第十三話 学園生活、ミステリアスな先輩
「えっと……」
「あ、ごめんなさい。ちょっと見惚れてたわ」
「ほえ? み、みとれ?」
うーん……。この女の子、見た目の派手さとミステリアスな雰囲気とは裏腹に随分とホワホワと頼りなさげ。誰なのだろう。
「そ、そうだ、ごめんね。名乗ってなかったね。あたしはルキフェリア=ドラクリヤ。〈リッターガルテン〉の二年生、なんだ」
「あら。先輩だったのね、ごめんなさい。アタシはサクラ。一年生よ」
「ううん。気にしないで。よく、歳下に間違えられる、から」
まあ、この見た目なら仕方ない。ヴィも大概幼い見た目だと思ったが、この先輩はさらに上をいく小ささだもの。色々と。
「こほん。それで、そんなにアタシの顔色悪かったかしら」
「う、うん。なんだか今にも倒れるか、叫びそうな、顔だったよ?」
「……そっか。もう大丈夫よ、お気遣いありがとう、ルキフェリア先輩」
「ふふ。長いでしょう? ルキで、大丈夫だよ」
礼を言うと、ルキフェリア改めルキはホワッとはにかんだ。掴みどころのない不思議な人だけど、嫌な気持ちに全くならない。
「あっ、もうこんな時間。そろそろ、行くね。また、学園で会ったら、よろしくね?」
「ええ。またね、ルキ先輩」
「うん!」
そんな風に慌ただしく走り去っていくルキに手を振りながら、アタシは彼女が一冊の本を落としていったことに気がついた。
「っと、ドジな先輩ね。――――――!」
今度返しておこうと思って、その本を拾い上げたアタシはそのまま固まった。本のタイトルに、そこに記されているはずがない文言が入っていたからだ。
掠れて薄くなっている刺繍で、こう記されていた。
【始祖武具研究概論 〜鍛治の英雄・ウルカヌスの功罪〜】
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「あれれ、どうしたのサクラさん? 今日は学園もおやすみだよ??」
「ええ……。そうなんだけどねー。勉強が行き詰まっちゃって」
王立図書館〈ヴァイスハイトハイム〉に行った、次の日。
アタシはルキが落としていった本を鞄に入れたまま、何をするでもなく学園に足を運んでいた。あの本のタイトル、なんで先輩があれを読んでいたのか会って問い詰めたいと思ったのも事実だが……。
中庭でのんびりしていたルルミラとたまたま出会ったから、尋ねてみることにした。
「ルルミラ、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん〜。どうしたのん、改まっちゃってさ」
「アンタ、ウルカヌスって英雄のことを知っているかしら?」
瞬間、思わず刀を取ろうかと思った。ルルミラの冷たく底冷えのする視線は、それだけの敵意を感じさせるものだったのだ。
「―――その名を、どこで知ったのかな。サクラさん?」
「ど、どうしたのよルルミラ。この名前がなんだって……」
「そりゃあ、当然だろうサ。その名は禁忌。この国に生きる者なら、誰しも避ける名なのだからネ」
緊張の走る場に新たな声。視線だけ動かして横を見ると、そこに立っていたのは、体型こそ大人びているが、図書館で出会ったルキと瓜二つの金髪紅眼の女性だった。
「うげ」
「うげ、とはご挨拶だネ」
「……ルルミラ、誰なのかしらこの人。強いってのは、見たらわかるわ」
「へエ。わかるんダ、サクラ=ミヤモト」
なんでアタシの名前を。いや、そんなことよりも、さっきから周りの人の気配がまったくない。いくら休みの学園といえど、あり得ないほどに静かすぎる。
それは恐らく、目の前のルキとよく似た女性の仕業だろう。タイミングが良すぎる。そして、ルルミラのこの反応からして、強者なのも間違いない。"五天" の情報にも詳しかったくらいだしね。
「そういえば、名乗らなければネ。アタイはディアナレナ=ドラクリヤ。“霧の五天”、槍使いの吸血騎士。ねえ、一つ手合わせしておくれヨ」
「!」
まさかそのものとは。そして自ら名乗ったということは、すなわち挑戦状の意。
反射的に、アタシは刀を構えていた。鞘から抜くのでは間に合わないと、抜かずに前へ。直後、見えない何かに殴りつけられたような衝撃に殴り飛ばされた。
「くっ……」
「反射神経は及第点ネ。なら、次は防御力ヲ」
「アンタも “五天” とはね。どうして、ルキとそっくりの顔をしているのかしら。それに吸血騎士って……」
「おしゃべりはここまデ」
再度放たれた不可視の攻撃が足元の石畳を砕いた。今度こそ、鞘から刀を抜く。
【おねーちゃん、気を付けてね。あの子、これまでの子たちよりもいっそう強いよ】
わかってる。放たれる力のオーラの密度が尋常じゃない。ラヴァナやジーク、ヴィも強者の格を感じさせたけれど、このディアナレナという少女はそれ以上だ。
「いくヨ」
ディアナレナが突っ込んでくる。ぱっと見る限りは徒手空拳。脅威は感じないし、普通なら刀で防いだろう。けれど、本能が訴えてくる。受けてはいけない、と。
ぐわっと開かれた、ディアナレナの五本の細指が、かわしたアタシの真横を通りすぎる。ただの空振り。のはずだった一撃は、しかし、爆音とともに空間を削り取った。
「っ!? な、なによそれ……!」
「ふはッ、こんなもの序の口だゾ。そら、次々」
ディアナレナの体勢が、天地逆転する。不安定な姿勢からの開脚回し蹴り。刃を当てれば、脚を切ってしまう。ここは刀の腹で受けて―――。
「甘イ!」
「か、はっ」
判断を迷ったせいで、しなやかに振り抜かれた蹴りが直撃する。胃の中の物が逆流しそうになる不快感に耐えながら、衝撃を利用して間合いを取る。
「今の、蹴り……。さっきみたいな威力がなかったわね。手を抜いたのかしら?」
「ふはは、こんなにあっさり終わってしまっては面白くないからネ」
「言ってくれるじゃない!!」
相棒である刀を握る手に力を込める。気が付けば、近くにいたはずのルルミラの姿もない。どうやら全力での手合わせをご所望らしい。その期待、応えてあげようじゃない。
「やるわよ、〈桜鐡〉!!」
【元気だねえ、おねーちゃん。でも、うん、やろうか】
全身に気合いを巡らせる。深呼吸の後、浅く息を吐きそのまま、鞘から抜き放った〈桜鐡〉を正眼の構えに持っていき、意識を相手に集中させる。
それに対し、ディアナレナは余裕の表情で、ニヤリと口角を上げた。
「あはッ。抜いたねえ武器ヲ。ではでは、アタイも見せてあげよっかナ。〈始祖武具〉、開帳。―――〈自在変夜〉」
闘いの舞台に、暗幕が降りる。




