第十話 学園生活、暗躍者との対峙
「っつ……、ここは……?」
明滅する視界を、頭を振って正常に戻す。
そこは、薄暗い場所だった。光と呼べそうなものはまばらに配置されている松明の炎のみ。限られた視界の中で辺りを見回すと、先ほどのセーフポイントにいた学生たちが地面に転がっている。
その中には、ルルミラやメイリンもいる。うめき声を上げているところを見ると、無事ではあるようだ。
【気をつけて、おねーちゃん。敵が、来る】
「!」
その声に一気に意識が冷えつく。
左手で掴んだ鞘から右手で刀を抜き放ち、青眼の構えを取る。右手をやや下に下げて切先と柄頭を水平に保つ、攻防のバランスに優れた構え。師匠から最初に教わった構えだ。
「―――くはは。良い反射、闘争心だ。さすがは二重発動すら使いこなし、 “五天” に黒星をつけただけのことはある」
「……何者?」
刀の声に続けて闇から姿を現したのは、闇より濃い黒紫色のローブを見に纏った長身の男だった。
頭部を覆う頭巾の陰から覗く瞳は、昏く澱んだ、なにか良くない鈍光を湛えている。それに全身から漏れ出ている殺意。それだけで尋常ならざる敵であることは明白だった。
「そういえば貴様は知らぬよな。私は学園監察第八位アウルス=アムクゥアである」
「学園の監察官……? そんな人間がこんな所でなにしてるのかしら」
「もちろん監察のためだよ。貴様というイレギュラーを見極め、排除する為になァ!」
目的は、アタシ? じゃあ他の生徒は巻き込まれただけってわけね。――――――ああ、そう。
「はぁっ!」
躊躇いなく踏み込み放った刺突は、しかし虚空を貫くに終わる。
「おいおい、いきなり攻撃してくるとは野蛮極まりないなァ。まるで伝承の魔王が如き攻撃性ではないかね」
いつの間にかアウルスはアタシの左側へ移動していた。まるで地面を滑ったかのような滑らかさ。不気味が過ぎる。
「……戯言はいいわ。今すぐ、アタシたちを外に返しなさい。少なくともルルミラやメイリン、他の生徒は関係ないでしょ」
「貴様とパーティを組んでしまった不運を呪ってもらうしかあるまいよォ!」
ギリィと奥歯を強く噛み締める。
このふざけた敵は、アタシの逆鱗に触れた。アタシは確かに復讐を果たさんとしている。けど、その道に誰かを巻き込むつもりは毛頭ない。これは最初から最後までアタシだけの戦いなのだから。故に。
「――――――ふぅ」
青眼の構えを解き、腰を低く落として、右手一本で握った刀を左腰に沿わせるようにして下段に。先手を取りつつ次の行動にも移りやすい、我流剣技の基本スタイル。
「くはっ。あくまでも私と戦うつもりかね? 身の程を知りたまえよ異端の少女。ここで学友諸共、地の底の染みと化すがいい!!」
ローブの裾を翻し、アウルスが左右の手に握った大小の細直剣を振るう。指揮棒のように宙に軌跡を描いたその切先が怪しく輝いたかと思うと、複数の魔法陣が展開される。
「これは試験の時の召喚陣……?」
「よく覚えていたなァ。しかし、私の本領はただの召喚にあらず! とくと拝めよ、これぞ禁呪騎士の秘技!」
予想通り、魔法陣からは昆虫型、獣型、植物型と、様々な魔物が這い出てくる。しかしそのどれもがこちらを見ていない。現れてすぐ、一直線にアウルスへ向かっていった。
「なっ、自殺でもするつもり!?」
「告げただろう、秘技だと! ――― “脚に獣の強靭さを。腕に異形の甲殻を。身体に植物の生命力を。背に大翼を。いざや器を満たせ、混沌で。この身は魔の坩堝なる器なればこそ”! 禁呪発動、“混成”ッ!」
詠唱し切ったアウルスの全身から暗黒の鎖のような物が幾本も飛び出す。それらは召喚された魔物を絡め取ると、そのままアウルス自身へ引き寄せ、さらにはその体へ魔物の肉体を縫い付けるように取り込み始めた。
「い、いったいなにをしているの……?」
あまりのおぞましい光景に思わず戦意が揺らぐ。取り込んだ魔物の数だけ、血飛沫のように魔素が零れ落ち、最終的にそれらはアウルス自身へ還っていく。そんな一連の蠢きが収まると、そこに立っていたのは先ほどまでのローブ姿の男ではなかった。
「…………冗談でしょ」
魔物は全て、一人の男に吸収された。
結果、現れたのは、獣の脚部と昆虫の甲殻に覆われた腕、さらには巨大な翼を背に携えている身の丈がこちらの倍はある異形の騎士だった。
『ふぅぅううううう。この結果なら、ひとまず上出来か。さて、凶兆たる黒髪の女よ。ここで死ねィ!!』
「くっ、ぅ」
咆哮、そして突撃。シンプルな一撃にも関わらず避けることができなかった。質量の重さとスピードが釣り合っていない。高速の重撃をもろに刀で受け、アタシはそのまま吹っ飛ばされた。
なんとか地面に刀を突き立てて、姿勢を安定させるも、追撃はすぐにやってくる。
二本の細直剣がギロチンのように振り下ろされる。刀を軸に身をひねり、ギリギリで回避。そのまま刀を引き抜いて、空中に逃れる。壁を踏み台にして反撃しようとするも、大翼の羽ばたきが生んだ突風で撃ち落とされてしまった。
「かは、っ……!」
【まずいわよ、おねーちゃん。あいつ、禁呪を上手く使いこなしている】
なんなのよその禁呪って。あの姿と力といい、絶対まともな手段じゃないけど。
【伝承の魔王がかつて持っていたという五つの力の一つ……。それが “混成”。アレはそのデッドコピーかな】
かつて魔王が持っていた力……。
「てか、なんでそんなことをアンタは知ってるのよ」
【さあね? それより、いよいよあたちを使いこなさないと、おねーちゃん死んじゃうよ?】
そんなことを言われたって。名前か。やはり名前がないとダメなのか?
悩んでいる暇はない。植物の蔓がまるでムチのように襲いかかってくる。刀で弾きながら距離を詰めようとしても、相手の俊敏さの方が上。簡単にはいきそうにない。
「どうする……!」
「避けて、サクラさんっ」
「!」
唐突に響き渡ったのがルルミラの声だと認識すると同時、指示通り地面に身を投げる。直後、鋭い風切り音とともに風の砲弾が駆け抜けていった。
それは異形の騎士に直撃したが、ダメージは与えられなかったようで、動きを止めさせるに留まった。
「ルルミラ、目が覚めたのね。今すぐみんなを連れてここから逃げなさい。アイツはアタシが相手するわ」
「冗談キツいっしょ!? あんなん “五天” 二人とかでもいないと倒せないって! いーから、サクラさんも一緒に逃げよ!」
少し、迷った。
彼女はアタシを心配してくれているのだ。一緒に逃げられれば、それがきっと一番幸せだろう。だけどそれはダメだ。
アタシが狙われて、それにルルミラたちは巻き込まれただけ。なら、アタシにはみんなを無事に逃すまで戦う責任がある。
「……そもそも。そのために、強くなったのよね。アタシは」
「え?」
「メイリン! ルルミラたちを任せたわよ!」
「サクラさっ、ぁ」
同じく目を覚ましていたメイリンが、ルルミラの背後から首筋に手刀を打ち込み気絶させた。さすがの身のこなしね。
「……ええんか。任せても」
「もちろん。また後でね。ルルミラによろしく言っておいて」
「チッ。死ぬんやないで、サクラはん!」
離脱していくメイリンを見送って、異形の騎士へ向き直る。あちらもちょうど暴風の拘束から逃れ、動きを取り戻しているところだった。
『涙ぐましい努力だなァ、凶兆たる黒髪。どちらにせよ無駄なこと。貴様を殺して、すぐに他の者も皆殺しだァ』
「黙りなさい。アンタはここでアタシが殺す」
『能わず。無惨に散れェ!!』
異形の騎士が再び動き出す。高速の突撃、そこに合わせて刀を水平に構えて迎え撃つ。我流剣技―――。
「反撃術、壱の型。"合鋏"!」
『ぬるい!!』
二人分のスピードを乗せた迎撃の一太刀だが、単純な膂力の差で押し切られる。激しい火花を散らして弾かれる刀をなんとか引き戻し、そのまま上段から打ち下ろす。
「っ。攻術、壱の型。"一文字"ッ」
『くらうものかよ!』
渾身の斬り下ろしも堅牢な甲殻に受け止められる。逆に密着した姿勢から蔓による殴打をもらってしまう。咳き込むこちらへ、二振りの斬撃で畳みかけてくる。
捌ききれない攻撃がどんどんこちらを刻んでいく。くらった数にしてはダメージが少なく済んでいるのは、着ている洋服の回復能力のおかげだろう。だが、このままではジリ貧だ。徐々に刀を持つ手に力が入らなくなっていく。突破口はどこだ、どこに―――。
『そろそろ終いにしようかァ!!』
「きゃああああああ!?」
【おねーちゃん!】
一瞬の隙を突かれて、防御の上から一気に押し込まれる。刀がついに手元から吹き飛ばされ、アタシの体も宙を舞う。
身動きを取れないその僅かな時間、異形の騎士から無数の触腕が飛び出す。その全てがこちらを串刺しにせんと蠢き伸ばされて。
「下手に動かないで。狙いが狂うわ」
「えっ?」
空中より仰ぎ見た頭上で。
稲妻が、瞬いた。




