ぷよひょろ、嘘をつく算段
「そんなよれよれじゃ、けんかもできないでしょッ。またおさかな持って来るから、たくさん食べてとっとと元気におなりッ」
やがてものすごい剣幕で、ナノカは海の中へ帰っていった。海水に浸かると、ふわりと人からあざらしの姿に戻る。
仔あざらしを引き連れて、
『じゃあ、またねえ。ベッカ、ブラン、ゼール。あとで来るわー』
と、こちらへは何だか実に普通の友達声である。
ロクリンは幸せそうな抜け殻となっていた。老夫婦の小屋へ戻ると、再びこんこんと眠り始める。
「実にすさまじいもんを見ちまったが、ロクリンさんはもう大丈夫っぽいな。本当によくやってくれたよ、ベッカさん」
ギーオが安堵した顔で言った。
「お母ちゃんを連れてきてくれるなんて、ねえ。本当によかったねえ」
老女が、膝の上の赤ん坊に話しかけている。
落ち着いて眠り続けるロクリンの様子を見て、エメイ老人とギーオは野に出る、と言った。
みれし草の花を摘めるだけ摘むという。昨夜あまり寝ていないせいで三人は少し疲れていたのだけれど、それでも誰も文句を言わずに手伝うことになった。
ぼんやり、あたたかい初夏の陽光が、ベッカの鳶色がかった金髪を照らす。
淡く目に映える赤紫のみれしの花を、野にしゃがんだ姿勢で黙々摘んでは籠に入れてゆく。その作業をしばらく続けていると、ベッカの太い指先もやはり赤紫に染まっていった。
「……ベッカさん。ロクリンさんのこと、ガーティンローへはどうやって伝えるんですか」
ひそひそっと、ブランが話しかけてくる。
「ほんとに、死んじゃったことにするんですか?」
ちらーり。少し離れたところで地べたにかがみ込んでいるゼール、ギーオとエメイ老人を、ベッカは見る。
「そうだね……」
調査中にロクリンにかばわれて救われ、その遺品を保管していた老夫婦にたまたま会った……という筋書きを、ベッカは考えている。
「ロクリンさんは外套をどこかにやってしまったと言ってたけど、あの岩城の中にでも置いてあるんじゃないのかな。そこから叙勲章だけを外して、調査結果の記録があるならもらって行こう。それをガーネラ侯に渡せば、騎士として名誉の死亡扱いになるでしょう」
もともとが極秘の任務にたずさわる外局の所属なのだから、ロクリンの遺族も詳しい説明を求めてくることはなかろう、と思う。
「……ブラン君。この件については、君も絶対に他の人に話しちゃいけないよ? 特に君のお母さんお兄さんは、ロクリンさんの家族とも親交があるのだろうから。話を振られるようなことがあっても、何にも知らないと言って黙っているんだよ。向こうにとっては、知れば不幸にしかならない真実なんだから。いいね」
ブランは神妙な顔でうなづいた。
嘘をつくよう、大人に言われたのは、たぶんこれが初めてだ。けれどベッカは、その嘘の必要性をちゃんと教えた上でそう命じるのだから、ブランはなんにも悪いことじゃない、と思える。これはむしろ、残されるロクリンの遺族を守るための、うそ方便なのだ。
「はい。ゾフィ姉ちゃんの名にかけて、ぜったい誰にも言いません」
きりっと言ったブランにうなづくと、ベッカはぷよんと振り返って、再びぶちぶちと花をむしり始める。そのふり向き方が、異様にすばやかった。
頭上のもんやり青い空を目の端にして、……頬ぺたがみれしの花の色に染まってゆくのを、少年に見られたくなかったのである。




