助けてくれたお兄ちゃん
「何見てんだよ、クソガキ」
お兄ちゃんに助けてもらって1週間くらい経ちました。
ママの言葉を聞いて、目を逸らしました。
今日もママは鏡の前でお化粧をして、香水をたくさんかけています。
久しぶりにママに会ったのに、ママはすごく素っ気なくて、私に会えても何も嬉しくなさそうです。
「これ、今月の分置いとくから。
これで飯食うんだよ。
今日と明日はママ帰らないから」
テーブルの上にいつものように2000円だけ置いてママはまた出かけて行ってしまいました。
私はこの2000円を持って靴を履いて外に出ました。
お兄ちゃんがいるお店にお金を払わないといけません。
お家からお店まで大体20分くらい歩きます。
途中にはお花屋さんがあって、どのお花もとても綺麗です。
「お花好きなの?」
ボーッとお店の前でお花を見ていたら、お店のお姉さんに話しかけられました。
ちせはお姉さんの顔を見れません、何だか怖くて。
だからお返事もしないでそのまま走ってしまいました。
心の中でお姉さんに、何度もごめんなさいって言いました。
たくさん走っているとお兄ちゃんの居るお店に着きました。
ドアを開けようとしましたが、鍵がかかっているみたいで開きません。
前はこのくらいの時間は開いていたはずなのに。
お金を渡せないかもしれないって思ったら、また怖くなりました。
あの優しいお兄ちゃんも、ちせに愛想を尽かせて居なくなってしまうかもしれません。
お店の前でお金を握りしめたままドアの前に座っていると、ちせの上に大きな影が重なりました。
「ちせちゃん?」
顔を上げると、お兄ちゃんがスーパーの袋を持って私に声をかけてくれていました。
あの日みたいにお兄ちゃんはしゃがんで、ちせと目を合わせてくれました。
「暑いからお店の中入ろっか」
「...うん」
お兄ちゃんはギュッと、ちせの手を握ってお店の中に入れてくれました。
お兄ちゃんはマスターって言って、そうしたら奥の部屋からご飯を作ってくれたおじさんが出てきました。
おじさんも、ちせちゃんいらっしゃいって言ってくれました。
今日は何食べたい?って聞いてくれたけど、今日はお金だけ渡しにきたのでご飯は食べません。
「あの、お金」
「お金?」
お兄ちゃんに、握りしめて少しくしゃくしゃになってしまった2000円を渡しました。
「この前のご飯、お金忘れたから」
スーパーでパンのお金もお兄ちゃんが払ってくれました。
その時の分も合わせて、ママからもらった2000円を置いて帰ろうとしました。
「ちせちゃん、待って」
お兄ちゃんが優しくちせの名前を呼びます。
ジュース飲んでいきなと、ちせを椅子に座らせてくれました。
椅子は少し高くて、ちせ1人じゃ降りられません。
だからお言葉に甘えてジュースを貰いました。
氷で冷たくなったオレンジジュースはとても美味しいです。
お兄ちゃんはスーパーの袋を奥の部屋に持って行ってから少しして出てきました。
ちせの隣に座って、さっき渡した2000円をテーブルに置きました。
「このお金どうしたの?」
「ママが今月の分って、ご飯のお金くれたの。
2000円じゃ足りませんか?
それならまた来月2000円くれるから、持ってきます」
お店のご飯は高いってママから聞きました。
ちせのお家は少し貧乏だから、だからお店のご飯はあまり食べたことがありません。
お兄ちゃんは、ちせを見たまま何もお話してくれません。
やっぱり2000円じゃ足りないんだって思いました。
だから、ごめんなさいって謝りました。
そしたらお兄ちゃんとマスターが顔を見合わせて、少し悲しそうな顔をしています。
何だかまた怖くなって、お兄ちゃん達の顔を見れません。
オレンジジュースに浮かぶ氷をずっと見ていると、頭に何かが当たりました。
顔を上げるとお兄ちゃんが、ちせの頭を撫でてくれているみたいでした。
「お金は要らないよ」
お兄ちゃんはそう言いました。
どういう意味かわからなくて、お金は払わないとダメなんだよね?って何回も聞きました。
それでもお兄ちゃんとマスターは要らないって言うんです。
「このお金は、ちせちゃんが大事に持っておきな」
「お金があってもなくても、いつでもご飯食べにおいで」
お兄ちゃんとマスターは、ちせに笑いかけてくれました。
ずっと撫でてくれるお兄ちゃんの手が温かくて、泣いてしまいました。
大きな声で泣きました。まるで赤ちゃんみたいだったと思います。
すごく嬉しかったんです。初めて頭を撫でてもらって、初めて優しくしてもらったから。
学校でもちせは1人で、お友達はみんなちせのことを汚い、臭いって言います。
お家はお水もお湯も出なくて、電気もつかないからお風呂に入れてないんです。
だから誰もちせに近寄らないし、優しくしてくれなかったから、お兄ちゃん達が神様だと思えました。
その日もマスターはご飯を作ってくれました。
ちせがナポリタンが食べてみたい、って言ったら、任せろ!ってマスターはニコニコしながら奥の部屋に入っていったんです。
ご飯が出来るまでは、またあの日みたいにお兄ちゃんが隣で話を聞いてくれました。
でも学校での思い出も、ママとの思い出もなくて、ママと行きたい場所をずっと話してました。
お兄ちゃんは笑うと目が細くなって、お鼻に少し皺が出来ます。
とても優しそうな顔をしていて、それがすごく安心するように思いました。