第八話 学園生活、新たな友達?
試験の日から一週間が経って、学園からも正式に合格通知が届いた。入学するための準備も整えて、アタシは改めて〈リッターガルテン〉の正門前に立っていた。
悩んだ末、商人夫妻からもらった洋服はそのままに、支給された制服は上着として羽織った。行儀は悪いが、まあ構うまい。
「さて、と。ここから始めるわよ。アタシの戦いを」
そう意気込んで一歩踏み出したのだが。
「サクラさぁああああああん!」
「へぶぅ!?」
腰に鈍い衝撃。誰かに突進されて、アタシはそのまま地面へダイブしていた。誰かの攻撃か!?
「良かったよお〜! 無事だったんだねぃ!」
「って、る、ルルミラ?」
「そうだよっ。あの試験の後、すぐに救護班に運ばれていって会えなかったからすっごく心配したんだからねっ!」
そういえばそうか。アタシも気づけば宿にいたぐらいだし、観ていた周りのみんなからしたら消息不明扱いだったのも頷ける。
でも、こんなに心配してくれているとは、少し嬉しかった。
「というか、アンタもちゃんと入学できたのね。よかったじゃない」
「へへへ、もっちろん! あーしだって腐っても魔法騎士だからねん♪」
戦う力は十分ある子だと思っていたが、さすがだ。彼女とも一回手合わせしたいわね。
「そういえば! あれから、サクラさんの噂で持ちきりなんだからっ!」
「へ?」
またぞろ変な噂を流されてるのかしら。
その内容は、割り当てられた教室に入った途端に判明した。
「おまえがあの “五天” ラヴァナを倒したやつか! すげーよ、どうやったんだよ!」
「貴女どこの流派を修めていますの? あんな剣技見たことがないですわ!」
「それより、あんだけのダメージを受けてピンピンしてるなんてすげえタフだなお前!」
「え、えぇ……」
とりあえず悪い噂ではなさそうだったが、端的に言うと、どうやらアタシがエルフの王子に勝った話そのものが広まっているらしい。
今後のことを考えると、あんまり目立ちたくないんだけどなあ。
「あー、おまえらー。黙ってさっさと席に着けー」
多数の生徒にもみくちゃにされていたアタシだったが、教室に入ってきた教師らしき男性の一声でみな自分の席に戻っていった。助かった。
「ごほん。これからのプログラムについて説明するぞー。まず今日はこのあとに入学式、それから体力測定。そんで学園の案内ツアーだな。残りは帰宅とか自由にするといい。わかったなー?」
「ずいぶんと適当ね……」
「にゃはは、まあここはどこまでいっても騎士のための学び舎だからねん。お堅い学術院とは違う。だから、これくらい雑でもいーんじゃない?」
そんなものか。でも確かにごちゃごちゃと長ったらしい説明をされるよりはマシかも。
そんなこんなで、長い長い半日のプログラムが始まった。途中、とくにイレギュラーもなく終わり、アタシたちは夕方になってから解放されたのだった。
寄り道してから帰宅するらしいルルミラと別れを告げ、アタシはもう少しだけ学園内を見て回ることにした。
なんだかんだ、楽しかったと思えた。よく考えたら、これだけの人間と一緒に行動するのは初めてだ。子どもの頃は……どうだったかしらね。
夕暮れに染まる校舎を見つめながら、中庭のベンチに身を預けていると、無駄にノスタルジックな気持ちになってくる。いいや弱気になっている場合じゃない。アタシは必ず復讐を果たすんだから。
【おねーちゃん。誰か来るわ】
脳内に響いたのは名もなき刀の声。
ベンチの背もたれごしに振り返ると、夕暮れよりもなお紅い長髪をなびかせながら、覚えのある顔がこちらへ歩いてくるのが見えた。
それは試験で戦ったエルフ族の王子、ラヴァナだった。
「アンタは……。なんの用かしら」
「ちッ。やっぱ生きてやがったか、クソ女。あの時はよくもやってくれたなァ。改めて決着をつけねえか。誰にも邪魔されずに思う存分やろうぜェ」
「はっ、前は本気じゃなかったって? わざわざ負け惜しみを言いに来るだなんて、アンタも暇なのね」
「ンだと、てめェ……!」
ホントに挑発に乗りやすいわね、こいつ。というか、こんなところでやり合うつもりなんて考えなしにも程がある。
「オイ、聞いてんのかてめェ!」
「うるさいわね。今日は疲れてるから、また今度相手してあげるわよ」
「はァ!? 今すぐ相手を―――」
「おいおい。レディへの誘い文句としては落第点だよ。まったく、同じ “五天” として実に嘆かわしいね」
うげ。厄介な人間がもう一人やってきた。金髪碧眼の美少年、ジークフリート王子。そう表現するのは癪だけど綺麗なものは綺麗だから仕方ない。
「露骨に嫌そうな顔をしないでほしいんだけれどね、サクラ」
「アンタまでなにしに来たのよ、ジークフリート」
「関係ねェ奴は引っ込んでいろ、“聖霊騎士” サマ」
「それを言うなら、彼女は僕の獲物なんだ。君が引き下がりなよ “火天の魔法騎士”」
ううむ、なんだかよくわからないけど、二人とも火花バチバチね。この隙にアタシはお暇させてもらおうっと。
にらみ合う二人の男子を放っておいて、アタシはそそくさと中庭を後にするのだった。そうして、学園の案内ツアーの中で一つ気になっていた場所を思い出して、訪れることにした。
騎士の学園〈リッターガルテン〉、その数多の校舎の中でも、一際異彩を放つ建造物。台座に突き刺さる巨大な剣のようなフォルムとでも言えばいいのか、とにかくおよそ人力で建てられたとは思えない謎のオブジェ。
案内役の教師は、遥か大昔、魔王と戦った最初の五人の一人に関係があるとしか説明しなかった。いわゆる記念碑的な物だと。なのに、アタシは妙に惹かれていたのだ。
ただの好奇心や物珍しさだけじゃない。まるでこの記念碑のことを元々知っているかのような懐かしさが―――。
「誰?」
周囲をぐるっと見ながら物思いにふけっていると、唐突に人の気配。そして声をかけられて初めてすぐ目の前に立つ少女の存在に気がついた。学園の生徒であることは、身に纏う制服からわかった。
「っと、ごめんなさい。先客がいたとはね。邪魔をするつもりはなかったのよ」
「別に構わない。私も、ただ見ていただけだから」
とても透き通った声の、不思議な、神秘的とさえ呼べる雰囲気を纏っている女の子だった。
夕暮れを吸い込んでふんわり輝く銀髪を髪飾りでポニーテールにまとめていて、琥珀色の瞳はまるで黄金のように輝いている。おとぎ話の妖精のようなその外見に、アタシは思わず息を呑んでしまった。
「あなた、噂の新入生?」
「はいはい噂ね……、みんな好きよね。人の事を気にするぐらい暇なのかしら」
「そうかもしれない。人の雑談の内容の多くはコミュニティ内の誰かに関する物になりがち」
なんだか、冷たく固いしゃべり方をする子ね。理性的というか計算的というか。アタシの性格とは真反対だ。
「噂は噂。だけれど、あなたが “五天” 第三位、当代の “火天” に勝ったこと自体は事実。つまり、あなたにはそれだけの強さがあるということ。興味深い」
「へえ」
この子、見た目の儚さに反して、他者の強さに興味があるのか。それはつまり、己の力に自身があるということ。ぜひ手合わせしてみたいわ。
「このような所におられましたか。そろそろ帰投する時刻ですぞ」
「じいや。そうね、帰投するわ」
一人でワクワクしていたアタシを尻目に、銀髪の少女は背後から出てきた執事服を着た初老の男と共に歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。アタシの名前はサクラよ、アンタは?」
「―――ヴィ。親しい人間はそう呼ぶわ」
「覚えたわ、ヴィ。またね」
こくんと頷きだけ返して、ヴィは帰っていった。面白い子だった。だけど、気になることを言っていたわね。
当代の “火天” 。それに “五天” 第三位。
つまり、“五天” は襲名性ということか。加えて、ラヴァナは五人の中では三番目の強さだったというのなら、ますますこれからが楽しみになってくる。
彼よりも強い者がまだ二人もいる。そしてこの学園ならそれを凌ぐ者すらいるかもしれない。復讐のためにも何者にも負けない力が必要だ。だから、アタシは。
【楽しそうだね、おねーちゃん】
「―――ええ楽しいわ。全てを奪ったやつらをこの手で斬る瞬間を想うとね」
相棒にそう答えながら、アタシは刀の持ち手を強く握りしめるのだった。




