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ガーティンロー騎士の骸

 

「……ガーティンロー騎士!」



 そう、その白骨死体は同邦人であった。



「何で、どうしてこんなところに……? ロクリンさんは仲間と来たなんて、言ってなかったですよね!?」



 ベッカは唇を噛む、ブランの問いには答えなかった。



――ロクリンさんのそのまた前の、前任者か。ガーネラ侯……。僕がまさか東部に入るとは、夢にも思わなかったのでしょうけど。四年・・の間に、何人が調査に向かって帰還しなかったのか、僕に教えてくれても良かったんじゃないですか!? 同じことを調べにやる者として……!



 今となっては、騎士団長と副長がやっきになって護衛同伴をすすめてきたのにも、納得がいった。



「……ひどい怪我をしていたようだね」



 片脚が、変な方向にねじ曲がっている。首の曲がり方もおかしかった、穴底に突き落とされた時に頭から落ちて即死したのかもしれない。あるいは地上にて、彼は既に死んでいた可能性もある。騎士ならそれこそ、全力で戦って抵抗しただろうから。武器の類は見当たらなかった。



「……何でこんなことするんだ。あの人たち」



 他の遺体も調べながら、ブランは言った。三体、こちらはだいぶ新しいむくろである。舟虫のたかるそれらは、北部穀倉地帯の人びとがよく着るような、大きな柄模様の衣類を身に着けていた。



「精霊に供える、とか言っていたね。外国から来た者を捕らえて、いけにえのようにしているのかもしれない」



 ベッカは、あかり役を続けてくれている球体精霊に向かってたずねた。



「きみは、あの緑のおじさんに使われているの?」



 球体は横向きに揺れた。



「……あのおじさんは、精霊使いなんかじゃないよね?」



 今度は縦向きに揺れる。



「そう……やっぱりね。仕事柄、詐欺まがいのことをしている人の人相ってわかっちゃうんだよ……。あの人のは、まさにそれだッ」



 近年、ガーティンロー市内では年輩お年寄りを狙った詐欺犯罪が急増しているのである。巡回騎士に付き添って、詐欺師に手口を吐かせるところを何度も見てきたベッカであった。



「緑色のやつ、あいつ嘘つきですよね? ほんとの精霊使いが戻ってきた、なんて言って他の人たちをたぶらかしているんだ」


「だろうね。本物の精霊使いのメインとエノ軍が、占領したテルポシエで忙しくしているのを良いことに、東部で生き残った人たちや逃げ帰ってきた人たちの、注目と支持を集めるつもりなんじゃないかな」



 やはり、東部は混沌である!


 それで勢力をつけて、海賊やエノ軍とどんぱちやってくれる分にはいいのかもしれない。しかしそれに巻き込まれて殺されてしまうのは、ベッカにとっては論外である。



「……ブラン君。ここを出よう」



 ぷよッと顔を引きしめて、ベッカはばかでかい護衛の少年を見上げた。


 その視線があんまり真剣だったものだから、ブランはどきりとした。



「君なら、あの穴に飛びつけるんじゃないのかい」


「……」



 まずは二人で、穴底の床に大きく広がっている、海藻の乾いたふかふかをどかした。そしてブランは反対側の壁際から、たっと走って跳んでみる。だいぶ届かない。



「武器を置いてみたらどうかな? ブラン君!」



 長剣と中弓、矢筒を地に置いて――ブランはこれらごと、ぐるぐる巻きにされ落とされていたのだった――、もう一度跳ぶ。届かない。



「あ、そうだ!」



 少年は座り込んで長靴を脱いだ。靴なしで跳ぶのかとベッカが思っていると、……底から硬貨をざらざら取り出している。



「ブラン君! そんなに、おこづかいを持ってきていたのかいッッ!?」



 黒羽の女神もふらつくはずである、あるまじき量の高額硬貨! 一体どうやって入れたのだろう!



「だいぶ、軽くなりました!」



 再び長靴をぎちっと履いて、跳んでみた!


 ……もうちょい届かない、ずるっと壁際で手のひらの肌をすりむいて、どすんとブランはしりもちをつく。


 はぁはぁ……、息の荒さに疲れがにじむ。少年の小さな双眸が、そばにしゃがみ込んだベッカを見た。



「休もう、ブラン君。休んだら、もっと力が出るから」


「何か……、何か話、してください」



 静寂の中には絶望がひそむ。それを恐れてブランは言った。



「そうだベッカさん、……ベッカさんはどうして。何で騎士に、文官になりたいって思ったんですか?」



 ふわり、と光る球体がベッカの肩にとまった。



「あんなにお金持ちの家なのに。わざわざ名前変えて文官になって、市庁舎で働いているのは、どうしてなんですか」



 間があく。


 ブランの息だけが、穴底の中に響く。



「ベッカさん」


「……十一の時にね。父が死んでしまったんだ、鉱脈技師だったんだけど」



 静かな声が、平らかに流れる。




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