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A.F.F.S (アカギ・フライングマシーン・ファクトリー・ストーリー)  作者: あくまでもフィクションです。石を投げないで。
18/33

1939年7月 満洲国 ノモンハン周辺野戦病院

 野戦病院の天幕は、関東軍がハルハ河東岸への無謀な攻勢をかけた「両岸作戦」の甚大な代償で溢れかえっていた。


 外はうだるような熱気と、戦場特有の乾いた臭いが充満し、天幕の中は立ち込める血と消毒液、そして壊疽(えそ)の臭いが混じり合い、呼吸すら困難な状況だった。



 「両岸作戦」とは。ハルハ河を挟んで展開するソ連軍を包囲・殲滅するために計画された、ハルハ河西岸への渡河攻撃と東岸での正面攻撃を同時並行で行う攻勢作戦だった。


 西岸への渡河(包囲攻撃)では、安岡支隊(戦車部隊)や第23師団の一部がハルハ河を渡り、西岸に陣取るソ連軍を背後からの遮断と同時に、ハルハ河東岸(日本側が主張する国境線内)に残るソ連軍に対し、歩兵部隊による正面からの突撃を行った。


 第2次ノモンハン事件の主力攻勢として実施された作戦だったが、甚大な被害を出していた。



「軍医殿! 次が来ました! 砲弾の破片です!」


 担架が次々と運び込まれる。ソ連軍の圧倒的な榴弾砲火力の前に、日本兵はなすすべもなく吹き飛ばされていた。


 清潔な真水すらほとんどなく、血で汚れた包帯を洗い直して使い回す劣悪な衛生状態。将兵たちは適切な治療を受けられず、多くが絶望的な状況に置かれていた。


 天幕の外では、この世の地獄を象徴するかのように、夥しい数のハゲタカが空を舞っていた。あまりの遺体や負傷兵の多さに、彼らは病院の上空から離れようとしなかった。


 その時、後方の空から、ソ連軍の戦闘機の音が響いてきた。


「敵機! 伏せろッ!」


 誰かが叫んだ。ソ連軍のI-16が、何故か赤十字のマークのあるテント目指して突っ込んできたのだ。乾いた地面には機銃音が、「タタン、タタンッ」と、九七式戦闘機の足踏みミシンのような拍子とは違い、「ブーーーン」という蜂の羽音と共に着弾の煙を上げてゆく。


 その瞬間、野戦病院を包む喧騒を切り裂くように、東の地平線から聞いたこともない「異音」が届く。それは、これまでの日ソ両軍の軍用機の発するエンジンの唸りや風切り音とは、およそ異質なものだった。


「……なんだ、あの音は? 笛か?」


 伏せていた軍医が怪訝そうに空を仰ぎました。


 最初に聞こえてきたのは、耳の奥を細い針でつつかれるような、極めて鋭く透明な高周波の響き。「キィィィィィィィン……」という、金属が超高速で摩擦し合うような、冷たく非人間的な旋律。


 それは、近づくにつれて「キィィィン」から、空気をヤスリで削るような「シャァァァァァ」という激しい摩擦音へと変質し、野戦病院の上空に張り詰めた静寂を引き裂くように響き渡った。


 その直後、その鋭い高音をすべて塗り潰し、大地そのものを力任せに揺さぶる、「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」という逃げ場のない重低音の「圧」が襲いかかってきた。


 腹の下の地面が鳴り始めた。遠雷のような地鳴りが急速に密度を増し、巨大なドラムの皮の上に寝かされているような感覚に陥る。一回転する度に、プロペラの音と風が大気を、そして地面を物理的に叩いているのだ。


「ドッドッドッドッドッ!!」


 超低空、地表わずか30メートル。銀色の巨大な3つの影が、ソ連機を背後から追うように現れると、少し上を飛ぶソ連機と共に頭上を飛び越えてゆく。


 逃げ場のない重圧が、背中からのしかかってくる。


 それは、圧縮された「音の壁」だ。限界まで凝縮された重低音の塊が、うつ伏せになった背中を巨大な鉄槌で何度も何度も打ち据える。肺の中の空気が共鳴し、呼吸が止まる。


 その大きな機体には日の丸がくっきりと見てとれた。


 それから猛烈な後流が、乾燥した大地を抉り、泥と砂塵を巻き上げて野戦病院の天幕に叩きつけた。その風圧だけで天幕が激しく翻り、患者たちのうめき声すらその暴力的な風圧にかき消される。


「バッ! バッ! バッ! バッ!」


 通り過ぎる瞬間の音は、空気を物理的に叩き切る連続した打撃音。近づいてきた時の時の「押し潰されるような重圧」から、飛び去る瞬間の「耳を劈つんざく高周波の金属音」へと劇的に変化した。


 そして、その友軍機は下からソ連機へと突き上げていった。


 それはもはや銃声ではなかった。


 大気を力任せに引き絞り、一気に破断させるような「バリバリバリッ!」という凄まじい裂過音。足踏みミシンの拍子など、巨大な鉄槌の一打ちで粉砕された。


 直後、1番機の6筋の火線がソ連機を捉えた。ソ連機は火を噴く暇もなくバラバラの破片となって病院後方の砂丘に叩きつけられた。


「落とした……? あれは戦闘機なのか……」


 唖然とする軍医たちの頭上を友軍3機は旋回すると、エンジンの「ドッ、ドッ」という心音のようなリズムを響かせながら、ソ連軍との前線へと機首を向けて急上昇していく。ただ猛烈な砂塵と、太陽を背に垂直に消えていく3つの銀色の影だけが残されていた。


「弥五郎どんのあしおっ(足音)じゃ」


 誰かがそう呟いた。




「弥五郎どん(やごろうどん)」;

鹿児島県や宮崎県に伝わる伝説の巨人で、身長が4メートルから時には「山をまたぐ」ほどのサイズで語られ、南九州の兵士たちにとっては最も馴染み深く、かつ圧倒的な「強さと巨大さ」の象徴です。


性能諸元比較(1939年7月時点)


項目. ソ連軍 I-16(Type 10/17等). 九一式襲撃機(九一シュー)

設計思想. 極限の軽量化・高速旋回(巴戦). 圧倒的質量・防御・一撃離脱

機体構造. 木金混合(合板+布張り). 全金属製・鉄骨ボックス構造

全備重量. 約 1,800 kg(非常に軽量). 2,450 kg (装甲・爆装時)

翼面荷重. 約 120 kg/m²(旋回特化). 98 kg/m² (厚翼による高揚力維持). 厚翼による高揚力で低速安定性を維持

エンジン. M-25(ライト・サイクロン模造). AFF 1930(アカギ・デチューン). 信頼性の極致へ

常用回転数. 2,100~2,300 rpm(高回転・繊細). 1,800 rpm(低回転・重トルク)

最高速度. 約 450 km/h(水平速では優位). 360~365 km/h. 爆装と60オクタン燃料による実戦値

上昇力. 5,000mまで 約 6分. 5,000mまで 約 7分 (トルクで押し上げる)

武装. 7.62mm × 4丁(門数は多いが威力不足). 12.7mm × 6丁(一撃で粉砕する火力)

防御装甲. 操縦席背面にわずかな鋼板. 防弾タンク+操縦席ボックス装甲. 7.62mm弾では撃墜不可能

燃料対応   87~95オクタン(高性能燃料必須)   60オクタン(粗悪油・松根油対応)

プロペラ径   約 2.8 m 3.6 m(大気粉砕の大直径)




九一式防空戦闘機・改(九一式防空戦闘機も)は一度も実戦を経験しませんでした。ですが、九一式襲撃機は、「A-10 サンダーボルトⅡ」の原型だと言われています。


 1. 思想の共通性:戦車を殺し、パイロットを守る


 「バスタブ」構造の先駆け:

九一式襲撃機が襲撃機転換時に追加した操縦席の簡易装甲は、A-10の「チタン製バスタブ」の概念そのものです。「機体は穴だらけになってもいい、パイロットが生きてエンジンが回っていれば帰れる」という設計思想は、まさにA-10の精神です。

 「翼」が盾であること:

九一式襲撃機の異常に厚い主翼と、複数の主桁スパーによる冗長性は、A-10の「片方の主翼を半分失っても飛行可能」というタフさの原点となります。


 2. 「銃の周りに飛行機を作る」という狂気


 GAU-8の原型としての12.7mm×6丁:

A-10が30mmガトリング砲を中心に設計されたように、九一式襲撃機は「12.7mm重機銃6丁の反動を抑え込み、弾薬を積み込む」ためにあの巨大な翼と剛性を手に入れました。

 安定した射撃プラットフォーム:

低回転大トルクが生む「ジャイロ効果による直進安定性」は、A-10が「空飛ぶ砲台」と呼ばれるほどの精密な対地攻撃能力を持つことの先取りです。


 3. 「低技術」による「高稼働」


 どこでも直せる、何でも燃やす:

A-10が未舗装路からの離着陸(STOL性)を重視し、頑丈な脚を持つのと同様、九一式襲撃機の「トラック用の太い脚」と「60オクタン燃料対応」は、最前線の兵士にとって最高の「インフラ」でした。

 「ファン」の音:

九一式襲撃機の強制冷却ファンが発する高周波の悲鳴は、A-10のTF34エンジンが発する独特の金属的な「ヒーン」という音と重なり、敵対する者に死を予感させる「音の商標」となります。




性能諸元比較(1936年 vs 1939年以降)


項目. 九一式防空戦闘機・改[九一ボー・改] (1936年時点). 九一式襲撃機[九一シュー] (1939年以降)

主要任務. 重要拠点防空(高高度迎撃). 対地攻撃・陣地突破. 迎撃から「殴り込み」への転換

表面処理. 全面沈頭鋲(鏡面仕上げ). 沈頭鋲(前線迷彩・剥離あり). 整備性重視による空力低下を許容

使用燃料. 87オクタン(高性能・高給). 60オクタン(粗悪油・松根油). 兵站の弱さをエンジンでカバー

最高出力. 850~900 馬力. 750 馬力デチューン. 故障率ゼロを目指した安定設定

最高速度. 405 km/h. 360 km/h. 爆装抵抗と粗悪燃料による低下

武装. 12.7mm × 6丁. 12.7mm × 6丁 + 30kg爆弾×2. 「空飛ぶガトリング砲」としての完成

防弾装備. 防弾タンク装備. 防弾タンク+操縦席防弾鋼板. 12.7mm被弾を前提とした重装甲

航続距離/時間. 約680km / 2時間15分. 約550km / 2時間05分. 爆装と重量増




 1939年:九一式襲撃機(九一シュー)への「再設計」

 事象: 防空戦闘機としての役割を後継機に譲り、「襲撃機」として再定義。

 技術的解決:

 排気管: 高速性能(推力)よりも、低空での「冷却効率」と「消炎効果」に特化した形状へ微調整。

 表面: 沈頭鋲は継続するものの、塗装は「ざらついた迷彩」を許容し、燃料は60オクタン(松根油混じり)へデチューン。

 完成: 1936年に確立した「排熱技術」を、1939年には「劣悪な環境で生き残るための生存技術」へと転用し、九一シューが完成します。



 1. 性能変化と技術的評価


 速度の低下と馬力のデチューン:

防空戦闘機時代は、高オクタン燃料と沈頭鋲化で400km/h近くを目指しましたが、襲撃機転換後は、前線の劣悪な補給状況に対応するため、あえてエンジン出力を下げて信頼性と燃料適合性を最優先しました。最高速度は落ちましたが、これは現場では「絶対に止まらないエンジン」として歓迎されます。

 「盾」の強化と爆装:

襲撃機として地上からの銃火に晒されるため、操縦席背面などに簡易的な装甲板を追加。これはアカギ機の「重さの余裕」があったからこそ可能な改修でした。また、翼の剛性を活かして爆弾架を設置し、対地攻撃能力を強化しています。

 「巴戦を捨てた」思想の徹底:

もともと旋回性能の低かった機体は、襲撃機として地上スレスレを一直線に駆け抜ける運用に適しており、「一撃離脱」の思想は「一撃離脱・対地掃射」として完全に継承されました。


 2. 現場での評価


 九一ボー・改(九一式防空戦闘機・改)の評価:

「速いが、融通の利かない鉄の塊」。帝都防衛という名誉ある任務でしたが、当時の日本の空戦教義(巴戦)を真っ向から否定する「曲がらない、止まらない」極端な性格は、燕のような軽快さを尊ぶエリートパイロットたちから「操縦の愉しみがない」と敬遠されることもありました。また、カタログ通りの最高速度を維持するには燃料の質に極めて神経質であり、運用面での「ピーキーさ」が今までと違い現場の負担となっていました。

 九一シュー(九一式襲撃機)の評価:

「不死身の老兵」「頼れる鉄牛」。大陸や南方といった過酷な最前線では、スペック上の最高速度よりも「稼働率」と「頑丈さ」が何よりも重要視されます。

「ハ一」エンジンは松根油混じりの燃料でも不機嫌にならず、太いタイヤは滑走路の穴ぼこをものともしませんでした。

12.7mm×6丁の火力は地上部隊にとって圧倒的な「空からの援護」となり、被弾してもなかなか落ちない頑強さから、地上兵・搭乗員双方から絶大な信頼を勝ち得ます。

「九一ボー・改」が日本の航空戦術の転換点を示す「未来からの使者」であったなら、「九一シュー」は日本の工業力の「弱さ」を一身に背負いながらも、泥臭く戦い抜く「昭和の象徴」として、物語後半の重要な役割を担うことになります。


 3. 「墜ちない」ための三つの技術的裏付け


 失速しない厚い主翼(高揚力設計):

九一式襲撃機の50〜60cmもの翼厚は、低速時でも気流が剥離しにくい特性を持ちます。ひよっこが焦って強引に機首を上げたり、急旋回で速度を落としたりしても、通常の薄翼機のようにコロリと失速スピンして地面に激突することがありません。「空飛ぶトラクター」ゆえの粘り強さです。

 ジャイロ効果による直進安定性:

800kgの巨大な鋳造エンジンと15枚の重いファン、そして3.6mの巨大プロペラ。これらが回転することで強力なジャイロ効果(回転体による姿勢維持力)が生まれます。気流の乱れや機銃の反動程度では機体がブレず、狙いを定めずとも「真っ直ぐ飛ぶ」ため、訓練時間の短い新人でも安定した掃射が可能です。

 低回転大トルクの「復元力」:

ひよっこがスロットル操作を誤っても、40,000ccの巨大なトルクは巨大なプロペラを一気に回し、即座に強大な推力を生み出します。高度が落ちすぎた際の「引き起こし」で、エンジンが悲鳴を上げることなくグイグイと機体を押し上げる「力業」が、多くの未熟な命を救いました。


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