ギーオの話≪周囲のお子様、閲覧注意≫
布にくるんでもらったてがら巻を、ブランは大切そうに外套の内かくしにしまう。
ベッカも自分の分を鞄にしまい、同時にレグリのてがらを出して、ギーオに見てもらった。
「あ~、ネメズの集落の、みおな色……」
見つめる双眸が、なつかしそうだ。
「しかし、何を伝えたかったんだろうなあ? この、へび……が? しまへ、もどったっつうのは」
「東部特有の言いまわしで、何か裏に別の意味がある、ということはないですか?」
「ないねぇ。それに蛇なんて、この辺そんなにいないし……」
「東部ブリージ系の人だけにわかるねたでないのなら……。同じ村出身の人だけに通じる、暗号だったとか?」
ブランも口を挟んでくる。
「ちょっと待ってよ。東部の人って言うのは、もともと書き言葉をあんまり使わなかったんでしょう? それなのに書いて残したってことは、むしろイリー人に向けて何か伝えたかったのかもしれないよ」
ふっと気づいたように、ゼールが言った。
「なるほど、そういう見方もできるね!」
レグリの事件は解決済み、下手人もわかっている。
だからこの言葉が彼女の死につながる何か、という意識をベッカは持たなかった。さほど緊迫感の入らない“謎”として、解決してあげられればいいんじゃないか、と思っている。
「いや~、ちっと待って。その姉ちゃんは、ネメズの人だったんでしょ? 三十代くらいで?」
「ええ」
「あの辺の集落はねえ、割と子どもに読み書きを習わせたいって人が多かったようだよ」
「どうして?」
「イリーに出すためさ。南側の海沿いってな、東部でもとくに貧しいところだったからね。できる子には村の中で終わらないで欲しいと、勉強させてたらしいよ。だから……イリーの人むけに何か書き残したのでなければ、話がわかって文字の読める、同郷の誰かにあてた伝言かもしれんよ」
「結局、誰あてに何言ってるのか、わからないんだな……」
ブランが、ふうーと溜息をついた。
「ちなみにネメズの村は、精霊使いの集落へ行く途中で見えるはずだよ。廃墟だけど」
「レグリさんのお供養として、このおてがらも、そこの海に入れた方がいいのでしょうか……」
「いーや、そうでもない気がするよ? 謎が謎なうちは、あんたが持ってたほうがいいんでないかい」
「……」
「ネメズは小さな村だったけどね。良い首環を作る家があって……、ちょうど俺らにとっての磯織りのようなものだったよ。ああいうのを着けてる人も、作ってた人も、皆みんな、いなくなっちまって久しいねえ」
東部ブリージ系の人びとが、装身具として首環を好んでいたことは、広く知られていた。イリー人やティルムンの人々のように鎖の先に飾りをつけたり、鎖そのものが細工になっているのとは違い、みるからに“環”なのである。金属製で美しい装飾の施されたものは、たまにイリー諸国の古宝飾店などでも見かける。それを真似て作られた、イリー製の首環もあった。
「男の人も、きれいなの着けてたって。本当かい」
ゼールがギーオに聞いた。
「本当だよ。男も女も、自分に一番似合うやつを見つけたら、ずうっとそれをはめてるんだ。亡くなった人の首環を、ずっと大事に持っていた家族もあったね。その人のたましいが、首環に入ってると思ってたんだ」
「へえ?」
「ほれ、人間、頭と胴を切り離されたら死んじまうでないの。だからその繋ぎめを飾って守る首環には、その人の頭ん中にあったたましいが、一緒に宿ってるとも考えられてたのさ」
この辺、キノピーノ書店の本の中で、ちょっとだけ触れられていた気がする、とベッカは思った。
「興味深いですね! イリーの世界にも、体が魂のいれものである、という考え方は広く浸透しています。僕らはそれが体の中心、心の臓に在ると思っているのです。でも東部ブリージ系の皆さんの場合は、頭の中に在るという……」
「そうだね。人生の中で見知ったこととか、経験なんかが、脳みその中にたましいと一緒につまってる、という感じかね」
ギーオは両手の指を、こめかみに当てつつ言った。ゼールとブランが、うなづく。
「だからさ、他に知られちゃならん仲間の秘密を知った奴が、裏切ったりなんかしたら、ただやっつけるだけでは済まなかった。頭を切り離して、それを焼いて灰にしちまうまでは、裏切者のたましいが秘密をくわえ持っていると、信じてたんだとさ」
「……?」
ぷよ・ぎょっ、と目を見開くベッカを見て、ギーオはさっと慌てた。
「うお、ごめんよ! 若い子らがいるんだのに、嫌なこと話しちまった……。こいつは俺が、じいさんから聞いた話なんだ。じいさんが子どもの頃に、山野にひそんで村々を荒らし流していた、遠い昔のならず者たちの話だよ……」
「ごはんが、できたよう」
奥さんの明るい声が、扉のほうからひびいてくる。
それでその恐ろしい話は暗い空気ごと、ふき払われて消えてしまった。




