失態の始まり
「あれ、ちせちゃん居ねぇの?」
昼頃、葵がカフェに顔を出して彼女の姿を探す。
もうとっくに学校始まってるよと伝えると、えー会いたかったなどとボヤいている。
葵も彼女が心配なのか、協力すると言った日から定期的にこのカフェに訪れるようになっていた。
彼女も俺と葵の手を握っては、嬉しそうにしているのを思い出す。
「ちせちゃんはこれから土日だけ出勤だよ」
「そうなんすか!?うわぁ、会える時間少ねぇ〜......」
マスターともすっかり仲良くなりやがった葵は、一丁前にコーヒーをサービスしてもらっている。
カウンターでコーヒーを飲んでいる葵と談笑していると、カランカランとドアのベルが鳴った。
いらっしゃいませ、と振り返るとそこには彼女の母親がいる。
葵があからさまにギョッとした顔をしていた為頭を小突き、平静を装って近づいた。
「お一人様ですか?」
「......えぇ」
「ではこちらのお席へご案内します」
1人用のテーブル席へと案内し、メニュー表を渡す。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
「ねぇ」
話しかけられたせいで立ち去ることは許されず、その場に留まる。
カウンターをチラッと見れば、葵が顔を隠しながらヒヤヒヤした様子でこちらを窺っていた。
「あなた、前に葵くんの代役で来た子?」
「えぇ......はい」
「ふーん......カフェラテのアイス1つ頂戴」
「かしこまりました。少々お待ちください」
先程渡したばかりのメニュー表を回収し、厨房へと戻る。
カウンター裏の作業台でカフェラテを作っていると、目の前に座っている葵がコソコソと話しかけてきた。
「なに、なんでお前のこと聞いてきたの?」
「知るかよ」
「めっちゃ怖ぇんだけど......!」
「お前のお得意さんだろ、話しかけに行けよ」
「いやぁ......それが最近ちょっとね〜......」
やけに歯切れの悪い返事に疑問を抱きつつ、出来上がったカフェラテをテーブルへと運ぶ。
あれから特に突っかかって来ることはなく、15分程して母親は帰って行った。
グラスを下げクロスでテーブルを拭いて戻り、葵の話の続きを聞くことにした。
「最近ちょっとって、どういうこと?」
「いや、なんかさ。最近やたらとちせちゃんの話題が増えたのよ」
「......まさかお前」
「いやいや!言ってねぇよ何も!」
洗い終わった食器やグラスを拭きながら睨みつけると、慌てて否定する葵。
どうやら母親は、最近娘の様子がおかしい気がすると愚痴をこぼしていたらしい。
「で?なんて答えたの」
「えぇ〜そうなの?でもそろそろ思春期とかじゃないかな〜って」
「ハァ......」
「え、なになに、なんで溜息?」
「"そろそろ"ってお前......母親からちせちゃんの年齢教えてもらったことあんの?」
そう言うと葵は顔を真っ青にし、頭を抱え始めた。
動揺を隠すようにカップに手を伸ばすが、その手はカタカタと震え上手くカップを持ち上げられていない。
やらかした自覚が芽生えたらしい、だからあれほど口を滑らすなと言ったのに。
葵のことだからいつかはやらかすだろうとは思っていたが、こんなに早くやらかすとは思っていなかった。
葵にカマを掛けたのか、それともそのつもりがなく話していたら葵が勝手に自爆したのか。
どちらでもいいが、いつしか彼女に危害が行くかもしれないと思うと背筋が凍る思いだった。
「お、おお、俺、やべぇ、やらかした」
「もう手遅れだろ。仕方ない、これまで以上に気を付けるしか方法はねぇよ」
「ごめん、マジごめん!」
「もういいって」
溜息をついているとカランカラン、とドアのベルが鳴り仕事に戻る。
葵は一向に帰る気配がなく、延々と店内でブルーな雰囲気を漂わせていた。
「葵くん、もう閉店だよ」
「えぇ、マジすか......」
「さっさと帰れよ。ここはバーじゃねぇんだぞ」
葵に強く当たる俺を、マスターはまぁまぁと宥める。
落ち込む葵の横で賄いを食べながらも、チラチラとスマホを確認していたが、その夜、彼女からの電話はなかった。
いつもなら何とも思わないはずなのに、今日の出来事によって心配が募っていく。
何も無ければいいなんて考えながら、帰り支度をした。