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レンタル彼氏らしく

母親が帰ってくる日は疎らで、タイミングを見計らうのには苦労した。

初日は俺と同じく8時間彼女は飽きることなく働いたが、以降はお昼過ぎに帰すことが多くなった。

最初は嫌だと駄々をこねられたが、母親に見つかって彼女が酷い目に遭うのはどうしても避けたかった為、マスターと話し合って決めたことだ。

そして小さな店員さんが働き始めて2週間経った頃、小学校は夏休みがもう時期終わり始業式の日が近づいてきている。


「ちせちゃん、小学校が始まったら土日だけおいでね」

「嫌だ!ずっとここがいい!」


やはり駄々をこねてしまう。

それだけここが居心地が良いという証拠だろうが、小学校には通ってもらわないと後々面倒なことになる。

心苦しさはあれど、大事なことだからと彼女を諭した。

すると渋々首を縦に振り、今日もお昼に賄いを食べさせてから家まで送った。


「お家に電話ある?」

「電話あるけど......繋がる時と繋がらない時があるの」

「そっか。一応これ渡しておくね」


玄関前、ポケットからバイト用のメモ帳を取り出して空いている場所に電話番号と名前を書いて紙を千切る。


「これ、俺の電話番号。

なんかあったらいつでも電話して」

「......レンタル彼氏みたい」

「俺をレンタルしたいんでしょ?」

「うん......!」


嬉しそうに笑いながら、渡した紙切れを大事そうに握っている。

夏休みの期間は殆ど一緒だったおかげでレンタル彼氏っぽいことは一つも出来ていない。

彼女は俺をレンタルしたいが為にカフェでアルバイトをしていたのだ、会える時間が少なくなってしまうことへの不安もこれで少しは解消されるだろう。

そうして彼女は家の中へと入っていった。

俺はまたバイト先へと戻って夕方まで働いた。

マスターの賄いを食べていると電話が鳴り出し、画面を見ると知らない番号からだった。

もしかしたらちせちゃんかな、と迷うことなく電話に出る。


「はい、もしもし」

「......もしもし、お兄ちゃん?」

「ん、ちせちゃん?どうしたの?」

「電話繋がった...!」


電話越しでは繋がったことに大喜びしている彼女の声が聞こえる。

さっき渡した電話番号が本当に俺に繋がるのか、半信半疑だったのだろう。

にしても、バイトが終わりそうな時間帯に掛けてくる気遣いはやはり子供らしくはない。


「今日の夜、お兄ちゃんをレンタルできますか?」

「夜?いいけど...ママは?大丈夫?」

「ママ、また明日も帰らないからってたった今出ていっちゃった」


この子の母親は相変わらず放置したままどこかに出歩いているらしい。

母親が帰って来ないなら安心か、とレンタルの話を受け入れた。

1度家に帰ってから彼女の自宅に顔を出すつもりの為、19時頃に行くと彼女に伝えて電話を切った。

現在の時刻は17時過ぎた頃。

賄いを食べ終わってからでも十分に間に合いそうだと、スマホをテーブルに置いて再び食べ始めた。

電話をしていたのを見ていたのか、マスターが厨房から顔を出す。


「ちせちゃんか?」

「はい、今日の夜レンタルしたいって」

「やっとレンタル彼氏出来るんだな」


よかったなぁと笑っているマスター。

若干恥ずかしさはありつつも、俺もまた彼女と会えるのは少し楽しみだった。

マスターは少し待つよう伝えたあと、奥へと戻って行き何やらお金を持ち出してきた。

食べている皿の横に1000円置かれるのを見て、何のお金ですかと問いかけた。

レンタル彼氏のお金だと言うマスターに受け取れないと返そうとするが、断固として受け取ってくれない。


「困りますよ。

俺、金稼ぐ為に彼女にレンタルされるわけじゃないんですから」

「ちせちゃんが頼んできたんだよ。

レンタルした日はちゃんと報告するから、

その度に三木くんに自分の稼いだ分から渡して欲しいって」


俺がいないところでわざわざマスターに頼み込んでいたのかと思うと、その気持ちを無下には出来ず受け取ることにした。

本来なら1000円じゃ足りないだろう、とマスターは心配しているが、特別価格だからいいんですよとお金を財布にしまった。

賄いを食べ終えて食器を洗い場へと持っていく。

水である程度の汚れを流してから食洗機へ入れようとすると、マスターに止められる。

早く彼女のところへ行ってあげな、と気を遣われた為、お礼を行ってロッカールームへ荷物を取りに行った。

エプロンを外して鞄の中に突っ込み、ロッカーを閉めて鞄を背負う。

じゃあお疲れ様でした、とマスターに言うと、お疲れ様といつもの笑顔で返事をされた。

自宅へと戻って軽くシャワーを浴び、髪もセットし直して服も着替えた。

レンタル彼氏っぽさを体感してもらった方が彼女も楽しめるかもしれないと思ったからだった。

家を出たのは18時10分、彼女の家まで少し遠いがコンビニでご飯やお菓子、飲み物を買って向かうことにした。

玄関前、インターホンを1回鳴らすと奥からドタドタと音が聞こえる。

暫くしてガチャッとドアが開き、彼女が顔を出した。


「お兄ちゃん!」

「こんばんは。レンタル彼氏です」


そう言うとクスクスと笑って、中に入るよう促される。

靴を脱いで家の中に上がると、初めて見た時よりずっと部屋が綺麗なように思えた。

どうやら彼女が一生懸命掃除をしたらしく、奥の部屋にゴミ袋が積み重なっているのが見えた。

彼女は汚くてごめんなさいと謝り、冷蔵庫を開けて出せるものがないかと確認している。

そんな彼女の背中にお土産あるよと投げかけると、キラキラとした目で駆け寄ってくる。

コンビニの袋の中から弁当やお菓子、ジュースを取り出した。

電話が使えるということは電気は辛うじて止まっていないだろうと見込んで弁当を買ってきたが、案の定電気はついていて安心した。

弁当を電子レンジに入れて温めている間、改めて挨拶をする。


「改めまして、レンタル彼氏の三木海斗です」

「い、糸我ちせです!」

「今日は俺を選んでくれてありがと」


形だけでもそれっぽくレンタル彼氏のように振る舞うと、彼女は何だか照れくさそうに頬を赤らめている。


「お兄ちゃん、さっきと違う格好......」

「レンタル彼氏だから、かっこいい方がいいかと思って」

「うん、かっこいい」


えへへ、と照れ笑いしながらも俺をまじまじと見つめている。

彼女が俺の頭に手を伸ばした時、電子レンジの温め終わる音がした。

立ち上がりレンジから弁当を取り出して彼女の前に置く。

お腹空いてた?と聞くと、首を縦にブンブンと振っているのが可愛らしくて、つい笑ってしまった。


「お兄ちゃん笑いすぎ」

「ごめんごめん」


弁当の蓋を開けてやり、割り箸を割って手渡した。

ありがと、と小さくお礼を言って、いただきますと挨拶をして食べ始めた。

そんな彼女の食べている姿を見ながら、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「ちせちゃんさ、葵のことは葵くんって言うよね」

「うん」

「なんで俺はお兄ちゃんなの?」

「え、......と」


言葉を詰まらせているのを見て、意地悪な質問だったかと反省する。

謝ろうとした時、彼女は口を開いた。


「お兄ちゃんの名前、知らなかったから」


思い返せば、改めて彼女に自己紹介したことなんて1度もなかったことに気が付く。

それなのにこんな質問をしてしまったことを後悔した。

これからは海斗でいいよと言うと、彼女はお兄ちゃん呼びから急に変えることが違和感なのか、海にぃと呼んだ。

兄ちゃんと言われるとレンタル彼氏感はなくなっている気がするが、彼女がいいならそれでいいかと思った。

弁当を食べ終えてからは、2人でお菓子を食べながら色んな話をした。

大学はどんなところなのか、どんな勉強をしているのか、彼女は興味津々に質問を重ねた。

勉強は好きかと訊ねると彼女は、うんと言って笑っていた。

将来は俺と同じ大学に行きたいと言っていたが、その頃には俺は居ないよと言えばわかりやすく落ち込んでいた。

それでも俺と同じ大学に行くんだと意気込んでいる。


「海にぃ、帰っちゃうの?」


話し込んでいれば時刻はもう21時近い。

明日彼女は始業式だと言っていた為、早く寝かせてあげたかった。


「ちせちゃん、明日の為に早く寝よう?」

「ちせ、学校行きたくないのに」

「でも学校頑張ってお勉強しないと、俺と同じ大学行けないかも」


そう言うと慌てた様子で、もう寝る!と布団を引っ張ってきていた。

偉いねと頭を撫でると、頬を赤らめて俯く。

この反応を見る度に、母親からこういったことはされたことがないんだろうと感じてしまう。

おやすみ、と言って玄関前で手を振ると、寂しそうな顔をしながらおやすみと呟いて扉を閉めた。

カチャリと鍵が閉まる音が聞こえる。

どうにか彼女をこの状況から助けてあげられないかと、そればっかり考えるようになっていた。

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