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精霊に囲まれるぷよひょろ、冒頭プヨローグへループだ!

 

 うす暗い樫の森の中を、まさにやみくも!  ベッカは爆走した。


 ひゅうう~~ん……


 飛び道具の投擲にしては、まぬけな音が背後に続く。さっと振り返れば……ああやっぱり!


 ちらちら白く光る鏡みたいな球体が、自分とブランを追っかけて飛んできている!!



「ぎぃやぁああああ――ッッ」



 ベッカは戦慄し、ぷよぷよふるん、と顔のおにくを波うたせた!


 何と言う怪異現象、精霊に……しかもこんな大量に遭遇してしまうとは!?




 走る走る走る走れ!!


 着地点の右足もと、岩上に育った苔がぬるりとすべる。その不安定きわまる平衡感覚の乱れが脳みそ知覚に到達する前に、左の足裏でごつい樹の根をふんで跳ぶ!


 転ぶ暇があったらすすめ、前へ前へと跳び走るのだッ!



「だからぁ――ッッッ、」



 ひゅ・ひゅひゅひゅーん!


 両耳脇でふかふか揺れている巻き毛をかすめて、極小のつぶて・・・みたいなものが後ろから飛んできた。


 これも球体、精霊に違いない! ひええ、もう追いつかれるッ。



「僕に、冒険とか立ち回りってのは、無理なんだってばーッッッ!」


「ぜんぜん、無理じゃないですよー! ベッカさん、逃げ足はやいんだー」



 すぐ後ろで、ブランはむしろ朗らかに言った。


 言いつつ、右手の中弓をくるんと頭上で回転させる。それで彼に迫っていた、やや大きめの球体つぶて・・・は、ぱしッと弾かれあさって方向へ飛んで行った!



「冗談いってないで、逃げるんだよブラン君ッ。このままじゃ精霊に、くわれてしまうぞうッッ」



――いいや、ほんとに冗談なんかじゃない!



 ブランは改めてきりっと、目の前の文官騎士を見た。


 ベッカは何にもしていない、ただひたすら全力で走っているだけだ。しかしその幅広な体躯で勢いよく爆走するものだから、うざったくまとわりつく樹々の枝やら草やらがぶち飛ばされ、なんだか道がひらけてしまっている!



――すぐ後ろの俺、めっちゃ走りやすーい!!



「あーッ、ブラン君! いま、ゼール君の声、聞こえたよねッ? ようし、こっちで良かったんだ! ゼールくーんッッ! たすけてーッッ」



 何ということだろう、生存本能のなせるわざ! ブランには全く聞こえなかったゼールの誘導まで、ベッカにはしっかり聞こえている!?



――うん、やっぱりこのひとについて行けば大丈夫なんだ! 俺でもいっぱしの、騎士になれるかもしれないッ。



 ブランの胸が希望的観測にみち満ちたその時。


 するるうっ! と不規則な動きで追いついてきた、りんご大の光る球体が二人を追い越し、……ぼんッ!



「! あっ……ベッカさ――」


「んぎゃあああッッ!?」



 まるまるふくよかなお腹の中心に、精霊の飛び込み一撃をくらったベッカは、瞬時宙に浮いた。


 受けた衝撃の強さにもかかわらず、彼の身体はひたすら前進を試みていたのだ! 右足、つづいて左足が地表を離れて、



 ……



 ながい長いその一瞬、ベッカの脳裏を、これまで過ごした時間の記憶が途切れとぎれに飛びすさっていった。


 あおむけ、頭から地面に落ち込みかけていると言うのに、時の流れはゆるゆるとのろい。


 最後に樫の木の枝葉のあいだ、ほんのちょっとの隙間に、のぞくものが目に入る。



――ああ、空だ……緑色の空……。ちがうよね、ここのはそうでも、空というのは……ガーティンローでは……。



 ……



「青ッッッ」



 かーッ! ベッカはまるい双眸を見開いた!



「青き、くびれーッッッ」


――何をほうけちゃっているのだ、僕はッッ。あの至高にして神聖なるゾフィさんの美しき青きくびれを再び拝まずに、こんな所で精霊に喰われちゃって良いのか!? いいわけがない、ばかものッ。



 ぷよ、くるーん!


 ベッカは頭をすくめ、全身をまるめた! 左肩あたりのおにくが地表とぶつかる、ぷよん! したたかに、まろやかに、文官騎士ベッカは弾んだ! 片膝をついて、すぱっと座り込む!



「ああああっ、ベッカさん! すごい受身だ、何ですかそれッッ」



 ばっちゃん・・・・だってそんなの絶対できないぞ、と心底感心しつつブランは叫んだ。


 すちゃ、ぷよッ! 割とかっこよく立ち上がったベッカ、しかし……。



「囲まれてしまったようだッ」



 二人は肩を寄せ合って立つ。


 だめだ。ほんの数歩先のところを、ぐるりと球体たちが取り囲んでいる……!



「あ、そうだ」



 出し抜けにブランは言って、股引ももひきかくしをごそごそっと探る。



「何それ、ブラン君!?」


「リメイーの町で、おばさんがくれたやつです! ……精霊たちッッ」



 ブランは布包みを開け、中身の見えるよう手のひらにのせて、球体たちに向け突き出した!



「飴ちゃんあげるから、見逃しておくれーッッ」


「いや、無理っぽくない? この状況では!?」



 しーん……。


 うす暗い森の中、またしても空気が凍った。しかし。


 ……ぽよよん……。


 球体がひとつ、ゆるやかに浮き進み出て、ブランの手のひら上あたりに来る。


 少年はゆっくりしゃがんで、布ごと飴を地面に置いた。


 ぽよん、ぽよよん……。やがて他の球体も集まってきた、包囲が解かれる。……二人はそろりそろりと、後ずさりをする。


 くるッ!


 同時にふりむいて、駆け出した。



「よ、良かったぁ! 本当に飴で、見逃してくれるもんなんだっ」


「あっちの方が、明るいです!」



 誘惑に負けて食べてしまわないで、本当に助かった……とブランは安堵している。



「いや~、助かったね!」



 樫の樹々がまばらになる、ひらけた草地が眼前に広が――



 どすどすっ、ぷよひょろん!!



 何が起きたんだかさっぱりわからない、いきなり草を踏み抜いて同時に落ち込んだ二人はぎょっとする。派手にしりもちをついたところで、顔を見合わせた。



「かかったぞーう」



 ずっと上の方から、声が降ってきた。


 見上げると、そんなに深くもない穴の中にいる。その縁にひょいと誰かの顔が出る、ひょいひょいひょいと、それが幾つにも増えていく。


 別の何かに囲まれたらしい。



「……人間だ。飴ちゃんでは、見逃してもらえないだろうね」


「そもそもが、もう飴ないです」





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