第十五話 学園生活、魔王のおとぎ話
気分良さげにスキップしながら前を行く吸血族の少女、ディアナレナを見ながら、アタシは学園の中でも人気のない資料管理棟の区画を訪れていた。
ほとんどが日陰に入っていて、とても涼しい。普段からあまり人が立ち入らないのか、辺りは雑草が伸びまくっている。
「ねえ、先輩。どこまでついて行けばいいのかしら」
「ふふフ。もう少しだから、辛抱しなヨ。ほら……着いタ」
そう言ってディアナレナが指さしたのは、校舎の陰にひっそりと佇む古小屋だった。
軋む扉を押し開けて入ると、中は見た目同様にボロボロで埃塗れだった。家具もほとんどなく、中央にある朽ちかけのテーブルのみ。その上には一冊の古書が置かれている。
「さア、座りなヨ」
「え、ええ」
勧められるままに穴だらけのソファに腰を下ろす。座り心地はお世辞にも良いとは言えないが、今はそんなことよりも聞きたい話がある。
「それで、さっきの話なんだけど」
「うんうン、気になるよネ。どこから話したものか迷うけれド……、まずはこれを見てくれないかナ?」
「それって―――」
ディアナレナが取り出した武器を見て、アタシは息を呑む。なぜなら、それは錆や苔に覆われていようとも見間違うはずがない、どう見ても刀と呼ぶべき武器だったからだ。
「わかるみたいだネ。これぞ魔王の剣、銘を〈ヴェルトフレッセン〉といウ」
「だからそれよ。その魔王って、いったい誰なの? なんか 初代の “五天” と関係があるみたいだけど……」
ディアナレナはそこからかーというような呆れた顔をしたが、仕方ないじゃない。ずっとお山で修行していたから、そんなおとぎ話に触れる機会なんてなかったのだから。
「この世界に生きる者で魔王のことを知らない人間なんて貴重だけれどねエ。魔王とは、かつてその圧倒的な戦闘力で混乱する世界を治めていた存在サ。もちろん、武力だけでなくとても賢い王でもあったから、色んな種族をうまく束ねていタ」
「ふうん。って、聞く限りだといい王さまじゃない。なんで魔王だなんて呼ばれるようになったのよ?」
「人の世の常かナ。どうしたって、強くなれば恨まれるものサ。ある時、魔王は……彼女は側近に裏切られ、伴侶を殺されたんダ」
そんな……悲しいことがあったとは。遥か大昔の人物相手ではあるが、ふとそんな感傷的な気持ちになってしまった。どこか他人事ではないような―――。
「そうして復讐の怒りに呑み込まれた魔王は、己の持つ全てで以て、初代 “五天” との全面戦争に踏み切ったのサ。そこから先が、御伽噺として語られる勇者と魔王の戦い、伝説の一ページというわケ」
「なるほどね……。で、最後に魔王は倒されて死んでしまったのかしら」
そう尋ねると、ディアナレナはニヤリと楽しげな笑みを浮かべた。
「伝承ではそうなってル。けれど、大おばさまは凄かったからネ♪」
「……まさか、勝ったの? "五天" 全員を相手にして」
「そのまさかサ! そればかりか、自分の家族や配下の安全すら守り通して、彼女は満足げにこの世を去ったんだヨ」
それは……。
それは、アタシが望む未来そのものなのかもしれなかった。復讐心に侵されながらも、その先にある安息を得られるのならば――――――。
「サクラ?」
「……ううん。それで、アンタが言う、アタシが魔王の後継者ってのはなんなのよ。言葉通りの意味ってわけじゃないんでしょう?」
うン。話すと長くなるけど、と、言葉を続けようとしたディアナレナが突然左腕を素早く天井に向けて掲げた。かと思えば、腹の底まで震わせるほどの爆発音が小屋全体を凄まじい勢いで揺らした。
「な、なに!?」
「はア……。こんなところにまで現れるようになったとは、嘆かわしイ。ひとまず話は終わりダ、サクラ」
「だから何が起きてるのよ!?」
「決まっていル。敵襲ダ」
小屋ごと吹き飛ばしそうなほどの衝撃を意にも介せず、ディアナレナは掲げた左手を振り下ろした。
「がァあああああああああああああああ!?」
「悲鳴……? 今度はなに!」
「外に出るゾ。敵の無様を拝みに行こウ」
ディアナレナに続いて小屋から出ると、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
静かだった中庭では、黒いローブを羽織った十人ほどの人間が深紅の粒子についばまれ、悲鳴と血飛沫をまき散らしながら転げ回っていた。男女の別だけでなく、種族もばらばらなように見える。
「こいつらはネ、狂信者どもだヨ」
「狂信者……? なにを信じているっていうの?」
「それはもちろん “魔王” サ。死してなおその影響力は大きいという訳だネ」
確かに世界を相手にしてすら勝つことができる程の力は、多くの者を惹きつけてやまないだろう。だけど、そんなことは彼女は……魔王は望んでいないのでは?
「言いたいことは分かるけれド、こいつらには関係ないのサ。所詮、己の無力をなにかに擦り付けたいだけの存在ヨ」
「なんでそんなのに襲われないといけないのよ」
「言ったろウ? サクラが後継者だから、だヨ」
なんだそれは。まさか、アタシを担ぎ上げて狂信活動に精を出すつもりなのだろうか。冗談じゃない。
「ふざけないで。アタシは誰のためでもない、自分自身のために戦うわ。顔も知らない誰かにアテにされても知ったことじゃないんだから」
「ふははハ。それでこそだヨ、サクラ! それで良いとモ。剣は預けるよ、使いこなしてみたまエ♪」
そう言って、ディアナレナが魔王の剣とやら、〈ヴェルトフレッセン〉だったかを、投げてよこしてくる。いやいらないんだけど。
「くそォ……憎き勇者の末裔、“五天”! ここで討ち滅ぼし、魔王様復活の贄としてくれる!」
「はッ。やられるものかヨ!」
「黙れ、この禁呪をもってすれば!!」
「禁呪ですって?」
最近耳にしたばかりの不穏なその言葉に身構えるも、狂信者の一人が禍々しい人形のような物を天に捧げる。
それはみるみるうちにドス黒い瘴気を垂れ流し始め、ローブ姿の人物を呑み込んだかと思えば、召喚陣をその場に描いた。
「ちッ、気味の悪いものヲ!」
瞬く間に顕れたのは異形の怪物。両腕と体中から大鎌を生やし、こちらを睥睨してくるのはまるでバケモノのカマキリといった異様の魔物だった。
【おねーちゃん。わかってるよね、これってこの前のアレだよ。禁呪、“融合” だ】
「……ああ、そう。あくまでもアタシの前に立ちはだかるのね、魔王さまってヤツは。いいわ、それなら全部まとめてぶっ飛ばす!!」
刀を抜き放ち、戦闘態勢を取る。周辺の校舎の窓ガラスを割るほどの負のオーラが魔物から放たれる。
「目覚めなさい、〈桜鐵〉ッ!」
両手で構えた刀に、桜色の燐光が奔る。呼吸を整えて極限の低姿勢から前へ踏み込むと同時に、光が転じて炎の刃と化した〈桜鐡〉を巨大カマキリへ突き込む。
【Ooooooooooooooooooo!!】
「炎の毒、蛇の一噛みで爆ぜなさい! 模倣攻術、"火狩蛇"!!」
突き刺した刀身を捻り、一気に振り切る。
切先から迸った火の粉が魔物の表皮上を舐めるように駆け巡り、最後には誘爆。その巨躯を焼き尽くした。
「ぐ、ぁ。さ、さすがです魔王様の後継の方……」
「黙りなさい! アタシは魔王なんかじゃないし、なるつもりもないわ。だけどアタシの邪魔をするなら相手が誰だろうと、全部まとめて斬り捨てるっ!!」
ああそうだ。心の中で燃え燻る、この復讐の焔は誰にも止めさせない。たとえ相手が魔王だろうが、神だろうとも絶対に。
「良い啖呵だネ。でもまあ、今のところは誰かが来る前に立ち去ろうカ」
「………ええ」
幸い、今の一撃で狂信者たちは蜘蛛の子を散らすように姿を消していた。
ディアナレナに促されてその場を後にしたが、宿に帰り眠りについてからも。
アタシは―――、ざわついた激情を飲み込みきれずじまいだった。




