1930年11月 ニュージャージー州ニューアーク AFF社・第1ハンガー
「……つまり、ミスター・アカギ。貴方はこの『空飛ぶ蒸気機関車』を、我が国のプラット・アンド・ホイットニーやライト社と競わせるつもりか?」
『サイエンティフィック・アメリカン』の記者が、冷笑を浮かべながら手帳を閉じた。彼の視線の先には、最新鋭の洗練された航空機とは程遠い、異様な機体が鎮座している。
先進的な「低翼単葉(主翼が下側に1枚)」かつ「引き込み式主脚」を採用した世界初の実用戦闘機のはずだが、会場の反応は冷たい。
表面を覆うのは、無数の「丸頭リベット」だ。それはまるで、中世の鎧か、あるいは戦艦の隔壁のようだ。その機体の上に密閉式のコックピットが外からの光を受けて柔らかく照り返していた。
ホール・アルミニウム・エアクラフト社の技術者であったチャールズ・ワード・ホールが、1926年に沈頭鋲の特許を申請した。1926年に初飛行したXFH海軍戦闘機試作機が、リベット留めされた金属製胴体を持つ最初の航空機だ。
丸頭リベット自体は当たり前なのだが、戦闘機の翼の厚みが尋常じゃなかった。7.7mm機関銃が6丁も突き出しているが、将来はもっと大きな口径の機関銃を搭載する為の太さだ。
「見たまえ。このエンジンの巨大さを! 1000馬力級? その重さで、わずか750馬力しか出ない。現代の航空工学は『軽量・高回転』へ向かっている。貴方の設計は、まるで時間を20年逆行させたようだ」
別の新聞記者が笑いながら付け加える。
「大恐慌で誰もが1セントを惜しんでいる時に、こんな鉄屑の塊に金を出す国があると思うのか? 鋼材の無駄遣いだ。このエンジンは、不況で潰れる航空メーカーのリストの筆頭に載るだろうよ」
記者の群れの中で、サトシ・アカギは一人、冷徹な目で彼らを見据えていた。彼は自らの掌を、分厚いカウリング——その奥に眠る、他社の1.3倍の厚みを持つクランクシャフト——に置いた。
「紳士諸君。君たちは『最高の素材』と『最高の燃料』がある場所でしか空を飛べない機械を、航空機の完成形だと思っているようだ」
アカギの声は、冷たく響いた。
「だが、世界は広い。君たちの言う『最高の条件』を備えた場所など、この地球上の数パーセントに過ぎない。残りの9割の場所には、粗悪な鋼材と、質の悪いガソリン、そして未熟な整備士しかいない」
彼は丸頭リベットの一つを叩いた。
「沈頭鋲が打てない工場でも、この機体は作れる。高回転に耐えられない鋼材でも、このエンジンは壊れない。この『重さ』は、無能に対する『マージン(余裕)』だ。……いいか、この不況が終わり、世界が再び燃え上がるとき、空を支配するのは『繊細な芸術品』ではない。泥の中でも咆哮を止めない、この『鉄の心臓』だ」
記者たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。彼らには理解できなかった。
目の前の男が、アメリカの繁栄から零れ落ちた「三流の技術」を売ろうとしているのではなく、来るべき総力戦における「世界標準デファクトスタンダード」という名の劇薬を、密かに調合しているということを。
「明日の記事にはこう書くといい」
アカギは、まだ誰も知らない将来のライセンス収入の山を幻視しながら、不敵に微笑んだ。
この質の悪い原材料とお粗末な加工精度なら世界中どこでもこのエンジンを作れる。これはこれからの世界のデファクト・スタンダードだ。いまのアメリカの航空業界を牛耳る奴らに知られたら潰されてしまうだろう。
「『AFF社、この戦闘機とこのエンジンで世界中からライセンス料を稼ぐつもり』……とな」




