1937年7月 ニュージャージー州 ニューアーク空港
1937年7月、ニューアーク空港待合室
「……おい、向こうのDC-2から降りてきた客を見てみろ。みんな耳を押さえて、ひどい顔をしてやがる」
アメリカン航空の運航担当者が、隣に駐機している他社機を指差して冷笑した。DC-2から降りてきた乗客たちは、数時間のフライトによる高周波の金属音と激しい振動に晒され、足取りも覚束ない様子だった。
「あっちの機体の客室騒音は90デシベルを超えている。地下鉄のホームで叫び声を聞き続けているようなもんだ。目的地に着く頃には、どんな屈強な男でも頭痛と疲労で使い物にならん。だが、こっちのスカイワゴンはどうだ?」
担当者は、静かにアイドリングを続けるFD-32(Ford-Douglas FD-32 "Sky-Wagon)を指し示しました。
「デシベル計で測ってみろ。客室は70デシベル以下だ。これは静かな事務所や、走行中の高級車の中と変わらん。AFFが1,800回転という『あくびが出るような低回転』で回っているおかげで、機体を揺さぶる高周波の震えが根本から消えているんだ。他社が速度を5%上げるために、騒音を100倍(20dB増)に引き上げている間に、我々は速度を捨てて『会話のできる静寂』を取ったのさ」
FD-32の導入以降は、騒音計(General Radio Type 759-A等)で測ったデシベルを売りにするのが常識化していた。ちょうど、FD-32から一人の紳士が、新聞を小脇に抱え、まるで散歩から帰ったような足取りで降りてくるところだった。
「アカギはこう言ったそうだ。『軽量化して時速をあと10キロ稼ぐことに、何の意味がある? P&Wの真似をして”震える芸術品”をもう一機作る気か?』だとさ。確かにDC-3より30分は余計にかかる。だが、その30分と引き換えに、乗客は機内でぐっすりと眠り、到着した瞬間から仕事に取りかかれるんだ。ビジネスマンたちはすでに気づいているよ。『10回叫ぶより、1回静かに飛ぶほうが価値がある』ということにね。速いだけの精密機械は、今や耳栓が必要な『欠陥品』扱いさ」
ウォール街の出資者たちは、このデシベルの差を「収益の差」になると読み替えた。
1934年末には、両翼の上にエンジンを乗せた『AFF 一九三二式三発旅客機』とそのエンジン『AFF 1930 750HP』の評判を聞きつけて、ドイツのユンカース、ソ連のツポレフなどがライセンス契約を求めてきていた。
そんな所にライトやカーチスなどが、国家航空諮問委員会 (NACA)や陸軍航空部(Army Air Service)を焚き付けてくる。
この数週間後、ライト社らの横暴を「既存メーカーによる技術独占と進歩の阻害」と見たJ.P.モルガンやフォード・モーターら「資本グループ」が、自社の量産ラインに最適なAFF規格を独占するために介入。AFFは「航空機メーカー」としての立場を捨て、「世界最大のライセンス管理会社」として資本グループと手を組んだ。
P&Wやライト社がエンジンの「馬力重量比」という工学の数字に固執している間に、AFFとフォードは「人間の忍耐の限界」というシビアな現実を突きつけ、米国の空を実質的に制圧した。
米国版『Ford-Douglas FD-32 "Sky-Wagon』は、日本版のタイプ32(AFF一九三二式三発旅客機)と比較して、単なる軽量化に留まらず、グラマン社のF4FとF6Fの関係性にも似た「構造の再構築と適正な大型化」が行われた。
日本版(AFF一九三二式三発旅客機)と米国版(FD-32)の構造比較
項目. 日本型AFF一九三二式三発旅客機. 米国型FD-32 スカイワゴン. 理由
胴体構造. 鋼管組・ジュラルミン外板セミモノコック(厚板使用). 自動車用プレスの活用
プロペラ製造法. 分割構造(鉄芯+アルミ皮). 一体鍛造(アルコア製25ST). 米国製は軽量かつ超高剛性
プロペラ制御. 2段可変ピッチ(ハミルトン式). 定速プロペラ(恒速制御). 常に最適な回転数を自動維持
エンジン重量. 約 800 kg. 約 900 kg. 米国鋼材による100kg重量化
常用回転数. 1,800 rpm. 1,800 rpm. AFF規格の低回転を死守
巡航出力. 800 hp(87オクタン). 850 hp(80オクタン). 低質燃料で高出力を維持
エンジン寿命. 300時間でオーバーホール. 750時間以上
脚作動. 手動ネジ式. フォード製電動アクチュエータ. 迅速な格納による加速向上
防音材. フェルト・布(気休め). 多層ラバー・遮音プレート. 余剰重量を快適性に転換
自重. 6,500 kg. 7,200 kg. 重いが素材の質で剛性UP
1. 構造の再構築 素材による「逆説的な大型化」
米国版FD-32は、フォードのバナジウム鋼と24STジュラルミンを採用したことで、日本版と同じ強度を維持しながら構造重量を劇的に減らすことが可能でした。しかし、AFFとダグラスの技師たちは、その余剰重量を「軽量化」に回すのではなく、「機体の大型化と防音への再投資」に充てました。フォードの自動車用オイルフィルター技術と、米国製高品質潤滑油(ペンシルベニア産等)の恩恵で、750時間以上のオーバーホール間隔でノントラブルという驚異的な信頼性を示しました。
胴体の拡幅(DC-3への布石:DC-2の拡大版):日本版よりも胴体直径を約15cm拡大。これにより、通路を確保したまま座席に余裕を持たせ、さらに「二重構造の防音壁」を設置するスペースを確保しました。
全幅の延長:翼面積を約5%拡大。これにより、日本版より軽い自動車用エンジン素材を用いたエンジンを3基積みながらも、離着陸時の安定性をさらに高めました。
2. 重量バランスの解決策 100kg重いエンジンの活用
エンジン1基あたり100kg重い分を、米国版は「制振バラスト(重り)」として利用しました。
ダイナミック・ダンパー効果
米国製の肉厚なAFFエンジンは、その巨大な質量自体がエンジンの高周波振動を吸収する役割を果たしました。軽量なP&Wエンジンが機体全体を細かく震わせるのに対し、重いAFFエンジンは「どっしりとした低周波」しか発生させません。
重心の最適化
機首エンジンが100kg重くなった分、後部座席付近に重量のある電装系(フォード製大型バッテリーと油圧ポンプ)を配置。これにより、日本版(手動式)では困難だった「完璧な水平飛行安定性」を実現しました。これが前述の「70デシベルの静寂」を生む物理的な基盤となったのです。




