第四話 サムライ令嬢、力を示す
騎士学園の入学試験が始まった。午前が筆記、午後からが実技と分かれていて、ひとまず今はお昼休み、なのだが……。
「む、難しすぎるでしょ……」
「ええ〜、そうかなあ。確かにいくつか頭ひねったけどお、だいたい基本的な剣術知識とか魔術論だったりしたよん?」
なんてのたまうのは、相変わらず横に座ってサンドイッチをネズミみたいに頬張ってるルルミラ。貴族が受ける教育のレベルって高いのね……。
一般常識や簡単な勉学ならミヤモトから教わったけれど、さすがに貴族の息女が通うだけあって、この学園の教育レベルもそれに見合ったものらしい。
「正直舐めていたわ。剣の腕だけじゃ、どうにもならない部分だもの」
「大丈夫だよお。結局は実力主義だからね、騎士サマもお偉方サマたちも。後半の実技でみーんなあっと言わせちゃったらいいんだよん♪」
自信満々な笑みでうそぶくルルミラを、不覚にも頼もしく思ってしまう。だが彼女の言う通り、やれることをやるしかない。最短ルートのここがダメなら、他のルートを考え直すだけだ。
と閑話休題を挟み、入学試験は後半へ移っていく。
『それでは只今より第565期入学試験実技の部を開始します。三つのグループに分かれてもらいので、受験番号が151番から300番の皆さんは、第三グラウンドに集合してください』
どこからともなく案内のアナウンスか流れてくる。
「これも魔法なのかしら。便利ねえ」
「あははっ。冗談が上手いねえ、サクラさん。これはスピーカーなんだから、魔法じゃなくて科学だよん」
む、そんな笑わなくてもいいじゃない。科学……。人力で再現可能な技術を体系化した物、だったかしら。師匠もあまり詳しくはなさそうな分野だったから、アタシもよくわかってないのよね。魔法ならわずかに齧ったんだけど。
他の参加者の波に乗ってぞろぞろと指定された場所に向かう。そこは、だだっ広い平地だった。僅かに柵のようなものが外周部に立っているが、かなり自由に動き回れそうだ。
「集まりましたね? それでは、これから実技の部・第一試験の内容を説明します。まずは、こちらが用意する魔物と戦っていただき、その内容を採点します。防具や武器使用はお好きにどうぞ」
なんでもあり、か。まあ学生程度の実力なら、それで問題が起こるとは思っていないのだろう。
「ただし、“五天” の方々に関しましては “始祖武具” ―――、【オリジンアームズ】の使用を禁止します。さすがにあれらを使われては被害がとんでもないことになりますから」
さすが天下に名高い “五天” サマ。なんだかよくわからないけど、ハンデがあるとは。有名人って大変ね。
「残念だなあ。君に見せてあげたかったのに」
「流れるように後ろを取らないでくれるかしら、王子さま」
しれっと背後に立っていた第三王子、ジークフリートに釘を刺して、すぐ距離を取る。油断も隙もあったものではない。ジークフリートは少しだけ傷ついた顔をしたものの、すぐにまた爽やかな笑みを浮かべた。
「酷いなあ。っと、そういえばちゃんとした自己紹介がまだだったね。僕はジークフリート。君は?」
「………………サクラよ」
「溜めたねえ。なるほど、サクラ、か。いい名前だね」
「悪いけれど、アンタと馴れ合う気はないわよ。お互いにライバルなんだから」
言い捨てて立ち去るアタシに、ジークフリートはなにも言わなかった。ふぅ、さすがにこれで構ってはこないでしょう。
「さて、と」
自分が指定された場所に立ち、試験官の合図を待つ。程なくして、彼らが試験の始まりを告げると、各受験生の対面に光る円陣が現れ、そして驚くべきことにそこから様々な生物が飛び出してきた。
「なにあれ……!」
「あはは、サクラさんったら魔法のことも全然なんだねえ♪ アレは召喚術。学園で管理されている魔物を、あの魔法陣を通して呼び出しているんだよん。魔法騎士の戦い方の一つでもあるねっ」
たまたま近くにいたルルミラがそう教えてくれる。なるほど、そんな戦法もあるのか。そうしている間にも、ルルミラの前の魔法陣からも小型のコウモリのような魔物が召喚された。
「じゃあ、お先にねっ♪」
さっそく突撃していったルルミラの手には細剣が握られている。それで斬るのかと思えば、彼女は素早くそれを前に突き出した。だが距離が足りない。いったいなにを……?
「穿っちゃえ! “ウインドスピア”!」
「!」
突き出された細剣が淡く光ったかと思えば、先端から風の弾丸のような物が射出されて、コウモリを撃ち抜いた。あれが攻撃魔法ということか。とても便利そうだ。
「まあ、アタシには魔法なんて使えないんだけど……。というか、アタシの相手はやけに出てくるのが遅いわね?」
魔法陣は目の前にあるのだが、一向に何かが出てくる気配はない。それどころかどんどん輝きが増している。不具合かしら。
「……? サクラさん、おかしくないかなあ。その魔法陣、明らかに通常よりも強力な魔物を呼び出そうとしているような…っ……!」
【kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!】
「な、なにごと!?」
一足先に試験をクリアしたルルミラが警告してきた、次の瞬間。
耳を鼓膜の奥までつんざく甲高い咆哮を轟かせて、ソレは魔法陣から現れた。
昏く輝く漆黒の甲殻に、太く鋭い一対の鋏、そして天まで届かんばかりに長い棘の付いた尻尾。頭部に備わった八つの複眼には妖しい光が宿っている。一言で言えば、怪物のような威容を持った巨大サソリの魔物だった。
【kyaaaaaaaaaaaaaaaa!!!】
「これがアタシの試験の相手?」
「馬鹿な!! どうしてここに〈ダスクスコルピオ〉が!?」
「なによ、知っているの?」
ルルミラ同様に自分の試験相手を倒してきたのだろうジークフリートが駆け寄ってくる。そこにうさんくさい笑みはなく、本当に焦っているようだ。このサソリ、そんなにヤバい相手なのかしら。
「あいつは、二つの中級騎士団が合同で戦ってようやく最近になって倒すことができた、近年でも稀な凶暴性を持つ魔物だよ。その防御力と攻撃力は並みの騎士なら、一撃もらうだけであの世行きだろうね。研究機関に預けられているはずなのに。なぜここに……!」
「知らないけど、出ちゃったものは仕方ないんだから、倒すしかないでしょう」
「は?」
鞘から刀を抜いて正眼の構えを取り、勢いよく地面を蹴る。サソリの眼前に躍り出ると、一気に眉間らしき部位へ刀を叩き込む。
硬い。刃が通らないどころか上滑りして弾き返された。反撃とばかりに大鋏が振り抜かれるが、かわす。間髪入れずに棘尾が襲ってくるが、それも当たらない。
幸いなことに速さはそこまでのようだ。
「こういう相手はどうしようかしら。防御がすごいなら……うん、なんとかなりそうね」
「なにをする気だい、サクラ!? 君は早く逃げろ!」
ジークフリートが止めようとしてくるが、もう雑音はいっさい聞こえない。息を整える、己の裡の “扉” を開く。意識を深く沈めて、構えた刀が宿している記憶に語り掛け、そしてそれを具現させる。
「力を貸しなさい。―――其は、冷たき牙持つ大熊。万象噛み砕く破壊の化身。我流剣技、模倣攻術。“裂槍・氷牙”!」
「なん、だと……!?」
刀身に冷気が迸る。と同時に疾く駆け、サソリの鋏を掻い潜ると、その腹に切っ先を刺し込んだ。
途端に霜が甲殻上に広がり始めて漆黒の巨体が身じろぐ。動きが緩慢になり、苦しむようにうめき声を漏らしたかと思えば、その巨体は物言わぬ氷像へと変わっていく。
「どんなに硬い物にも隙間はある。そして、そこから凍らせた物体は身動きが取れなくなるくらいに硬くなる。なら、後は――—」
巨体の腹下から抜け出し、今度は右肩に添えるように刀を構える。とどめを刺すべく、凍りついた巨大サソリを踏み台にして天高く跳ぶ。
「はぁあああああああああ!」
重力による落下の威力を上乗せして、両腕ごと使って一気に刃を振り下ろす。凍った物体が相手なら、それは大岩を斬るのとなんら変わらない。ブレることなく正確に繰り出した袈裟切りにより、巨大サソリは脳天から真っ二つになって絶命した。
ほんのわずかな静寂の後、グラウンドは喜びと安堵と驚きの歓声に包まれた。一件落着である。しれっと試験官たちまで事態の成り行きを見守る側に回ってるのはどうなのかと思うけど。
「うーん、まだまだ切り口が雑ね。師匠のようにはいかないか」
「君は……本当に何者だい? これほどの魔物を一人で、しかもこんなに手早く片付けるだなんて。それに先ほどの魔法は一体……」
衝撃を隠しきれてない声音で、ジークフリートが尋ねてくる。ふふん、“五天” なんてもてはやされている人間がここまで驚いてくれるとは気持ちが良い。とはいえ、そんなに恐ろしい魔物だったろうか。
「これぐらいの相手ならお山には何体かいたし、倒したこともあるけど。さっきの氷の刺突は魔法じゃなくて、アタシの剣技よ。驚くようなことじゃないわ」
「冗談じゃない! 武具へのエンチャントと、そこからの属性技を併用できるなんて魔法の中でもトップクラスの技能だ。それをあんなに軽々と扱うだなんて普通じゃない!」
人に向かって普通じゃないとは失礼な。
「アンタたち “五天” だって普通じゃない力を持っているんでしょ? ならアタシが持っていてもあり得なくない。じゃ、アタシちょっと喉乾いたから」
こちらの反論に開いた口が塞がらない様子のジークフリートを放って置いて、とりあえず水分補給に向かうアタシであった。
アクシデントは起きたが、試験相手の魔物は倒した。第一試験は突破したはず。……よね?




