挫けそうな少年に文官騎士が語る話
「……僕が十一の時にね。父が死んでしまったんだ、鉱脈技師だったんだけど」
ベッカの静かな声に、ブランは息をのむ。
「新しく見つかった貴石鉱脈の調査をしている時に、崩落があった。一緒にいた人たちも、皆亡くなった。とにかく祖父は安全第一で採掘をさせていたし、会社のもの皆が力を尽くしたんだけど、父たちは助からなかったんだ。お金があっても、どうにもならないことがあるんだと、よくわかったんだよ」
「……」
「兄はもう成人していたし、当時は祖父も健在だったから、会社としては持ちこたえたけど……。母は本当に崩れてしまいそうだった。僕は横で座って話を聞いていた、ずっとそうしていた」
伏せかけたベッカの瞳は、精霊の光にあわく照らされて、寂しさかなしさをほんの少しだけ、にじませている。
「反抗期だったんだよ。父に対しても毎日毎日、生意気な挑発ばっかり言ってどやされていたのに、そんな風にいきなり去られてしまって、どうしようもなかった。それに加えて、母は父がどんなに素敵な人だったかを、ぼそぼそ話し続ける。悲しくて辛くて出口が見えなかったんだけど、それで母はもち直した。もともと細いのがさらに鶏がらになっちゃったけど、とにかく取り留めて今でも元気なんだ」
「……」
「……それでね、自分にはこれが仕事なんだな、ってふうっと思ったわけ。ほら、人間、できるできないがあるだろう? できないことを嘆いているより、できることを自分なりに精いっぱいする方が、ずうっと良いと思うんだよ。僕は誰かに寄り添うことができる。それで他の人の苦しいことをちょっと楽にできるのなら、そういう仕事をしようと思った。体力腕力は全く頼りにならないから、正規騎士として人の役には立てない。だから文官として、市庁舎にいるんだ。……そんなところ」
球体に照らされたまろやかな顔が、ぷよんと笑った。
それでブランも、思わず本当のことを言った。
「俺は。俺も、ベッカさんみたく他の人の役に立つようになりたい」
けれどそれは到底無理だ。心を開いた人間でないと、その人の気持ちを想像することは難しい。すすんで他の人の心に添っていける自分ではない、と思う。
「……けど、考えるのは苦手なんだ……」
「君はむちゃくちゃ、頼りになるよ? 腕っぷしに文句なし、正規騎士にもってこいじゃないの」
「護衛なのに、ベッカさんをこんな危ない目にあわせてる」
「そう思うかい?」
ベッカは笑ったまま、立ち上がった。
「……この人たちは、一人でいたところを捕まって、一人で亡くなったのだろうけど」
壁際の白骨死体を見ながら、言う。
「僕には君がついている。だから僕は死なないのさ、ブラン君」
ベッカは穴と壁とをじろじろ見て、穴底中央に四つん這いになった。
「この辺かなあ」
「? ……何してるんですか」
「ブラン君。僕を踏み台にして、跳んでごらん」
「うえぇっ?」
「弾みがついて、届くかもよ? きっと届くよ。さ、やってみようッ」
ブランはためらった、もちろんだ。長靴でベッカを踏むなんて!
「そんなの……」
「二人で最善を尽くそう。お互いに、できることでさ」
反対側の壁際、少年は深呼吸してから……走った!
ぐういっ、ベッカの背中まんなかに右足がめりこむ。
その瞬間、文官騎士は美しき青きくびれを想った!!
「ぬうおおおッッ」
ぷよーん!!
垂直方向、思いっきり伸び上がったベッカの押し上げ、およびおにく反動により、ぎゅうんとブランの跳躍は勢いを増した!
「!!」
がしり、と両腕が穴の縁をつかむ。
そのままの勢いで、ブランは穴の中へ身を入れることができた!
「やったぁ、届いたっ!」
「ようしッ。いいぞブラン君! そこから何が見える!?」
「えーっと……」
向きも変えられないくらい、狭苦しい穴だ。六歩ほどの距離をじりじり這い進むと、そこに開けているのは空と海……。崖の中ほどに、穴は通っているらしい。下方、寄る波が白く泡立っている。
「ベッカさーん、正面は海です! ここから海に出られますッ」
「降りても、大丈夫そうかーい?」
「たてもの三階くらいかなー! 下に岩とかはないんで、大丈夫そうッ」
「それじゃあ、お行き! ブラン君!」
少年はぎょっとした。
「何言ってんですか!? これから、さっき解いた縄を使って、ベッカさんも引き上げるから、一緒に……」
「その穴、僕にはほそすぎるよー。つっかえるよ」
「……!」
「泳ぐのは得意だろッ。ナノカさん達とゼール君と、どうにか合流するんだよ!」
「嫌だぁ、ベッカさんと一緒でなきゃ……」
ぐさっ、と何かを胸に押し込まれた気がして……思わずブランは子どもまる出しで叫んだ。
こわい……怖い! このままベッカと、この人と別れることになるのかもしれない、こわい!
しかし文官騎士は、変わらずやさしく落ち着いた声で言ってくる。
「最善を尽くすんだよ、ブラン君。きみはちゃんと、僕の護衛をしてくれた。かならず良い騎士になれるし、君が思う最善のものに、君はなれる。だから行くんだ、ブラン君」
あんまり胸がいたくなった!
泣きたくなる目もと筋肉にむりやりぐぐっと力を込めて、ブランは後ろ向きに顔をまげてどなる。
「絶対ぜったい、みんなと助けに来ますから! ぴかぴか、あとで何かおいしいものを分けてやるから……、ベッカさんのこと守っておくれ、頼んだぞうッ」
さいごの方は思い切り言い放って、ブランはそのままぐいっと両腕に力をこめる。
のり出した勢いで、前方に向かって跳んだ。――海へ!!




