せ」のイベントになっていた。


 近隣の鋳造所やPRRの修理工場からも、工員たちが黒いランチボックスを抱えて、吸い寄せられるようにA.(アカギ・)F.(フライングマシーン)F(ファクトリー)の倉庫の正面へと集まってきた。



 アカギの倉庫は、かつて鉄道部品の鋳造場だった。その煉瓦造りの建物は、時代の荒波に洗われ、壁面は機関車の煤で黒く変色している。


 北側をPRR本線が東西に貫く、地上から6m(約20フィート)の高さの重厚な石積みの盛り土(エンバンクメント)と巨大な鉄橋がそびえ立つ。5分おきに、数千トンの貨物を引いたPRRのI1型蒸気機関車や、流線型のK4型旅客機が地響きを立てて通り過ぎてゆく。


 そこから分岐した1本のレールが、短いガーター橋でアカギの倉庫2階へと直接突き刺さるように伸びてきていた。


 赤レンガ造りの2階建ての倉庫は。プラットホームの2階が鉄道と同じ高さにある。錆びた引き込み線から貨車を受け入れる扉があり、倉庫との距離はわずか20フィート。


 目につくのは屋上の東側の「鉄のフレーム」だ。かつての引き込み線で使われていた錆びついた古レールや、肉厚のL字型アングル鋼が、墓標のように何本も突き出していた。それらの鉄柱は、横方向に渡された太い鋼鉄のパイプで強固に繋がれ、一つの巨大な「鉄のフレーム」を形成していた。


 そこには、隣接する4階建ての労働者向けアパート(テネメント)の各窓から伸びる数十本の滑車式洗濯物ロープが、まるでハープの弦のように整然と並び、倉庫とわずか5mの隙間(路地)を挟んで並走するテネメントとの間を、路地のトラックの積荷に引っかからないよう6m以上の高さで結んでいた。


 窓が狭く日当たりも悪いテネメントの洗濯物を干す場所は、アスファルトやタールで防水処理された「陸屋根(フラットルーフ)」だ。夏場は熱でベタつき、冬場は滑りやすく、「場所取り」を巡る深刻な住民トラブルが絶えず、風が強すぎて洗濯物が飛ばされ、煤煙で汚れやすく、衣類が盗まれるリスクまである。


 アカギは、この倉庫で会社を立ち上げるや否や、「この最高の物干し場を無料で使わせる代わりに、将来のエンジン試験の騒音と排気ガスには一切文句を言わないこと」と隣のテネメントの主婦達を「買収」した。


 どうせ朝7時から夕方5時6時までは、30分か1時間の昼休みを除いて騒音の絶えない工業地だ。3~5分に1度は数千トンを牽引する蒸気機関車が1~2分かけてすぐ側を通るのだから。


 これは近所の主婦みんなが羨む取引となった。ここはニューアークで最も日当たりが良く、鉄道高架を吹き抜ける風が四六時中シーツを叩く「最高の乾燥機」だから。

 

 そんな倉庫の南側正面にあるのがアーセナル通り。トラックや荷馬車が通う未舗装だが強固な道だ。今は見物の工員や近所の住人たちがそこに集まってきていた。



 A.F.Fの敷地内の音量を最大にしたラジオのスピーカーからは、キャブ・キャロウェイの陽気なジャズが流れていた。その音楽を遮るようにアナウンサーの切迫した声が流れ始めた。


『……ウォール街からの情報です。売り注文が殺到し、ティッカーテープ(株式市場の取引情報を印字する「ティッカーテープ機」で使われていた紙テープ)の表示が30分以上遅れています……』



「おい、アカギ! 昼休みの余興に、早くそのエンジンの試運転を聞かせてくれ! 昼休みが終わっちまうよ!」


 試運転する800kgもあるエンジンを鋳造した男たちが笑いながら声をかけると、倉庫の巨大な木製扉の前に陣取った。近くのテネメントに住む母親たちも、未就学の子供たちの手を引いて見学にきている。


 少し離れた工場からきたベテラン鋳造工員たちは、黒いドーム型のランチボックスを抱え、倉庫前の積み上げられた材木をベンチ代わりにして、厚切りのライ麦パンのサンドイッチを頬張り始めた。


 一方で、若手の鋳造工員たちは、『ジョーズ・プレイス』の紙袋に入った10セントのハンバーガーや、湯気の立つ5セントのコーヒーを手に、ぞろぞろと向かいの道路を渡ってくる。


 アカギは無言で、北側の盛り土に面した二階の空中引き込み線跡の扉を蹴り開けた。さらに、東隣のテネメントとの狭い路地に面した窓から、目張り用の布テープを乱暴に剥ぎ取る。


 PRRの廃材のクレオソート油が染み込んだ枕木を井桁状に組み上げたエンジン架台に、6本の拘束ケーブルで据えられた800kgエンジンの後方には、200リットル(55ガロン)の大型鋼鉄製ドラム缶が、床にアンカーボルトで打ち付けられた頑丈な鉄枠に固定されていた。


 エンジンのクランクシャフトの後ろ側には、鉄道車両の車軸用ジョイントを流用したユニバーサル・ジョイントを介して、ドラム缶内の「攪拌軸(プロペラ代わり)」と繋いであった。その先端には。工場の旋盤を流用した重いフライホイールが取りつけられ、大型のドラム缶と攪拌翼を用いた水抵抗式の簡易動力計ウォーターブレーキで馬力を測ることになっていた。


「ジム、水槽のバルブを開けろ! 計器を注視しろ!」


 ジムが返事の代わりに机の上のボイラー用油圧計を叩くと、テキサスの油田で使われるものと同じ、汎用の銅パイプがエンジンブロックまで物理的に導かれていた。その横には、農機の収穫機(コンバイン)用の機械式の回転計が、まだ「0」を指して静止している。これは大型ドラム缶内部のフライホイールから、自動車用の柔軟な機械式タコメーターケーブルで直接駆動される。


 机の上の二極単投(DPST)式の大型ナイフスイッチからは、その下にある直列に3つ(計18V)繋げられたPRRの機関車の信号所・トラック用の予備電源などの大型の6V鉛バッテリーを介して、エンジンまで繋ぐ払い下げの蒸気機関車用の予備電源供給ケーブルが伸びていた。


 午後12時15分。


 アカギの指示で、ジムが汗や油を吸い込んで黒光りした、頑丈な硬質木材のハンドル手をかける。「ガチャン!」という金属音が響き、5mm以上ある肉厚の純銅製から小さな火花(アーク)が青白く散り、スターターが噛み合った。


 15枚の空冷ファンがゆっくりと、しかし確実に回転を始めると、ガレージ内の空気が一変した。重い肉厚な羽根が空気を切り裂く「シュシュシュ」という金属的な風切り音が、巨大なフライホイール(弾み車)として、エンジンの不規則な爆発を力任せに押さえ込み、一つの巨大な「回転」へと統合していく。


 エンジンが安定した1800回転に達した瞬間、ファンは猛烈な勢いでニューアークの湿った空気を吸い込み始めた。正面入り口に溜まっていた工員たちの帽子が次々と奪われ、ガレージの奥へと吸い寄せられる。


 「ドォォォォン!!」


 猛烈な咆哮とともに、40,000ccの排気が二階の引き込み線跡から盛り土へと叩きつけられる。爆発が重なり合い、1800回転の定常運転に入った瞬間、ガレージ周辺の空気が目に見えて震えた。


 クランクシャフトに直結された水槽の中の翼が水を激しく撹拌し、ドラム缶から蒸気が噴き出す。その「水の抵抗」を、ジムは産業用のばねばかりを用いて「750馬力」という途方もない数値へ換算していた。


 鋳造工員たちが歓声を上げる。航空機エンジンの華奢な音ではなく、自分たちが毎日扱っている「鉄の言葉」で叫ぶそのエンジンに、彼らは歓声を上げたのだ。


 鋳造工員たちは、ランチボックスを膝に置いたまま、その圧倒的な「物理的な質量」の振動を、腹の底で味わっていた。ファンが生み出す猛烈な気流は、エンジンの熱を奪いながら、背後の空中引き込み線跡のダクトへと直進する。


 反トルクを抑える6本ケーブルが、特にサイドの4本が、バイオリンの弦のように高音で鳴っていた。


 1929年10月23日。


 明日には紙屑になるかもしれない「数字」の話をよそに、彼らは目の前の「800kgの確実な力」に、自分たちの仕事の正しさを重ね合わせていた。


 陽気なジャズの合間に、アナウンサーが「ウォール街でのパニック的な売り」を、まるで遠い火事のように、しかし確実に早口で伝え始めていた。


 いつの間にか子供たちが耳を塞いで笑い、工員たちがタバコを吹かしながらその怪力に感嘆する。その数メートル先のラジオでは、世界を支えていた経済の土台が静かに崩壊し始めていた。


 見学に来た子供たちが、強風に煽られて母親の足にしがみつく。その頭上では、エンジンの熱気をはらんだ突風が路地を駆け抜け、真っ白なシーツをを強引に乾かしながら、空へと舞い上がっていった。


「油圧、40ポンドで安定! アカギ、こいつは……こいつは本当に、空を飛ぶぞ!」


 ジムの叫びは、通過するPRRの貨物列車の轟音にかき消された。


 1929年10月23日。アメリカが最も明るく、そして最も残酷な午後に向かおうとしていた、その正午の出来事だった。


『AFF 1930 750HP』 性能諸元(日米共通仕様)


 1. 基本構成


型式: 空冷星型複列14気筒(7気筒 × 2列)

排気量: 39,880 cc(約40リットル)

エンジン乾燥重量: 800 kg

航空エンジンとしては極めて重いが、15枚の鋳造ファンがフライホイールとして回転を安定させる

外径 / 全長: 1,180 mm / 1,550 mm

複列化したことで直径を抑え、既存の戦闘機や多発機への搭載を容易にしている


 2. 出力・回転数


常用最大出力: 750 hp / 1,800 rpm

離昇出力オーバーブースト: 750 hp / 1,800 rpm

ピストン平均速度: 11.8 m/s

低回転・低ピストン速度により、部材への負担を最小限に抑制


 3. 構造的特徴(町工場モデルの核)


クランクシャフト: 2段180度位相・分割式クランク

米国製は高剛性合金の削り出し、日本製は国鉄の技術による高精度鍛造と圧入

シリンダー: 鋳鉄製ライナー + 鋳造アルミニウムヘッド(肉厚仕様)

加工精度の甘さを「熱容量」と「剛性」でカバー

冷却: 15枚羽根 強制空冷ファン

低速飛行時や地上運転時でも、800kgの鉄塊から出る熱を強引に引き剥がす


 4. 燃料・潤滑


圧縮比: 5.4 : 1

低圧縮設計により、オクタン価60程度の粗悪ガソリンや代用燃料でもノッキングを起こさない

潤滑: ドライサンプ式(大型トラック用オイルポンプ流用)

点火: 複式マグネトー点火(チャンピオン社製またはNGK/日本ガイシ製プラグ対応)


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