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ぷよひょろ、磯織り工房見学

 

・ ・ ・ ・ ・



 ギーオのうちは、磯織いそおり集落の中でも、いちばん奥まったところにあった。


 大きなにれの樹々をうしろに、二軒の石積み小屋が双子みたいに建っている。左が母屋、右が工房という。


 その工房からは、とんとんからから音がしていて、扉を開けると「いらっしゃーい」と女声がかけられる。


 ギーオの奥さんは、部屋の一画に置かれた織り機のようなものの前、座り込んでいた所から立ち上がった。


 周りには大小さまざまの籠が置かれ、石造りの壁には太い糸束のようなものが、ずらりと吊り下げられている。倉庫じいさんの所のような、整然とした秩序はない。けれど極彩色のいろどりが、まるで生きてうごめいているような感覚を、ブランはおぼえた。



「そうかい、ロクリンさんとこ奥さん帰ったのかえ! 良かったねぇ」



 笑いじわいっぱいのいかつめ顔をほころばせて、五十代とおぼしき奥さんは喜んだ。



「あたしゃ今日はいいかげん、たくさん織ったよ。ああ疲れた」



 呪われていた(過去形としよう)集落の皆でも、いちどに食べきれなかったナノカの鬼たら、塩をまぶした切り身のお裾分け包みを手に、奥さんは母屋へ行ってしまった。



「うわあ……きれいですねえ!」



 奥さんが出て行ったあとの織りかけ布地を見て、ベッカは感嘆してしまった。


 吹き出した直後のはっかの芽のような、あかるい水緑の中、やや濃い色目の青と緑とが途切れとぎれに織り込まれている。ナノカに会いに行く時通った、朝の光にぴかぴかたゆたう海面みたいだった。



「女房は、差し色を使うのがうまくってね。大きいものが得意なんだ」



 既に仕上がってたたまれていた、卓上の布を両手に広げて、ギーオは誇らしげに言う。


 灰と白の入り混じる中にさしこむ空色。


 深い紺色のなかに滲むように入る、淡いだいだい色は暮れどきの海のようだ。



「これは、今朝のぱらみたいだね! みれし草の花が、どばっと咲いてたとこ」



 ゼールは指さして言った。本当だ、淡い赤紫色の中に、ところどころ柳色がのぞくさまは、あの花々が密集していた岩だらけの地面そっくりである。



「イリー人の服や織物には、こういう色づかいや組み合わせってないよね」


「うん、そうだなぁ。俺らは身近にあるものから、色の出し方や合わせ方をくみ取ってるから。景色の違うイリーの国では、また別の見え方があるんだろ」


「ギーオさんの織り布は?」


「あはー、俺のかい……」



 ブランに問われ、いかついおじさんは何故だか照れた様子である。


 指さす先にある低い卓の上、平べったい籠に編み針がたくさんつき出て、うに・・のように見えた。



「何をかくそう、ここの織り職人の中でも、俺はぶっちぎりのぶきっちょでね」



 卓の前の腰掛に座し、籠の中の荒糸のかたまりをつかみ出すと、慣れた手つきで……しゅたたたた! 細いものを編み始めた。



「あっ、てがらだ」


「こういう、小さくって平坦なものをひたすら作ってくのが、性に合ってるんだ。まー、頑丈さには自信あるけど」


「触っていいですか?」


「うん、いいよ」



 ギーオが編んでいるその反対の端っこを、しゃがんでベッカは持ち上げて見る。


 ちょうど、彼のでかい手のひら半分ほどの幅、しなやかなのにふかふかなじんでくる薄紫の布は、目を凝らさないと、太めの荒糸が均等に編まれているのがよくわからない。それくらい、ぴっちり整然とした編み目だった。



「……ギーオさん。これ、赤とかもも色、ないですか」


「ん? あるよ、俺のは倉庫じいさんとこでなくって、全部自分で持ってるから」



 ブランの問いに手を止めて、ギーオは卓の下から別のふた付き籠を引き出す。



「えーと、ぬくい系のてがらは……ほい。これだね」



 ぱかっと開けた、花束みたいなとりどりの中を、ブランは指さす。



「この辺の明るいもも色、みせてください」



 卓の上に取り出してもらって、じーっと見ている。



「お母さんか妹にでも、あげたいのかな?」



 ゼールがそうっと、ベッカにささやいた。



「あるいは彼女かな!」



 いやそりゃないだろう、とベッカは心中で突っ込む。


 ふと気づいた、こんなに小さなものなら……。目の前に、あの叡智の深い、やさしい暗青色がかすみ見えた気がした。





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