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あざらし女の呪い

 

 ベッカはまばたきをする。老人はかなしげに語り続けた。



「私は。……私は、とんでもない勘違いをしていました。ロクリンさんはイリー人だから、この地の精霊に悪さをされるわけがない。呪いなんか受けるはずがないと、なぜかそんな風に思っていました。でも違った。ロクリンさんは海の女に、たましいを取られてしまったのです」


「海の女……、メロウという水の精のことですか?」



 エメイ老人は、ほんの少し微笑んだ。



「お詳しいのですね! でも、海の娘メロウではありません。深奥部の者が“あざらし女”と呼んできた、別の精霊です」



 旅に出る前、ゾフィに検索してもらって精霊関連の本にはあらかた目を通したベッカだが、“あざらし女”は記憶になかった。



「エメイさんのお母さまと言うのは……?」


「ベッカさん。ここがなぜ呪われた集落と言われるのか、ギーオさんから聞いていますか?」


「いいえ……」


「この近くの海に、そのあざらし女の住まいがあって、時々人間とつがい・・・に来るのです。あざらし女はたいてい男女の双子を産んで、陸の男のもとに男児をのこし、女児を海に連れ帰って、次の世代のあざらし女として育てるのです」



 ブランは口を四角く開けた。



「……ですから、この村には妻に去られた男と、母に棄てられた息子だけが残るのです。私の父と、私がそうであったように」


「そんな……!」


「新しい血を取り込むためでしょう。あざらし女は、特に他の集落からやって来た者をたぶらかします。そうして残された男は、二度と戻ってこない女に絶望して早死にしてしまうか、あるいは遠くの土地へ去る。だからこの村は、こんな風にさびれているのです。今ここに住んでいる人たちと言うのは、私と同じ、あざらしの息子達なのですよ」



――それでも居続ける、あるいは戻ってきたっていうのは、どういうことなんだろう?


――そんな悲しい生い立ちにまつわる場所なのに……やはり故郷が恋しいと。でなければ、帰らない母親のそばに戻りたい、と?



 ブランとベッカは、老人の話に圧倒されていた。されつつ、それぞれの内心で疑問を抱いていた……ひょろ、ぷよん……。



♪ やみよのぷうか ありがたがられる


♪ 夜なべぬいもの じいさまあかるい



 ふ、とへやの中にやさしい旋律がまぎれこんできた。誰の耳にも心地よい、少年の歌声……。


 静かに扉が開いて、老女が入って来る。後ろに、赤ん坊を抱いたゼールが続いた。さっきまで泣いていたはずの子は、おもちゃをこねくり回しながら、にこにこしている。



「……わかりました。ロクリンさんと、話してみます」



 ベッカは老人に、低く告げた。





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