第六話 サムライ令嬢、立ち上がる
視界が、かすむ。
「―――っ」
呼吸が、できない。今自分が刀を握れているのかどうかもわからない。なにが、起きたの……?
アタシの刃は確かにラヴァナに届いたはず。それなのに不可視の壁に弾かれてしまった。あれも魔法か? それよりもその後の攻撃。炎の爆発をもろに受けたせいで全身が焼け付く痛みに蝕まれているのがわかる。逆にそれ以外の感覚がひどく薄い。立ち上がることすらままならない。
「ハッ、諦めろよ人間。オレの炎を直に受けたんだ。意識保ってるだけ上等だ、立ち上がれるはずがねェ」
「――――――」
そう、かもしれない。今も刀を地面に突き立てて支えにしていなければ、片膝をついているのもやっとだ。正直侮っていた。“五天” なんていっても少し強いだけの相手だと。世界に名を馳せる強者は、ここまでの力を持っているのか。
「かはっ……」
口から零れたドス黒い血が地面に染みを生む。灼熱が臓腑まで焦がしているらしい。息が一向に整わない。
意識が遠のく。……ああ、お山での修行でもこんなふうに死にかけたことがあったっけ。祠の奥で眠っていた大蛇と戦って、その毒を受けた時にもこんなふうに瀕死になってしまったっけ。一緒に思い出すのは、ミヤモトからその時かけられた言葉。
――――――もし何かを為そうというのならば、己のためではなく。
「守るべきなにかのためにこそ、刀を握れ。……そうよね、師匠」
「あァ? なにをブツブツと言ってやがる」
ドクン、と。鼓動が脈打つ。制御できないほどに熱く沸る血が全身の血管を駆けめぐる。荒くなった呼吸を整えることを諦める。
疾走する激情を、怒り・悲しみ・絶望・怨嗟・復讐心、自分の心の中にある、それらの整理不可能な想いを薪のようにくべていく。
ごちゃごちゃ考えるな、思い出せ。アタシがなんのために修行し、力を付けたのかを。何にも負けない力を欲したたったひとつのシンプルな理由をッ。
「てめェ、なんだその妙な魔力の流れは……。いや魔力じゃねえ、一体そりゃあ」
「 ………… “吾はここに誓い言祝ぐ。この身この意を刃に変え、世界の為に振るうと。この手この足に刃を宿し、世界を切り拓くと。その果ての涯で”」
「ちッ、薄気味悪ィ詠唱を止めやがれ!! “フレイムブラスト”!!」
再びラヴァナが炎の奔流を放ってくる。けど、もう遅い。
「 ―――“万象を照らす大輪を咲かせて見せる”」
先ほどまで立ち上がる事すらできなかった体が嘘のように軽い。立ち上がるついでに気負わずに振るった一撃で、ラヴァナの炎を切って捨てる。背後で爆発した魔法の余波を感じながら、構えも取らずに一直線に走り出す。
「魔法を……斬りやがるだと!?」
「我流剣技・連撃術、連型・壱から肆へ。喰い千切れ、“沙月雨”ッ!」
普段は意識しなければ連ねることはできない型の連鎖も、難なくこなせる。知覚外の速度で叩き込む死角からの連撃は、狙い違わず全てが、ラヴァナに深手を負わせる致命傷となる。
「ぐッ……、ぁっ、んだよその動きはァ。いいぜそっちが本気だってんなら、こっちも本気だクソがァ!」
「あら、まだ本気じゃなかったの?」
「調子に、乗ってんじゃねェ! 目覚めやがれ“始祖武具”、〈チャンドラ=ハース〉!!」
ラヴァナが吠える。彼の持つ直剣が煌々と輝きを放って姿を変えた。身の丈ほどの長さを持つ巨大な曲刃で、膨大な魔力のオーラを放出している。それが彼の切り札と認識すると同時、考えるよりも先に体が動いていた。
「連撃術。連型・弐に足すこと伍。“勾十字”!」
「吹き飛べェ!!」
巨大な剣は振り始めから終わりまで時間がかかる。ならば、それよりも先に近づけばいい。一瞬で近づいて放った四発の斬撃で、ラヴァナを吹き飛ばす。
「が、ァ……! ふざけろよ人間……、なんなんだその力はァ! ぶち壊してやるよてめェ。―――我の炎を喰らいて、月天より切り裂き降りやがれ。其は万敵を葬る裁きの雨なり!」
轟音を鳴り響かせながら、天に掲げられた曲剣が一層激しい輝きを生む。試験場を覆っている闘技結界そのものが震え、ひび割れ始める。あまりの力の大きさに世界が悲鳴を上げるが如く、大気の震えが止まらない。
「おっ、落ち着いてくださいラヴァナ様! こ、このままでは他の受験生にも、学園の校舎にまで被害が出てしまいますー!!」
「うるッせェ!! 」
燃え盛る炎の魔力の中心で、ラヴァナが持てる魔力を昂ぶらせる。月の刃が分身し、上空全体を無数の光刃が覆う様は、まさしく最強が振るう魔術の極み。常人なら目にしただけで戦う気も失せようという圧を放っている。
しかし、それほどの物を前にしてなお、刀をまっすぐ構えるアタシの心はさざなみ一つなく静かだった。
なにが起ころうとも、アタシにはこれしかない。けれどこれで十分。全てを奪われたあの日の復讐のために鍛えたこの力で、立ちふさがるありとあらゆる物を斬り捨てる!
「潰れろぉおおおおお! “チャンドラハース・ヴァルシャルーク”ッッ!!」
「荒ぶる風雷の螺旋、万象吹き飛ばす進撃の化身! 模倣術、薙ぎ潰せ。“嵐鳴咬”ッ!!」
押し寄せるのはソラ覆いつくす月の涙。対してこちらは、稲光吹きすさぶ暴嵐を纏った刀をピンポイントで振り下ろす。
刹那、音が消える。
解き放つのは、超風圧を孕んだ一閃。こちらを押しつぶさんと降ってきた光の刃の全てを呑み込み、砕き、墜た。
舞い散る魔力の破片のシャワーをその身に浴びながら、ラヴァナは剣先を下ろして呆然としている。防御の意志ももはや感じられないほどに隙だらけだ。なんだか悪い気もするけど、ここは素直にトドメを刺させてもらおう。
改めて前傾姿勢から突撃、がら空きとなったラヴァナの胴にすれ違いざまの一撃を打ち込んだ。
「が、あっ……」
「お相手ありがとう。―――アタシの勝ちね」
そう声を掛けたのが最後の記憶。
魔力の障壁は砕け、斬撃がもろにラヴァナを切り裂く。致命傷とはならないだろうが、痛手は与えたはずだ。その手応えはあった。
斬撃ととともに走り抜けた先で、膝が崩れ落ち斜めに倒れていく視界と別れを告げて、アタシはとうとう意識を手放した。




