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お土産購入、実はひょろには彼女がいた

 

 ぷよ……。


 頬を少々引きつらせ、精いっぱいのさりげなさで、ベッカはギーオにたずねる。



「あのう、ギーオさん。さむい系つめたい系のお色は、ありますでしょうか?」


「ん~? すずしい系ね、はいはい……」


「母にですねー、ええ母にねー、ひと巻きいただけますかー。こういう青いのが好きな母なんです、はい」


「ベッカさんのお母さんなら、渋めにこの辺とかどうだい」



 紺……いいや、ちがう。



「いえ、あの、存外趣味の若い母なのですよー。もう少しくーるっと、あかるい青とか好きらしいので」


「ほんじゃ、こっちかな?」



 ギーオは何も疑わず、ブランは自分の前のてがらに集中、ゼールはゾフィを知らないのだからそれでよし。



「おおおぅ! まさにこれ、これです! 何をどうでも、くびれの映える瑠璃るり青ぉぉぉぅ!!」


「くびれと色味って、何か関係あんの?」



 イリー文化ってやつだな、わけわかんないが今後のために参考にしよう、とギーオは思う。


 その脇、こんなにいきり立ってるベッカさんは初めて見たぞ、とゼールも思う。



「ぜひこれを下さい、ギーオさん。あっ、お支払いはイリー小切手で大丈夫ですか? 現金は、あまり持ち合わせていないんですけど……」


「大丈夫だよ。俺は少し正イリー語が読めるし、ゼール坊のお母ちゃんが預金口座を作って管理してくれているから」



 さすがイリー世界の金融のかなめ、オーランである! 貴族や富裕層の婦人が、出資投資を趣味的にたしなんでいるのがごく普通、という噂は本当であったか。



「そうですか、良かった! ブラン君、きみの分も一緒にお支払いしておこうか?」



 ベッカは鞄の中から、個人用の小切手帳を取り出しつつ聞いた。


 当たり前だが官吏用のやつではない。ベッカ・ナ・フリガンが、みみっちい所で公金横領なんてするわけがないのである。



「あ、俺、お金もってます」



 意外な答えが返ってきて、ベッカはきょとんとした。調査の旅に出る前、費用は自分もちだからなるべく身軽に来なさい、と少年に言ったはずなのに。



「ギーオさん、俺にはこれを下さい」



 明るいばら色のてがら巻を持ち上げて、ブランは言った。



「それはね~、“あけぼの色”って言うんだよ! 東部じゃ、若い女の子に好かれるねー」



 その通りである……、しかし。しかし東部ブリージ系の女の子というのは、だいたいが暗色髪なのであって……。ベッカは苦笑しつつ、口を出すことにした。



「お母さんかお義姉さんにお土産なら、もうちょーっとやわらかい色味の方が、いいかもしれない……かな~?」


「あ、いえ、友達にあげるんです」



 いつもの子どもらしい朴訥ぼくとつ顔で、ブランは言った。



「なんだ、ブランのやつ、女の子の友達がいるのか。やるじゃん」



 ベッカの心の声をするっと代弁するかのごとく、ゼールが言った。



「そ、そうなんだ? ……え~と、ね~。でもその場合は、さらにね~……。ときに彼女の髪は、何色なの」



 概してイリー女性は金髪が多い。そういうあかるい髪色の女性に、あかるいもも色ばら色のてがらや飾りは似合わない。年頃の女性は、当たり前のように避けるのが普通だ。※



「ぴかぴかの白金です」



――ぐはっ、やっぱり! だめだ、ブラン君は自分本位のおこさま感覚で、女の子にはもも色が良かろうと思っちゃってるのだ……。



「すっごく言うの辛いけど、君のために心を水棲馬エッヘ・ウーシュカにして進言するよ。そのてがらをあげたら、十中八九、彼女に嫌われてしまいます。たとえ彼女が君を憎からず思っていたとしても、もも色てがらを贈られた時点で、破局が始まるでしょう……」


「あけぼの色ね?」



 ギーオがしれっと突っ込む。



「えっ? そんなはずは……。だってたいてい、いつもそういうのを頭のてっぺんにくっつけているし。それに自分が大人になるまで、ブランは他所よそからお嫁をもらっちゃいけません、とかたく言いつけられてるのは俺の方です」



 ぷよよよッ!!


 全身のおにくを波立たせて、ベッカはぶったまげた!



「はーっ!? 君のお母さん、一体どこまでお見合い準備に情熱かけてるのッ。その年でもう、お約束がついているとはッッ」


「お母さんとは関係ないところで、なつかれたんです。でも好かれてること話したら、ぶっちぎりに良いご縁だから、言うことを聞いておけって」


「すげえな、もうご予約済みなんだ」



 ギーオが感心して言う。



「どこがどう、気に入られたのさ?」



 全然わからないぞ、という顔でゼールが問うた。



「ああ、背の高さ」



 照れてるのか何だかよくわからない、少年はもそっと言った。



「あの子の知ってる中では、俺とじっちゃんが一番背丈があるから。じっちゃんは弟に譲って、自分は俺に肩ぐるまして、それでずーっと喜んでいるんです」


「……」



 一同は言葉を失った。ベッカの顔が、……ぷよ……生あたたかく、ゆるんだ。



「おいくつの、お嬢ちゃんなのかな」


「三つだったかなぁ」


「そうだね、そうだよね。うん、彼女すんごい喜ぶと思うよ、あけぼの色。ブラン君の感覚は実に正しいよ」



 ぷよぷよぷよよ、頬を弾ませて何度もうなづくベッカの前、ブランはぺたんと座り込み、長靴を脱ぎ始める。底の方に手を差し込んで、中から取り出したものは……おかねである!


 高額のイリー硬貨を二枚、両手にかかげて、ブランはあっけに取られているギーオを見た。



「ギーオさん、きたなくってごめんなさい。あとで井戸の水かりて洗いますから、これで俺にあのてがら、売ってもらえますか」



 ぶはっっ!!


 ギーオとゼールが、同時に噴き出した。


 こんなこともあろうかと、おこづかいを持参しておいた自分に、ブランは満足している。


 ベッカはふうっと、ファダン辺境で山賊あいてに少年が披露した、立ち回りのことを思い出した。硬貨を仕込まれたかかと落としや踏み落としでは、そりゃ威力も増すと言うものだ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ※うちのてがらりぼんはかなり濃いめの紅色なので、お嬢さま方に着けていただいても大丈夫ざんすよ。(注:某乾物屋、若女将)






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