幕間 信じる者と狂える者
水が滴る音。
野生の小動物が這い回っている不快な振動。
それだけでなく、ジメジメと湿った空気が場を暗く澱ませている。
そういった負のオーラ全開の場所でありながら、それでもなお凌駕するほどの負のオーラを持った集団がそこを根城としていた。
曰く、社会の爪弾き者。
曰く、怪しいカルト集団。
曰く―――、魔王復活を願う狂信者。
世間ではそう呼ばれるような人間たちが、狭苦しい洞窟内で一人の人物を囲んで、ひしめいていた。
「どうなっているのだ、司教アルマロス!」
「そうよッ! あの娘は、私たちの仲間になるべき存在。だから引き込めと、そういう話だったはずよねぇ!」
「それがなぜ襲撃した挙句、例の娘に返り討ちにされ宣戦布告などされることになるのだ!?」
口々に疑問や不満を騒ぎ立てるローブ姿の信徒を前に、司教と呼ばれた女性は煩わしげに片手を振って答えた。
「告げたはずですよ? 確かにあの女の子は、仲間にしておく必要がある。魔王様を復活させるためには。けれど、先走ったのはわたしの関知するところではないのですよ。独断専行した主犯は、既にわたし自ら手を下しました。あなた達もこれ以上騒がないようにお願いしますね?」
声音はあくまでも聖母のように甘く優しく。しかし、一言一言に込められた濁りなき純粋な "力" を前に、狂信者たちはすぐさま口をつぐんだ。
司教アルマロス。そう呼ばれた彼女は、悪魔のような見た目の女性だった。というのも、頭部から生える一対の蒼い角と、尾てい骨のあたりから伸びる鱗に覆われた細長い尻尾。
実際は竜人族なのだが、纏うオーラも相まってその見た目は対する者に悪魔を前にしたかのような威圧感を与えている。
「こ、ここかなあ?」
「…………誰ですか?」
狂信の徒が跋扈する薄暗いアジトに響く柔らかく幼い声。その持ち主である金髪紅眼の幼女―――ルキフェリア=ドラクリヤは、おどおどと見回しながら、その場に足を踏み入れていた。
「何者、ですか?」
「あっ! やっと見つけたよ、アルマロス。こんな所にいるなんて、探すのに骨が折れたんだから。困ったもの、だよね」
まるで知り合いであるかのように喋るルキフェリアに、警戒していた信徒たちはホッとして空気を緩める。しかし、当のアルマロス本人は怪訝そうに首を傾げていた。
「何を言って」
「後は、お願いね。お姉ちゃん」
次の瞬間。爆発と破壊の嵐がアジトを内側から崩壊させた。
身を守る術を持たない多くの信徒はそのまま爆風に吹き飛ばされ、あるいは崩落する瓦礫の下敷きになってバタバタと倒れていく。
「はあ……。後片付けが面倒なのですけれど。あなた…… “天遺無倣” さんですよね?」
「はッ。今の一撃で無傷とはネ。どういう仕掛けだイ?」
瓦礫の山と化した洞窟だったはずの場所で、涼しい顔で立ち尽くすのは、アルマロスと、ルキフェリアから交代して姿を変えたディアナレナの二人のみ。
「ただの狂った奴らのリーダーかと思っていたけド。これは評価を改めないとかナ」
「狂っているなど酷い。それに、狂っているのはあなた達では?」
「なんだト?」
アルマロスは、心の底からの哀しそうな顔で頬に手を当てながら頷き始めた。
不気味に感じつつも、ディアナレナは血の粒子を剣と成して手に握る。
「己が指導者を討ち滅ぼしておいて、その功績の上に胡座をかき。それでいてその痕跡は恐れながらかき消そうというのですから」
「オマエ……なにを知っていル? 否、まさかその物言い、竜人族の寿命ならまさカ……」
「黙りなさい小娘風情が」
紙一重だった。
放たれた極小の矢尻は、間一髪でディアナレナの眼前で阻まれる。展開された真紅の粒子がその狙撃を受け止めていた。
「さすが吸血族の姫君ですね。良い腕です。……が、わたしと闘るには力不足、でしょうか」
「まさか伝説に名高き “涅槃の蒼竜” が信徒共の頭目とハ………。アルマロスなど偽りの名だろウ。なア、シルスヴァティン=ウルザルブルンッ!」
「その名で呼ばないでくださいね。殺しますよ?」
静かな殺気が場を掻き乱す。
大抵の種族よりは長い時を生きているディアナレナですら身をすくませる程の圧。それはまさしく、魔王と同じ修羅の時代を生きた古強者だけが持つ自然体に過ぎる戦いのオーラ。
「“始祖武具”〈◼️◼️◼️〉開演してください」
「“始祖武具”〈自在変夜〉開帳!」
二つの強い力が拮抗し、ぶつかり合う。常人ならば余波だけで気絶するほどの衝撃波が辺りを地形ごと揺らし、打ち砕いていく。
「貫ケ。ゲシュタルト・アイン、“カズィクル・ベイ” ッ!」
鮮血の粒子が螺旋を描き、激しい火花を散らしながら高速で回転しながらアルマロスへ襲いかかる。対して彼女は、手にした大弓へ水の矢を番える。
キリリと引き絞られ張り詰めた弦が、大きく揺蕩う。
「爪弾きなさい。第二楽章・“|急流たる流水《ストルース:ストレット》”」
細く絞られた水の流れが急激に加速して矢のように射出される。血の螺旋とぶつかり合い、そして、打ち勝ったのは。
「か、ハッ……」
「思ったよりも脆いのですね。姫君」
か細く見えた水の矢は螺旋の勢いを内側から貫き、そのままディアナレナの肉体を、臓腑ごと穿っていた。
膝から崩れ落ちる幼女を見下ろしながら、アルマロスは優しく微笑む。まるで慈悲深き聖母のように。
「あなたにはしばらくの間大人しくしておいてもらいますね? もうそろそろ、あの子がわたしの元に来るのですから」
「く……覚えていろヨ……」
遠のいていく意識の内で、ディアナレナは内側を通じて繋がっているルキフェリアの意識へ、なんとか託すことができた。
―――サクラの身を守れ、と。




