精霊使いの集落跡、上陸
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陽が雲の中にかくれてしまった。
昼過ぎ、一団は小さな入り江に流れこむよう入っていった……。その左手にみえる高台が、精霊使いの集落跡だとあざらしたちは言う。
ネメズの集落跡と同様、海側からは白っぽい住居の基盤の石積みが見えるだけだ。ウイスカが、長ーい首をさしむけて教える。
『海側に、低めの崖がせり出しているでしょう? 昔の人たちは、あそこにお祭り壇をこしらえて、わたし達への贈りものを置いてくれたのよ……』
ゼールとあざらし達は、入り江から上陸することにした。
地は白灰砂の浜である、海賊どももここに長細い船を乗り上げたのだろうか。
三人は、すばやく乾ぱんと水をお腹の中に入れた。
あまり長居をするつもりはなし、手早く調査を済ませて帰路につこう、とベッカは思っている。
「ゼール君はもう、三日も外泊しているわけだしね。そろそろ急がないと」
「大丈夫なんだってば……」
肩をすくめる少年に、革袋の水を飲みつつ、……ベッカはさりげなく言ってみる。
「親の都合で平民姓になった子でも、貴族姓を回復することはできるんだ。うちの中で君だけ、亡くなったテルポシエのお父さんか、お母さんの姓になっても、法律上は家族なんだよ」
ゼールの双眸が、はっと見開かれる。
「テルポシエ貴族の身分剥奪をしたのは、エノ軍であって。彼らは別に、イリー市民規律をひん曲げて、どうこう命令したわけじゃない。貴族姓を持ち続けても、文句を言う人はいないよ」
「……なんで、……」
「うん、僕も変えたから詳しいんだ。市庁舎でも、たくさん手続きの手伝いをしているしね」
「でも」
少年の目がベッカを見ている。怯えと猜疑心と、……その裏でふるえているもの。
「オーランの子が、オーラン沿岸警備隊を目指したいってやる気満々なんだ。まわりは応援するのが当たり前だよ。その辺こむずかしい手続きは、帰りに君んち寄って、ご両親に僕が説明する。どっちみち、こんなに長くつき合わせちゃったことを、おわびに行かないといけない」
「……ベッカさん。俺、……俺、お母さん残して、ひとりだけ名前かえるのは……」
やっぱりそこだよね、とベッカは思った。
「それなら……。お母さんの旧姓にしたら、良いんじゃないかな?」
通常、イリーの貴族女性は結婚しても姓を変えない。夫婦別姓である。しかしゼールの母はひもの商と一緒になってツルメー姓を名乗った。恐らくテルポシエの貴族姓が無効になったと勘違いをしたか、あるいはオーランの一市民として完全に平民化すると決意したか。けれど、戸籍上には彼女の出生姓名は永遠にのこり、複写謄本をこしらえるたびに、その旨が記載されるのである。
ゼールの日焼けした顔が、目にみえて赤くなった。期待、という名の熱がこもっている。
「僕らが集落跡の調査に行っているあいだ。留守番中に、少し考えてみたら?」
低く言ったベッカに、ゼールは強くうなづき返した。




