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緑色の精霊使い、ヴァンカの思い出

 

「……」



 穴をふさいでいたブランが“落ちて行った”気配、……さしこむ外光が強くなって、ベッカはほっとする。


 ブランは出られたのだ。ああ、そうして生きのびてくれると良い!



「黒羽の女神さま、ブリガンティアさま、どうかあの子をお守りください」



 低く呟いた言葉に、光る球体がぴかっと強く輝いて、反応を示した。


 きゅるっ、とベッカのまわりを一周する。



「えっ、何? どうしたの、……ああ、ブリガンティアって言ったから?」



 ふわん……。


 光の球は、乳白色にやわらかく輝く。ベッカは精霊の反応に首をひねった。



――ブリガンティア、……ブリガンティアの民、ブリガンティアの娘……。



「君はあの緑のおじさんに、使われてはいないんだったよね? ひょっとして、ずうっと前は、本当の精霊使いに使役されていたの? だからあの森にいたのかい」



 球体は、もよもよと点滅している。何だかもどかしそうだ。



「君が話せたらいいんだけど……、って僕が君の言葉を解せないのがだめなんだなあ。うーん、何とかして、伝えたいことをわかりたいんだよ」



 すすす……球が目の高さまで上がる。ふいにその鏡のような表面に、“風景”が映し出された。


 驚いて、ベッカは目をみはる。



「これはッ……」



 深い樫の森、……その木陰から、ひょいと女の子が現れた。五歳か六歳、そのくらい。


 森の苔に混じりこむような深緑の筒っぽ衣、ゆるやかに波うつ暗色の髪を揺らして、にこにこ笑いながらこちらに両手をさしむけてくる。その手のひらの上に、丸すぐりだろうか? 淡いみどりの粒々くだものがのっている。


 ふう、とその両手が光った……。丸すぐりよりももっと濃いみどりの光が、女の子の手を、腕を、首筋を頬を、走ってゆく。


 入れ墨のような緑の光をまとって、小さな女の子は笑っていた。



「……」



 両手の中のくだものが、ふいふいと姿を変える。さくらんぼう、いちご、黒梅……。


 そして彼女はわらったまま、大人の女性に成長した……。その姿と風景が、やがて薄まって消える。


 ぼんやりした、光の球体にもどった。



「……今のは、君の夢? 昔みていたこと?」



 球体はふるえた。



「君は、……きみはヴァンカさんを知っていたんだね。友達だったのかい」



 縦に小刻みにゆれる。そうか、とベッカは理解した。


 ナノカが言っていたように、この精霊は精霊使いヴァンカに使役されていたのではなく、……その一歩てまえ、仲良く付き合っていたご近所さんだったのだろう。そうしてあの集落脇の森に住んでいた。だから彼女が消えてしまったことを寂しがっている。なぜいなくなってしまったのかも、たぶん知らない。



「彼女の一族は、海賊に襲われて滅びてしまったんだ。ヴァンカさんは連れて行かれて、子どもを生んだ。その息子が、いまテルポシエにいる。エノ軍の首領の、メインという人だ」



 もよん、もよん……。球体は縦にゆれる。



「僕の国は、そのエノ軍とは敵対関係にある。と言うのも、メインの呼び出した恐ろしく強大な赤い巨人が、僕の国も含めて全てのイリー都市国家群を滅ぼしてしまうかもしれないから。そうなる前に、メインとは別の精霊使いを探し出して、赤い巨人を退治してもらえるよう、頼むつもりだったんだ」



 球体は静止した。次いでくるり、と回転する。ちょうど人間が、小首を傾げるように。



「でも僕には、旅をする中でここのブリガンティアの民の集落が完全に滅ぼされてしまって、本当の精霊使いがメインしか残っていないんだと、わかったよ。……ヴァンカさんの消息はしれない」



 ふるる……球体はすこし降下した。



「まあ、巨人が暴れ出すにはまだ間があるのかもしれないし……、僕はこのことを、国の上司に伝える。そうしてまた別の手段を考えて、皆のふつうの暮らしを守れるよう、最善を尽くすつもりなんだ。そのためには、がんばって生きのびないといけないからね……。よかったらもう少し、僕に付き合っておくれ」



 球体はだいだい色に……いや、明るい臙脂えんじ色に輝いた。応援されている気がして、ベッカは微笑む。



「さて、それじゃさっそく最善をつくそうかな」



 ベッカは振り返り、壁際の白骨死体のひとつに向き合った。そばにしゃがみ込み、頭をたれる。



「失礼します、侯」



 小刀を使って、ベッカは腐った縄を切りほどいた。ほとんど手応えのないほど、それはもろくなっていた。


 そうっと臙脂えんじの外套を持ち上げる。腰部分に革の小鞄のようなものがあった、そっと開いて見る。ありふれた小道具類、使いかけの公職小切手帳、身元を示すようなものはなかなか見つからない。



――やはり、紅玉髄の叙勲章だけを持ち帰って、銀台座の識別番号から調べるしかないかな……。



 かたく巻かれた筆記布が出てきた。褐色によごれていたが、筆記済みの内側は劣化を免れている。



「……」



::明月二日ユーレディ 八日ドルカ 十三日マレイチュ



 騎士のたどった軌跡が、細かい字で簡素に記されている。テルポシエに近い、北部穀倉地帯の地名らしい。



――この人もロクリンさん同様、北側から陸路で東部入りしたのだろうか?



::十九日リロル 人買より助けし母子、南東先端に精霊使再来と語る。



――ああ、じゃあ……。ここの偽もの精霊使いを本物と信じて、はるばる“緑の首環道くびわみち”を下ってきたのだ……!



 何てことだろう、とベッカは唇を噛みしめる。そうして、こんな結果になるなんて……。


 ゆっくり丁寧に、叙勲章を台座ごと外した。



「……必ずあなたを、ガーティンローへお連れしますから。侯」






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