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サムライ令嬢、抜刀!  作者: 藤平クレハル


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第一話 サムライ令嬢、人を助ける

「……行ってきます、師匠とうさん


 領地を襲われたあの夜から、早くも十年の月日が経っていた。小さかったアタシは背も髪も伸びて、十六歳となっていた。


 命を救ってくれただけでなく衣食住の面倒を見てくれた青年、ミヤモトは流行り病に罹って亡くなってしまった。息を引き取る前夜に王都で騎士学園に入学することを勧められた事もあって、アタシは半生を過ごした山を発つことにした。今日はその出発の日だ。


 師匠のお墓は、山の頂に生える、薄桃色の花弁を咲き誇らせる大樹の根元に建てた。


 墓石にお供え物を置いて、墓参りを終える。師匠が好きだった米から醸造されたお酒と、あんこの詰まったお饅頭。こんなものしか用意できなかったけど、気のいい彼のことだから笑って許してくれるだろう。


 僅かばかりの私物を詰め込んだ布袋を担ぎ上げ、腰には愛用の武器を差し直す。昨夜の雨でぬかるんだ山道を慣れた足取りで降りながら、今後の計画をもう一度口に出して反すうする。


「まずは王都まで出て……、それから貴族や騎士たちが集まる学園に入学する。それから力を見せつけて、最短で黒幕を見つけて仇を取る……!」


 そうだ。そのためにアタシは、師匠との修行の日々で、何者にも負けないだけの力と自信を得た。心技体を鍛え、知識を付け、武器を手にした。


「絶対に負けない、誰にも負けたりしないから。お空の上から見ていてね師匠」


 王都までは徒歩でも向かえることは地図から知っている。休息を取りながらだと、一日もあれば到着できるだろう。今のアタシならそれも難しくない。


「この山ともお別れか……」


 正直言って寂しい。事を成せば師匠の墓前に報告しに帰ってくるつもりだが、そもそも生きてそこまで辿り着けるかはわからないし、長い時間を過ごした場所だからこそ愛着も半端ではない。


 寂しがってもいられないし、ひとまずと脚に力を込める。次の瞬間。


「ふっ!」


 森を賑やかす木々が、まるで強風でも吹き荒れたかのような圧で大きく傾いだ。遅れて響く破裂音も、立ち込める土煙も置き去りにして、サクラは己の健脚でもって育った山を爆速で駆け降りていく。


「よし、この感じなら数時間で街道に出れるわね」


 山に住まう動物たちも唖然とするほどの膂力も、この六年間の修行で手に入れた力だ。毎日の基礎鍛錬と、師匠から受け継いだ特殊な修行法によるものだった。


 荷物や武器の重さも気にならない。流石にずっとこの速度は維持できないだろうが問題はない。あっという間に森を抜け、川を越え、青々と茂った草原を視界にとらえた。


「きゃああああああああ!!」

「あれは……」


  減速など忘れたかのように勢いそのまま草原に向かって跳んだ、まさにその時。悲鳴が耳に飛び込んできた。聞こえてきた方向を見ると、一台の馬車が何匹かの野犬に襲われているではないか。


「うーん、あれくらいなら自分で追い払えるだろうけれど、師匠なら絶対見捨てないわよね……。仕方ない、助太刀するとしましょう」


 着地と同時に足首を鋭く捻る。跳んだ勢いを失わせず、方向だけ変える。腰の武器に手を添えて大きくたわませた身体を前に倒し。


「―――ふっ!」


 一息で空を駆ける。馬車に爪を立てて扉を壊そうとする野犬の一匹に狙いを定め、武器を抜き放った。


 スゥっと、音もなく獣の首と胴が分かたれる。地に足を付けた瞬間、続けて振るった一刀で近くの獣もあっさりと両断。さらに返す刀で周囲の数匹を断ち切る。


「残るは三匹か」

『ガァウ!!』


 激しく吠えたてる野犬が同時に襲いかかってくる。手にした武器を目線の位置に水平に構えて、アタシは腰を低く落とした。


「我流剣技、反撃術(カウンター)


 師匠から教わった戦い方を思い出しながら武器を振るう。基本的な型を体に叩き込むことで、どんな状況でも同じ動きで正確に技を出せるのだと、彼は言った。だからこんな体勢からでも―――。


壱の型(ファーストフォーム)、"合鋏(あわせばさみ)"!」


 突撃してくる野犬の速度を、こちらの速度に乗せる。構えた刃を敵に押し当てるように一歩踏み込む。それだけの動きで、敵全てを斬り伏せた。武器を仕舞い、止めていた息を吐き切って残心を解く。


「あ、あの!」

「?」


 唐突に後ろから声を掛けられて内心びっくりしてしまった。危うく武器を抜くところだった。振り返ると、そこには馬車からおずおずと顔を出す男女の姿があった。身なりを見るに、ある程度の裕福な人物たちであるらしい。


「魔物を討伐してくれたのは貴女、ですよね……? ありがとうございました!!」

「え、ええ。でもそんなお礼を言われるほどのことかしら。それに魔物って……ただの野犬でしょう?」


 首をかしげるアタシに、身なりの良い男女は二人揃って目を丸くしながら驚いた様子だった。


「と、とんでもない!」

「そうです、これはれっきとした魔物です! 最近、街道を騒がせているグールドッグですよ!?」

「ま、魔物?」


 そんなまさか。魔物というのは、この世界に溢れる魔力を受けて進化する、魔化というのだが、ともかくそういう経緯で凶暴な姿に変わった野生動物の総称だ。修行の一環で戦ったこともあるけど、こんなに弱くはなかったはず。


 けど、二人が嘘を言っているようには見えない。ならこれもある種の魔物だったのだろう。まだまだ世界は知らないことばかりのようね。


「それにこの魔物の脅威性は、死んでも蘇るその不死性にあるのに……。全然蘇る気配がない。失礼ですが、聖別された武器でもお持ちなのですか?」

「せいべつ? いいえ、アタシの武器はこれよ」


 そう言ってアタシが()()()()()()()()()()()を、二人は物珍しそうに凝視した。


「珍しい形をしていますね? 剣の一種のようですけど……」

カタナというのよ。薄く鍛えた鋼でできていて、丈夫な上に切れ味抜群なの。刃の部分に薄く桃色の刃紋が入っているのがチャームポイントよ」

「は、はぁ」


 これは、師匠の助けはあったものの、アタシ自身で一から鍛えて作った武器だ。それだけによく手に馴染み、思い通りに振るうことができる最高の逸品である。一通りの武器は修行で触ったけど、師匠と同じこの武器が一番しっくりきた。


「武器もさることながら、貴女自身も相当な使い手のようだ。改めて命を救っていただき、感謝します。私はアイゼンで、こちらは妻のフェーレです。王都で行商を営んでいまして、帰る途中だったのです」

「本当にありがとうございます! なんとお礼をしていいやら!」

「そ、そんな。アタシは別に……」


 とてつもなく照れくさい。別に感謝してほしくて助けたわけでもない。誰かが理不尽に犠牲になるところをもう見たくなかっただけだ。なりゆきだ。


「あ、そうだ」

「?」


 ―――程なくして、アタシはゴトゴトと進む馬車の気持ちのいい揺れの中にいた。王都に向かう途中だからとお礼を断ろうとしたら、二人がそれなら送らせてくださいと申し出てくれたのだ。お礼はいいと言いながら話に乗るなんて、我ながら虫のいいことだわ。


「そうだ。失礼でなければ王都に向かう理由をお聞きしても?」

「ええ、王都にあるという騎士学園に入学しに行こうと思っているんです」

「騎士学校に!? しかし、その格好だと少し困るかもしれないですね」

「だ、ダメかしら?」


 格好が何かおかしいだろうか。確かに、薄い布で織っただけの簡単な衣服だし、子どもの頃に着ていた豪奢なドレスとは比べるべくもないが、それでも着心地の良い一張羅なんだけど……。


「ダメではないんですが、その、騎士学園は王国貴族のご息女が大勢通われているのです。平民の出といえどある基準の身なりは要求されると思いますわ。もちろん貴女の腕なら入学は問題ないでしょうが、ああいった方々は見栄えという物も重視されますもの」

「アタシは平民ってわけじゃ……いえ、それはどうでもいいけれど。困ったわ。服はこれ一着しかないのよね」


 実際問題、領地を失った今は元貴族と呼ぶべき状態だし、後ろ盾の無い平民とほとんど変わらないのは事実だ。


「ではこれもお礼ということで。いいわよね、あなた」

「そんな、服まで……しかもこんな良いものを……」

「ほほう。見る目がお有りのようですね。確かにこれは王国有数の機織り師が特殊な素材から編んだ一品です。しかし、私と妻の命の恩人の助けとなるのなら本望です。それと、王都に着いたら〈安息亭〉という宿に向かうといいですよ。宿の主人とは古いなじみですから、紹介状を一筆したためておきましょう」

「ほ、本当にそこまでしてもらわなくてといいのだけれど……」


 なにか裏でもあるのかと思いたくなるほどに厚意を尽くしてくれるアイゼンとフェーレにアタシは困惑しながらも、そうして無事に、日が暮れる程の時間には目指していた王都に到着することができた。


「はふぅ……。柔らかいベッドなんて何年ぶりかしらね……」


 もらった紹介状のおかげか、あり得ないくらいすんなりと宿の一室を借りることができた。しかも小切手が同封されていたらしく、まさかの一年間タダで泊まれると言われて仰天した。


 宿の主人の反応からしても、あの夫婦なかなかやり手の大商人だったみたい。でもだとしたらなぜ護衛もつけずに街道を……?


「まあ、今はいっか。そんなことよりも入学試験は五日後だし、明日は色々準備をして回ろうかしら……」


 疲れがどっと押し寄せてくる。とりとめのない思考はそのまま深い眠りへと落ちていくのだった。

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