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いい日旅立ち東の果てへ

 

・ ・ ・ ・ ・



 ギーオの奥さんは、塩たらをかぶと一緒に蒸したらしい。ベッカの胃袋は、ぷよっとときめいた。


 薄めに切られた乳白色の根菜に、かるい潮の味わいが乗っかって、上品においしい。春先に森で採ったという乾燥熊にんにくが、ちょっとした変化をつけて絶妙である!



「おばさん、差し色だけでなくって、差し味もうまいんだね」


「あんたこそ、いつもうまいこと言うね。ゼールは」


「うまーい、本当にうーまーい」



 語彙に変化がなくとも、正直なブランである。




 工房の木床部分に寝床を作ってもらって、三人はのびのびごろり、ひょろぷよと横になった。


 敷きわら代わり、重ねた古い磯織り布は、身体の熱を保ってぬくい。工房に火の気はないが、毛織の外套・上衣にくるまって、ベッカたちはやたら温かかった。


 少年二人は、じきに眠ってしまう。


 ベッカだけは闇の中に目を閉じて、自分のまぶたの裏に見える内闇のなか、ギーオがもらした昔のならず者たちの話を考えていた……。



――レグリさんは、まさにそうして頭を焼かれた。彼女は、東部由来のならず者の、仲間だったのだろうか?



 違う、と直感が言う。それまで一緒にいたキヤルカとルーハは、不法滞在の取り締まりにこそ怯えてはいたが、後ろ暗い犯罪組織に組み込まれてはいなかった。レグリもしかり、と言えるだろう。では……レグリの殺人者が、そういう残虐なしきたりにとらわれていた、と? ……それも変だ。下手人はガーティンローのイリー人だったではないか。



「……」



 ≪俺だったんだけど……、けど違うんだぁ≫



 自死する前、下手人げしゅにんが呟き続けていた言葉が、脳内によみがえった。ベッカは震撼する。



――もしや事件は、終わっていなかったのか。



 レグリは、行きあたりばったりに殺されたのではなくて……。何か重大な秘密を知ってしまったために、“口封じ”をされた、とでも言うのだろうか。



――誰に……??




・ ・ ・ ・ ・



 翌朝、言った時刻どおりにナノカが波止場に来ていた。



「ナノカさーん、おはよう……って、あれッッ」



 駆け寄ったゼールが、ぎょっとしている。後ろに続いていた二人も、ひょろぷよんと驚いた。



『おっはよーう』



 海の上、ナノカみたいな頭が、三つも四つもつき出ているッ!



「こ、これはおそろいでっ……??」


『みんなー、このまるい人がベッカよ。横にいるひょろ長いのがブラン、てまえのかわいいのがゼール。うしろのおじさんはギーオさん』



 ぶおーーー!!


 大迫力の鳴き声集中砲火、あざらし砲をくらって波止場ごと四人はふるえた。



『ゆうべ、あんたたちの話をしたら、仲間はいるだけほとんど、向こうの集落へ行っちゃったわ! 慣習、こわしに行ったの』


「あざらしのお母さま方が、息子さんたちに会いに行かれたんですね!?」


『ええ。皆はりきって、おさかな持ってった。それで残った暇なひとたちで、一緒に来たいっていうおばさんたちがいたから、連れてきたの』


「ええっ!? 一緒にって……半島の果てまで、ご一緒してくださるのですか!」


『そうよ。あたしたち五頭で守るから、何も怖くないわよ!』



 あんたらの方がよっぽど怖いがなー、とひそかにギーオは思った。



『ウイスカです……』


『ハムアじゃい』


『ルルナやで』



 自己紹介してくれるあざらし達、ひとりひとりに丁寧に会釈をしながら、ベッカは内心で困っている。どうしよう、全然見分けがつかない!



『そして、群れ一番の最長老、バーべお婆ちゃんよ』



 小さなナノカの娘のそばに浮き出た頭が、何かをくわえている……。



『ギーオさんに、お近づきにどうぞってさ』


「へっ、こりゃどうも」



 恐る恐る手をのばし受け取る磯織いそおり職人、……もらったのは何とも見事な、でっかいひらめ!



「もっと摘んでおけば、よかったなぁ……」



 あざらし女たちは、ベッカとブランが持ってきたみれし草の花を、きゃっきゃと鳴きつつ食べあさった。



『いいやつね……』


『うちらと、みかけも近いしな』


『さかなをとってやるのじゃ』



 言ってる間に、ゼールが小舟の準備を終える。



「さあー、皆! 出航ー!」



 黒い小舟に、ベッカとブランはぷよ・ひょろ、乗り込む。


 太いもやい綱がほどかれて、舟はすういと進み出る!


 ひらめをさげた波止場のギーオに、ぶんぶん手を振る。


 あざらし達に囲まれて、とうとう三人は最果ての東をめざし始めた。





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