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見たことある女の子

あれから数週間と経ち、葵からはお礼として夕飯に連れて行ってもらった。

どうだったかと結果を聞かれたが、気分的には良いものでは無かった。

なぜなら去り際に"つまらない男"などと吐き捨てられたからだ。

それを聞いた葵はヒーヒー言いながら笑い転げていて尚更気分が悪くなったのを思い出す。

もう一生レンタル彼氏はやらないと決め、本来の自分のバイトに勤しんでいた、そんなある日。


買い出しを頼まれスーパーへ向かい、会計を済ませて出口に向かっていると、後ろからトンッと軽く何かがぶつかる。

振り返るとそこには小さな女の子が慌てた様子で走り去ろうとしているところだった。

あの子...とどこかで見たことがあることに気付き、思わず声をかける。


「ちょっと待って」


そう言って掴んだ彼女の腕は細く、"えっ"と小さく声を上げてしまった。


「は、離して...」


彼女はか細い声で呟き、俺の腕から逃れようとしている。

そうこうしているうちに店員が駆けつけるのが見えると、彼女を睨みつけていた。


「手に持ってるそれ、会計してないよね?」


店員が告げると、彼女は怯えたように肩を揺らしている。

掴んだ腕と反対の手を見ると、小さな菓子パン1つが握られていた。


「...あれ、それ会計忘れてた?」


気付けばそう口にしていた。

彼女は驚いたように顔を上げ俺を見つめており、長い前髪から垣間見えた目は少し涙ぐんでいるように見えた。


「ご家族ですか?」

「はい、すみません。

ちゃんとお金は払いますので。

ほら、一緒にレジに行こっか」


彼女はゆっくりと頷き、俺の手を握って歩き出した。

会計を済ませたあとスーパーを出て彼女の手を離すと、小さくお礼を言われた。

そのまま立ち去ろうとする彼女を引き止めて、目線を合わせるようにしゃがみこむ。


「ご飯、それだけじゃ足りないでしょ」


再び彼女の手を取り、バイト先までの道を歩く。

道中彼女はずっと無言で俯いたまま、気まずそうにしていた。


「俺のこと覚えてる?」


何となくそう聞くと、コクリと頷く。


「...ママの彼氏さん?」


きっとあの日見た光景がそう思わせているのだろう。

慌てて否定すると、そうだよねと呟いていた。


「じゃあレンタル彼氏さんか」

「...なんで知ってるの?」

「ママが持って帰ってくる名刺に書いてあったの」

「そう、なんだ」


思っていたよりも意外と話してくれて、気まずさはとっくに消え去っていた。

店の扉を開くと、カランカランとベルが鳴る。

バイト先がカフェということもあり、この子にご飯を食べさせてやりたいと連れて来たのだ。

開店前ということもありお客さんは1人も居ない。

マスターに事情を話し食事代は給料から天引きしてほしいと頼み込んだが、マスターは快く承諾してくれるどころかお代はマスターが持つと言ってくれた。

彼女をカウンター席に座らせ、メニュー表を渡す。


「何食べたい?」


そう聞くと彼女は真っ先にオムライスを指差した。

マスターは少し待ってて、と声をかけ厨房に入っていく。

俺はそれに合わせるように席を立ち、一緒に厨房に入った。

何か手伝うことはないかと聞いたが、ジュースだけ持って行ってあげてほしいと言われた為コップを取り出して冷凍庫を開ける。

氷を適当に入れてオレンジジュースを注いでストローを指し、彼女の元へと持っていった。


「オレンジジュース好き?」

「...好き」


どうぞ、と目の前にコップを置くと初めこそ少し遠慮していたが、気にせず飲むように言えば素直にストローに口をつけていた。

食事が出来るまでの間、彼女に先程の出来事について話を聞くことにした。


「ママは?居ないの?」

「まだ、帰ってきてない」

「パパは?」

「いないよ」


今は朝の8時過ぎだ。

仕事にでも出かけたかと思ったが、"まだ"という言葉がやけに引っかかる。

父親が居ないことから母子家庭なのが窺えた。


「名前聞いてもいい?」

「糸我 ちせ」

「歳は?」

「10歳」


10歳にしては低い身長に細い体だ。

身なりも整っておらず、髪も近くで見ると随分とパサついている。

頭皮の方は脂で少しベタついていて、暫く風呂にも入っていない印象だった。

まさかとは思うが葵の仕事を肩代わりしたあの日、一瞬だけ見た光景でネグレクトなのではと疑ってしまう。


「ママは夜には帰ってくるよね?」

「わからない。

昨日も一昨日も家には帰ってきてないから。

でも、もしかしたら今日は帰ってくるかも」


その言葉を聞いて疑いは確信へと変わっていった時、マスターが厨房から出てくる。

彼女の目の前にオムライスを置くと、スプーンを持って"いただきます"とお行儀よく挨拶をして食べ始めた。

一生懸命食べている最中、俺は厨房へ戻ったマスターに再び彼女の話をした。

マスターは彼女を不憫に思ったのか、何か困ったことがあれば店においでと伝えるように言われ、デザートに持っていく予定だったプリンを手に持って彼女の元へ向かう。

慌てて食べる彼女の横にそっとプリンを置いて隣に座り、誰も取らないからとゆっくり食べるように促した。

食事が一段落ついてから程なくして、俺は彼女にマスターの言葉を伝えた。


「ちせちゃん。

何か困ったことがあったらいつでもここに来ていいからね」

「本当に...?」

「ん、本当。

俺が居ない日はマスターに声を掛けるんだよ。

そしたらご飯食べさせてくれるから」

「ありがとう、お兄ちゃん」


開店まで後15分。

子供を1人で帰らせるわけにはいかないと、マスターは俺に送り届けるように言った。

手を繋いではぐれないように、家までの道を歩いていく。

太陽は真上にまだ昇っていないと言うのに、相変わらずジリジリと暑さは増していった。

アパートが近づいて行くにつれて彼女の表情は少し曇っていくように感じた。

玄関の前、菓子パン1つを握りしめた彼女は律儀にもお礼を言って部屋の中へと姿を消した。

たった1時間程しか一緒にいなかったが、思い返してみても彼女は1度も笑うことはなかった。

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