第二話 サムライ令嬢、街で絡まれる
ここ、王都〈リッターシュタット〉は、アタシたちが住むこのバルトゥング王国の首都だ。千年前にこの土地を支配していた邪悪な王を打ち倒した五人の騎士が興した町が始まりとなって、そこから王国まで成長した、その中心部。正真正銘剣を振るう者が集り、学ぶための都市。
「覚悟はしていたけれど、あり得ないくらい広いんだけど……。お山も領地ぐらい広かったのに、その三倍はありそう……」
そんな広大な都市の路地を、アタシはとぼとぼと歩いていた。地図は宿の主人にもらったのだけれど、上手く読めない。大まかな方向が分かれば大丈夫だと思ったが甘かった。
かれこれ数時間ほど迷い続けている。諦めて宿に帰ろうにも、それも怪しいぐらいは歩いてる。どうしようかしら。
「なんだか疲れちゃったわ……」
手近なベンチに座り込み、思わず空を仰ぐ。
足は全然動くが、気持ち的に割と激しく落ち込む。お山を出てもなんとかなる、なんとかすると意気込んでいたのに初手からこの街で暮らすのが不安になってしまっている。
「こんなんじゃ復讐なんて夢のまた夢、よね。しっかりしないと」
「復讐がなんだってぇ?」
「!」
耳にへばりついてくるかのような、ねちっこい気色悪い声。掛けられると同時に、滲む殺意に体が勝手に動いていた。素早くベンチから飛び退き、身構える。
「おいおぃ、んな警戒すんなよなぁ。怪しいもんじゃねえからよぉ」
「鏡を見てから言いなさい。純度百%の不審者じゃない」
路地の暗がりから現れたのは、筋骨隆々の大男だった。綺麗に剃られたスキンヘッドとそこに剃り込まれた刺青がその威圧感を水増ししている。明らかに真っ当な側の人間の雰囲気ではない。
「復讐だなんて呟いてる嬢ちゃんに言われたかねぇがなぁ。腰にもそんなごつい剣なんてぶら下げて、どこぞの没落令嬢がお家の敵討ちってかぁ? その剣を対価に依頼を受けてやってもいいぜぇ。それか身体で支払ってくれてもいいけどなぁ!」
「アンタには関係ないからさっさと消えなさい。さもないと、そのよく回る舌ごと首を切り落とすわよ」
腰を落とす。刀の柄に手を掛ける。
「はッ! 威勢のいい嬢ちゃんだ。けどなぁ、俺はこの王都じゃあちっとは名の知れたギルドに所属してんだぜぇ。そんなんでビビるかよぉ!」
スキンヘッド男が拳を握り、構える。確かに様になっている。戦い方を知っている人間なのだろう。けれど、そんなことは問題ない。なぜなら、アタシのほうが強い。
深く息を吸う。研ぎ澄ませた意識を心の奥まで潜らせて、"扉" を開ける。
「我流剣術、攻術」
「おらぁ!」
大男が突っ込んできて拳を振り抜く。かわせる。拳がこちらを捕える前に回り込むようにしてかわす。
空を切った打撃が、代わりに直撃した石壁に大きな亀裂と穴を生んだ。言うだけあってなかなかの膂力だ。当たればひとたまりもなさそう。当たれば、の話だが。
隙を晒した男の側面に着地すると同時に、速くそして鋭く、鞘から刃を滑らせる。狙うのはその太い腕の関節部分。
「弐の型、"勾牙"!」
「なっ!? ぐ、ぅう……てめぇ……!」
急な弧を描くように、男の伸びきった腕の関節へ刀を打ち込む。狙い違わず鈍い打撃音とともにその一撃は男にダメージを与えることに成功した。
武器持ちや、純粋に力が強い相手に使う技で、お山では熊などによく当てていたものだ。コイツより熊の方が強いけれど。
「これでわかったでしょう。アンタじゃあ、勝てないわ」
「ちっ。言うだけのこたぁあるみてぇだな……。面白ぇ嬢ちゃんだ、覚えておくぜぇ」
「忘れてくれて構わないわ。お互いにね」
捨て台詞を吐きながら路地の暗闇に消えていく大男を見送り、その姿が完全に見えなくなり気配も失せてから、改めて刀を鞘に収めた。
「はぁ……疲れたわ」
もう一度ベンチに座ってため息をつく。さすが王都。変なのがいたものだ。これからは気を付けないと。
「……で? アンタも出てきたら? もし用がないのなら、どこかに行ってちょうだい」
「驚いたな。恐ろしい勘の良さだね」
先ほどからアタシと大男が対峙しているのを、近くの家屋の屋根から覗き見ている視線を感じていた。半ば当てずっぽうで声を掛けてみたが、どうやら大体の方向はあっていたらしい。
屋根の上から身軽な動きで降りてきたのは、一言で表すと優雅な雰囲気をまとった美少年だった。着ている衣服からして相当なお金持ちだ。それに身に付けている武具も立派なもの。しかしそれ以上に。
(この男の子、強い……!)
先ほどの大男には微塵も感じなかった強い警戒心が、心臓の拍動を数段階はね上げているのがわかる。
戦って、みたい。手合わせしたい。
「おっと。好戦的だね。そんな恐ろしい笑顔を向けられたのは初めてだよ」
「っ。ご、ごめんなさい、初対面の相手への行動ではなかったわね……」
知らずのうちに刀に添えていた手を引っ込める。いけないいけない、我慢しないと。お山での修行でも、むやみやたらと刀を抜くなと、師匠には怒られたっけ。
「こほん。それで、なんの用なのかしら? アタシ、忙しいのだけれど」
「それはそうだろうね。アレだけの剣の腕なのだし、差し詰め目的は騎士学園への入学だろう?」
大男への一振りである程度こちらの力量を見切ってきたつもりか。確かにこの少年の力量なら、それぐらいはできそうだ。
「だったらどうだっていうの?」
「提案があってね。僕が君の入学を推薦してあげるから、依頼を受けて欲しいんだ。頭は回る方だろう? 決して悪い提案じゃないと思うんだけどね」
「ありがたいお誘いね。でもお断りするわ。アタシは、自分の力で上を目指したいの」
「なるほどなるほど。嘘、だね?」
む……。丸っ切りの嘘でもないのだが、真の目的はその先、国への復讐にある。だがそんなこと他人に言えるわけがない。
そんな事情まで見抜いて発言してるのか、こちらを見据える少年の瞳の底は知れない。とはいえ、王都に来たばかりで見知らぬ人間と協力関係を結べるほど、アタシは他人を信じてはいない。
「残念だけど、答えは変わらないわ。ちゃんと入学試験を受けて門戸を叩く」
「フられてしまったね、残念」
「フってはないでしょ」
「はは、キレのいいツッコミをありがとう」
なんて言いつつも、少年の目は笑っていない。冷たく、涼しく、どこか遠くを見つめているような。
「でも忠告しておくよ。騎士学園の入学試験は毎年波乱まみれでね、今年も危なそうなのが何人も集っている。君でも勝ち抜けるかわからないよ?」
「ご忠告痛み入るわね。むしろ楽しみよ」
これは嘘や虚勢ではない。お山では獣相手にしか刀を振るったことはない。師匠との手合わせを除けば、先ほどが初の対人戦闘だったほどだった。呆気なかったけれども、アタシは確かにワクワクしっぱなしなのだ。
「本当に好戦的だなあ。でも面白い、僕も楽しみにしておくよ。君がどこまで戦える人なのか、改めて見極めさせてもらうとしよう」
そう言い残して、強そうな美少年は来た時と同様の軽々とした身のこなしで、家屋の屋根伝いにどこかへ去って行った。
「…………。王都ってほんっとうに変なのが多いのね。前途多難みたいだわ、師匠……」
精神的にどっと疲れてしまい、その日は散策を打ち切ってなんとか宿に帰ると、ぐっすり眠ったのだった。




